別離をもたらす火 5
そんな人数を魔術師くずれにできるほど、契約の石を持っているの? とか。
10人もいたら、お互いに戦い合ってひどいことになるんじゃないの? とか。
気になることは沢山あるけれど、まずはこの場を切り抜けなければどうしようもない。
「……気を、つけてっ」
カインさんに子爵達へ注意を向けるよう言いながら、私は崩れ落ちるように馬から降りた。
膝をぶつけた、痛い。
地面に座り込む。でもそれでいい。
一人一人ならカインさんだってどうにかなるだろう。エニステル伯爵だって、周囲には伯爵の騎士達も集まって来ているからどうにかしてくれる。
だけど10人が一気に攻撃して来たら、他の兵士にまで被害が広がって、この前線が維持できなくなる。
戦術のことはまだ熟知していない私だけど、敵味方混じり合ってパニックになったら、エニステル伯爵の軍が瓦解するかもしれないという予想はつく。
今どうにかしなくちゃいけない。
地中の魔力に集中しようとするのが辛い。だるくて上手くできない上に、どんどんと寒気がしてきて涙が出そうだ。
だけど根性出せ自分、何のために魔術師になったの!
「この一回ぐらい、再利用なら!」
手で地面を叩く。
既に魔術師くずれのせいで砂になっていた場所の範囲が、ざらりと広がって近くにいた魔術師くずれの兵士達の足を捕え、周囲の兵士達の足をもうずめさせてすぐに固まった。
……やっぱりクレディアス子爵には効きが悪い。
子爵が乗った馬は、砂に足をとられてよたついたけれど、固まったりはしなかったようだ。
隙を逃さず、エニステル伯爵と旗下の騎兵達が襲い掛かっていく。
「なんて無茶を!」
そこで戻ったカインさんが私を捕まえて、馬に飛び乗ったので、エニステル伯爵がどれだけの魔術師くずれを倒せたのかはわからない。
息継ぎをするだけで精いっぱいの私は、ボールのように抱えられるがままだ。
カインさんは木立が前途を阻む場所を、馬を走らせて遠ざかる。
これ以上魔術で援護をするためには、子爵から離れなければならないから、なるべく距離をとろうとしているのだろう。
その間だけ、エニステル伯爵にはなんとか耐えてもらいたいと願ったが、
「キアラさん伏せて!」
それほど遠ざからないうちから、後ろを振り返ったカインさんが、緊迫した声で指示してくる。
慌ててその通りにしようとするより先に、カインさんに覆いかぶさられるようにして伏せたが、すぐ目の前の木が切り飛んで目を疑った。
「え、ええっ!?」
「魔術師くずれが、こちらを追いかけてきているんです。振り切りますよ、舌を噛まないように」
「うわ、はいっ!」
返事をするのがやっとだ。それ以上しゃべったら、本当に舌を噛んでいた。
小さな勾配が重なる林の中を、馬が素晴らしい速さで駆け抜けて行く。木にぶつかる心配をしてしまったが、カインさんの方は馬が避けると信じて、前進することを優先しているようだ。
やがてふっとだるさが抜けて行く。
子爵の影響下から出たんだ。
「カインさん、もう魔術が使えます。ここで降ろし……」
その言葉は最後まで言えなかった。
至近に走った紫電に悲鳴を上げたかと思ったら、馬が暴れて振り落とされた。
それでも大きな怪我をしなかったのは、カインさんが抱えていてくれたからだ。
「カインさん、大丈夫ですかっ」
「大丈夫です。馬が止まっていましたし、上手く着地できたので。しかし……」
再び私を抱えるようにしてカインさんが走った。まだあのだるさで萎え切っていた足が上手くうごかないけれど、必死でついていく。
そんな私の背後に、また雷が走ったり、火の球が投げつけられて爆発したりする音がして恐ろしくてならない。
「ひいっ」
矢継ぎ早の攻撃に、なんとか大木の陰に隠れて周囲の様子を見れば、黒いルアインのマントを羽織った兵士が三人、呻きながら私のいる方へとゆっくり歩いて来る。
その様子は、どこかゾンビみたいだ。
「おい弟子」
魔術師くずれの伏兵に呆然としていると、師匠が小声で話しかけて来た。
「こいつらおかしいぞ。全く自壊していく様子がない」
「え……ええっ?」
でも確かに、呻いていても手足が砂になるどころか、いつものように無差別に周囲に魔術をまき散らすこともない。苦しみに耐えかねて火をばら撒いても、そこには指向性が感じられた。
ようは、私達に向かって投げつけてくるのだ。
「普通の魔術師くずれならば、こんな状態にはならんじゃろ」
「え、じゃあ操られてる普通の魔術師とか?」
「それはないじゃろうな。普通の魔術師であれば、理性というものがある。あのように操られた人間のような動き方はしないじゃろ」
とにかく相手は、なかなか自壊しない魔術師くずれのようだ。
予想外の事態だけど、戦うしかない。
それに彼らをこちらに引きつけられたのだから、エニステル伯爵の戦いも楽になったはずだ……と楽観的に考えてみる。
そして私も、クレディアス子爵から離れたので楽に魔術が使える。
「……ごめん!」
謝りながら、私は魔術師くずれ達に向かって魔術を操った。
彼らの足下の土が大きな針のように伸び、二人の体を刺し貫く。
飛び散る血も、途中から砂になった。次いで彼らの体も砂になって崩れ落ちる。
その間に飛び出したカインさんがもう一人に接近し、火弾をかいくぐって首を斬り飛ばした。
「キアラさん、これで全……」
カインさんが顔色を変えた。
私が振り返るより先に土で壁を作れたのは、とっさの反応だった。
それでも土の壁は吹き飛ばされ、その場に倒れた私は、再び力が根こそぎ奪われるかのような感覚に起き上ることも辛くなる。
そんな私を抱え起こしてくれたカインさんだったが、
「私の元から逃げだした女か……久しぶりに見れば、ますますアンナマリーによく似ている……」
耳に届いた声に、私は背筋がざわりとする。
何度か見かけただけの相手で、その人と関わる未来は自分で立ち切ったはずだった。だからこんなにも嫌悪感を抱く必要なんてないはずなのに。
まだ三十メルは離れた場所に、クレディアス子爵がいた。
馬に乗った子爵の前には、数人の魔術師くずれになったと思われる者達がいた。彼らはじっと私を見つめながら、何のためらいもなく歩み寄って来る。
心の底から震えが湧き上がってきて、力が抜ける感覚と相まって、絶望感で頭が一杯になりそうだ。
身動きできずにいる私を、カインさんが担いで走り始める。
「どこへ逃げようと無駄だというのに。魔術的につながりがある相手の居場所なら、こちらはすぐにわかるのだからな。逃げれば逃げるほど、その分だけお前を苦しめてやろう」
クレディアス子爵の逃げられないぞという脅し文句と笑い声が追いかけてくる。
無視してカインさんは走った。
そんなカインさんを追いかけて、魔術師くずれは走ってくる。
クレディアス子爵は動かない。
たぶんクレディアス子爵は、自分の師としての影響が及ぶ範囲を知っているのではないだろうか。だから焦っていないのだ。
そして効果範囲内で、魔術師くずれ達がカインさんや私を倒し、捕まえると確信しているのだろう。
「カインさんおろ、おろして……」
少しでも魔術師くずれを減らさなければ。そう思うけれど、担がれているせいで揺れるのと、体に力が入らなくて身動きするのも緩やかになってしまう。
「手伝っていただくには、ここでは近すぎます」
「でもっ」
追いかけてくる魔術師くずれ達は、足が速いわけじゃない。でも魔術は飛び道具も同然だ。
さっきから何度も火球が投げつけられていて、当たらないのが奇跡のように思えるくらいだ。
そう思っていたら、無暗に辺りの木をゆらすほどの突風が襲い掛かって来る。
歩くこともできないような風圧に、カインさんも足下を掬われた。
私を抱え込むようにしてカインさんが倒れる。
呻くカインさんから、私は転がるようにして離れた。
ポケットから取り出した銅鉱石を投げつけ、土に触れる。
気合いを入れたけれど、大人ほどの大きさの土人形を二体、作り出すのがやっとだった。
走り続けた時みたいに、息が切れて喉が痛い。
体中が熱をもつのがわかったが、ここで止めるわけにはいかない。
土人形を走らせて、向かってくる魔術師くずれにぶつける。
魔術師くずれは判断力が低下しているせいか、二人が転倒してくれた。
でもそれで限界だった。土人形が崩れて土に還ってしまう。
こんなちゃちな手じゃだめだ。どうにかしようと、自分の血を使うためナイフに手を伸ばしたところで、カインさんに再び抱え上げられた。
再び移動が始まる。
けれど倒れている間に近づいていた他の魔術師くずれが、火を放つ。
近くの木が焼け焦げて倒れてくる。それを避けたカインさんを、風の刃が襲った。
避けられずに、カインさんの背中のマントが斬り裂かれる。鎧に深い傷が刻まれた。
衝撃で再び地面に倒れたカインさんは、私を抱え込むようにして庇ってくれたけれど、近くで火球が爆発した瞬間、うめき声を上げる。
怪我を負ったのだとすぐにわかる。起き上ってみると、いつも凪いだ表情ばかりのカインさんの顔が苦しそうにしていた。
「やだ、やだカインさん!」
どうしよう。とにかくもう一度魔術を使おうとしたところで、カインさんの手が私の手首を掴んだ。
「落ち着いて」
目を開けて私を見上げるカインさんが、歯をくいしばるようにして起き上った。
「キアラさん、この先の崖の下に…降りる方法は、ありますか?」
立ち上がりながら剣を構えるカインさんに尋ねられ、私はさっと周囲を見る。
確かに十数メートル先に崖があった。
かなり高さがありそうだ。具体的に言うと四階建てのビルくらいだろう。
降りると言っても、私やカインさんの状況からいうと、階段を作って走り降りるのは無理だ。なるべく早く、楽に下まで降りる方法。
「あります!」
「では、それを作って下さい!」
そう言ってカインさんは魔術師くずれ達の方へ走ってしまう。
呼び止めたかったが、何か考えがあってのことかもしれない。だってさっき、カインさんは私だけ逃げるようにとは言わなかった。
一緒に来てくれると信じて、私はナイフで手に傷をつけ、振るえる手でポケットから掴み出したありったけの銅鉱石を血にまみれさせる。
酷い熱を出した時のように具合が悪い。でもこれができなければ、私どころかカインさんが助からない。
私はよろよろと歩いて崖縁まで進み、そこに銅鉱石を落とした。
「一気に、やれば……っ」
時間をかけない方がいい。そう思って、私は一気に魔力を操った。
崖の一部が崩れて、予定通りの物ができた次の瞬間、息が止まりそうなほど苦しくなってその場にうずくまってしまう。
でもここで寝転がってなんていられない。
「カインさ……!」
来てくれると信じて、私は自分で作った滑り台へ身を乗り出す。
崖壁を穿つように作られた滑り台は、すごい勢いで私を下へと連れて行った。
それを追いかけるように、カインさんも滑り降りて途中で私を捕まえてくれる。そうでなければ、地上に降りた瞬間、勢いがついたままどこまで転がっていたかわかったものではなかった。
けれど私を滑り台から引き離してくれたカインさんを見て、私は息を飲む。
カインさんは既に満身創痍だった。
左腕の袖は焼け焦げ、既に胸甲は切り裂かれて半分無くなっていた。足にもざっくりと切り裂かれた痕があって、血にまみれていた。
それでも彼はまだ戦った。
魔術師くずれは本当に思考能力がほとんどないのだろう。二人が私を追いかけて崖を落下して、そのまま死んでしまった。
けれど一人が追いかけるように滑り台を使ってきて、一人は風の魔術で降りてきた。
私は呻きながら、作った滑り台の一部を、魔術師くずれごと埋めた。
もう一人は、さらに左腕を斬り裂かれながらも、カインさんが倒した。
振り返ったカインさんは、初めて見るほどに息を切らし、ふらついていた。
それでも私を抱えて進み出す。
少しでもアラン達のいる方へ。




