表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/278

別離をもたらす火 6

 後から知ったことだが、この時エニステル伯爵はまだルアイン軍と交戦中だったものの、いくらかの人員を私達の方へ差し向けてくれていたらしい。

 クレディアス子爵と魔術師くずれが一斉に私達を追いかけていき、伯爵の方は楽になったけれど、明らかに私達が危険な状態になると思ったからだろう。


 私達の援護をしようとした伯爵の兵は三十人ほどいた。

 彼らはなんとか魔術師くずれを三人倒したものの、十人もの損失を出し、さらにほとんどの兵が負傷した。

 この数字から考えても、カインさんとその場に留まっていたら、十数人……もしくはそれ以上に魔術師くずれを増やされて、伯爵の軍は敗走するほどの損害を出していたに違いない。


 そもそも、カインさんが一人で数人の魔術師くずれを倒しているあたりから考えても、エヴラールの騎士やレジーの騎士達の強さが違いすぎるんだと思う。

 かといって、騎士達も戦うばかりが仕事ではないので、その対応に走らせている間に、戦列がくずされても困るだろう。


 一方、この時のカインさんは二通りある結果のうち、まだマシな道を選んでいた……ということは、この時はまだわからなかった。

 何よりもカインさんが避けたかったのは、クレディアス子爵だった。

 それを狙って崖を降りる選択をしたらしい。


 案の定クレディアス子爵は馬で崖を降りるわけにもいかず、迂回して私を追いかけようとしているのか、姿を見せなくなった。

 魔術師くずれ達も、まだいたはずだが崖から落ちてこないところを見ると、クレディアス子爵と共に迂回路をとったのだろう。


 しばらく歩いたところで、私は怪我と疲労で限界に達しているだろうカインさんを、一時的に窪みに押しこんだ。

 土でなんとか壁を作って、簡易的に姿を隠して休憩をすることにしたのだ。


 これではクレディアス子爵がいる限り、いつかは見つかってしまうことはわかっている。

 それでも休ませたのは、せめてカインさんの体力を回復させ、同時に手当だけでもしておきたかったのだ。

 ……きっと、アラン達の元へたどり着くまでの間に、また戦うことになるだろう。

 私が全く役に立てない以上、カインさんの生存確率を上げるためには、重要なことだった。

 私もまだ子爵の影響下を出ていないので、熱を出しているのに学校へ行った時のようなだるさと寒気があるけれど、魔術を使わない手当ぐらいはなんとかできる。


 私はカインさんの腕や背中など、衣服が裂けて露出しているところだけでも傷薬を使った。

 背中の傷は思ったほど深くはなかったが、左腕は酷い。この世界の万能な傷薬ならどうにか治せるだろうけど、時間がかかる。

 もっと休ませてあげたいのにできない自分がふがいなくて、涙が出そうだった。


「あの子爵は、自分では魔術を使えないのではありませんか?」


 手当を受けながら、カインさんがそう推測を口にする。


「というか、こうなっても直接魔術を使って攻撃をしないのだから、そのたぐいの魔術を使えるわけではないのだろう」


 答えたのは師匠だ。

 私にくっついたまま、師匠もクレディアス子爵の魔術について考察をしていたようだ。

 ただ、前回のように師匠までひどい影響は出ていないように見える。


「あの不自然な魔術師くずれの動きや、いつまでも自壊しない様子から言って……。おそらくは他人や自分の魔力を操作する方向性の魔術なのかもしれんな」

「魔力を、操作?」


 ようやく涙が引っ込んだので、私は尋ねる。


「魔力を操ることができるのなら、魔術師くずれがいつまで経っても自壊しないことが説明できる。意のままに動かしているのは、きっとわしが魔獣を操った時と同じじゃろ。同じ契約の石を分けて他の者達に与え、自分も飲みこんだのだろ。けけけっ」


 なるほど……と思う。

 それなら魔術師くずれの不自然さも納得がいくし、自分では何一つ攻撃してこない理由もわかる。

 ……ゲームで、クレディアス子爵が出てこなかった理由も。


 ゲームでは魔術師くずれなど出てこなかったのだから、クレディアス子爵も大量に契約の石を所持することはなく、魔術師の素質を見出すためなどに使っただけなのだろう。

 だからキアラの後ろをついて歩き、キアラに強制的に戦わせていたのかもしれない。

 だとしたら、元々の話ではキアラが倒された後でクレディアス子爵もひっそり倒されていたんだろうか。


 想像したその時、ふっと意識が薄れる。

 熱はさっきよりも治まったはずだけど、疲労が取り切れないから、そのせいだろうか。

 ほんの一瞬、幻覚みたいなものが見えて。


 ――よくやったわキアラ。あの男はもう必要ないもの。


 褒める言葉をささやくのは、女の声。聞いたことがないはずなのに、とても良く知っている気がするもの。


 ――さぁ、貴方が欲しかったものをあげましょうね。


 そう言って取りだして見せられたのは、何だった。

 掌に乗るような箱に入った、透き通った緑の石がついた目立たない銀色の指輪と、白い棒のような……。


 ――それしか残っていなかったの。でもそれがあれば、貴方なら本物かどうかわかるでしょう?


 そこで、はっと我に返る。


「むしろこの状況では厄介じゃな。石さえあれば、いくらでも魔術を使う自分だけの兵を作り出せるんじゃからの。……どこぞで鉱脈でも見つけたんじゃろ」


 師匠が話の続きを語っていたので、意識が遠くなっていたのはほんの一瞬だったようだ。

 私は傷をつけていない右手の甲をつねった。

 傷の痛みぐらいでは、ぼんやりする頭がしゃっきりしてこない。気を抜くわけにはいかないんだ。せめてアラン達のいる場所へ戻るまでは。


「でも師匠は今回、あまり子爵の力の影響が出てないみたいですね」


「加減しておるのだろ? あの子爵ならいつでも潰せるからと、逃げ惑わせて楽しんでいるんじゃろ。イッヒヒヒヒ。逃げる獲物は、少し生きが良い方が長く楽しめるからのぅ」


 クレディアス子爵が嗜虐心を満足させるために私達をわざと泳がせて、苦しむ様を見ているということか。

 相手にとっては、私はカインさんさえいなければ楽に倒せる相手なのだ。

 おかげでまだ動けるけれど、なるほど、子爵が余裕のある表情をしているわけだと、私はため息をついてしまう。


「疲れましたか、キアラさん」


 カインさんが声をかけてくれた。


「まだ大丈夫です。だるいのは続いていますけれど……」


 本音では、このまま眠ってしまいたい。

 だけどカインさんの方がよっぽど痛い思いをしている上、ずっと運んで逃げてもらっていた。私が弱音を吐いていられない。


「アラン達のところまで、そんなに離れていませんでしたから。もうすぐ着くと思います。がんばりましょう」


 なるべく心配をかけたくない。だから笑ってみせた。

 カインさんはそんな私に、わずかに苦笑いしながら言った。


「もし、このまま本隊にたどり着くこともできなかったら……私と一緒に死んでくれますか?」


 私は自分の顔から、表情が抜け落ちて行くのを感じた。

 笑ったぐらいでは払拭しきれないような、危険な状況に陥っていると、カインさんは感じていたんだろう。


「あの子爵に囚われる貴方を、見たくはないんです」


 手を伸ばし、側にいた私の頬に触れる。その感覚とカインさんの言葉に、私は言葉を失った。


「普通に魔術師として捕まるだけなら、役に立つことを約束したらある程度の待遇は引きだせる。けれど子爵がいる限り、貴方は死にかけた老人のように身動きがとれない。そして子爵のあの言葉……明らかに貴方に執着していたでしょう。とうてい、貴方が汚されずにいられるわけがありません」


 カインさんが言うことはもっともだった。

 誰だかと似ているとか変なことも言っていたし、結婚前に逃げられたのだから、かなりの確率で女だからこその酷い目に遭うだろう。

 クレディアス子爵は私が唯一魔術で戦えない相手だ。何をされてもおかしくない。

 でも死ぬわけじゃない。……怖いけれど。


「執着されてるなら、殺される可能性が低いはずです。だけどカインさんを生かしておくわけがありません。だから私が動けなくて重荷になっているんですから、私を置いてカインさんだけでも……」

「置いて行きませんよ」


 カインさんはきっぱりと言う。


「どうして貴方を見捨てられると思うんですか。……貴方は私の唯一だ。妹のような存在としても、そうではないとしても」


 唯一と言われて、私は泣きたい気持ちになる。

 こんなにも私のことを想ってくれてる。それだけで、ぎりぎりの状況でも救われた気持ちになってしまいそうだ。

 でもこれに浸ったら、逃げる気力まで溶けてしまうだろう。

 それじゃカインさんも自分も助けられない。


「カインさんは、私にとっても唯一のお兄さんです。死なせません。死なないで済む努力をしましょう」


 カインさんを失ったら、アランもレジーもきっと悲しむだろう。なんだかんだと言いつつ、二人ともカインさんを兄のように慕って来たんだから。

 私が捕まったら死ぬというのなら、捕まらないようにしなければならない。

 だから動きが鈍くなった頭を、なんとか動かして考える。


 このままあと数百メル。

 崖を降りたり、とにかく離れようと闇雲に走ったために、アラン達のいる場所までどれくらい離れているかわからない。

 あの崖はけっこう長く続いているようなので、少し離れた場所へ来たはずだけど、私達にもまだ果てがわからない。

 こうなったら、無理やり崖を登る道を作って、降りて来ようとしている子爵の裏をかく方がいいかもしれない。

 そう提案しようとした時だった。

※書籍御礼のSSを二編活動報告に掲載しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ