別離をもたらす火 3
「ジェローム将軍、貴方の軍を町の西へ移動させて、レジナルド殿下の救援へ! 念のため傭兵達もそちらへ連れて行ってくれ」
すぐにアランが決定し、ジェロームさんにレジーのことを任せる。
「承知いたしました」
アランの命令に、ジェロームさんはうなずいた。
そしてフェリックスさんの応急手当てを終えたジナさん達もアランの要請を受け、ジェロームさんと一緒に行動し始めた。
その姿を見送りながら、私はアランに言った。
「私もジェロームさんと一緒に……」
「攻撃の本命が、町中の方だという可能性もある。ただでさえ人質だったはずの例の女が魔術師だったんだろ? そっちにお前の天敵がいたら、役に立たん」
即ノックダウンされた。
……でも仕方ない。どこにクレディアス子爵がいるかわからないので、荷物にならないようにする必要がある。私が行動できるのは、敵の場所を補足してから、遠距離攻撃ができるようになってからだ。
アランはエニステル伯爵と打ち合わせ、デルフィオン軍にも指示を出す。
町を背にして、右をデルフィオン、中央がエヴラールとアズールの混成、左がエニステルの配置だ。
敵はおおよそ8千ほどだというので、ジェロームさんが抜けてもこちらには1万人以上の兵士がいる。まだ有利なはずだ。
「町の中にいる奴らはレジーを追いかけるのに腐心しているだろう。念のため監視を置いておくが、そちらは気にし過ぎないように」
アランの指示を聞いている私の目にも、サレハルドの軍が見えてくる。
緑のマントが、馬車二つ分ほどの幅と、周囲の木立や丘陵地に広がっていた。
……あの中に、イサークはいるんだろうか。
心臓がどきどきと嫌な音を立てる。でも決心は変わらない。
目の前に立てば、倒すのだ。私の大事な人達を守るために。
不安そうな私の顔を見たからだろう。アランが苦笑いして私の背中を叩く。
「あのずるがしこいレジーが、この程度でどうにかなるわけないだろ! 魔術師がいても自分で避けて逃げたなら、他もなんとかするだろ」
「痛った! だからそれ、私は鎧着てないんだから加減して!」
「悪い悪い。しけた顔してるからと思ったんだよ。とにかくお前は後ろに……」
「ううん、ちょっと前に出させて」
アランが目を瞬き、カインさんが焦る。
「キアラさん、クレディアス子爵の居場所がわからないとどうにもできないのでは。確認の報告を待ってからでも……」
「待ってる時間がもったいないもの。それなら、こっちからいるかどうか確かめた方が早いわ」
いわゆる、誘い受けをすると言うと、アランは私の意図を察してニヤリと笑った。
「どうせなら、もろともにサレハルドの軍を潰してやれ」
先制攻撃だ。最初の一撃が、一番たやすく命中してクリティカルしやすい。
「やるならドカンといけよ弟子、イッヒッヒッヒ」
「うん!」
私は張り切って土人形を作りだした。
町の門の前を抉ると、もしレジーが逃げてきたら厄介なことになるので、門から少し外れた場所の土を使う。
盛り上がった土は十数メルほどの大きさの人形になり、起き上る。
木立が近くにあったので、背中や頭に矢が刺さったように木が生えていたけど気にしない。
それをすかさず、陣を整列させていたサレハルド軍へと突撃させた。
サレハルド軍は魔術師の攻撃を予想していたのか、すぐさま逃げに転じる。
が、逃す気はない。
土人形がジャンプした。
街道からやや外れた場所、左手へ逃れたサレハルド軍の上へと水に飛び込むようにダイブする。
その瞬間だけは、さすがに目を閉じてしまった。
悲鳴と震動、それで成果は十分に察することができる。石みたいに固い土が落ちてきたのだ。直撃した人が無事なわけがない。
「デルフィオン、右だ!」
アランが号令をかけた。
私の左右を走り抜けていく兵士と騎馬に、ようやく私は目を開ける。
サレハルド軍は土人形を飛び込ませ、小さな平たい土の山ができた場所を挟んで二つに分割されていた。
アランはすかさず右側に攻撃をしかけさせたようだ。
そして私の方は、
「……来ない?」
全く何も感じない。体調不良もない。
てことは、サレハルドの軍にクレディアス子爵はいないのか。
サレハルドの軍の方向に感じるこれは、魔術師くずれ?
「アラン、サレハルドに魔術師くずれがいるかもしれない。あと子爵はいないかも」
「それだけわかれば十分だ」
アランはエニステル伯爵に指示を伝達するため、伝令の兵に告げようとした。
「僕は真っ直ぐサレハルドを叩く。伯爵は左から回り込むようにして――」
けれどその言葉は、途中で遮られる。
「申し上げます! 東側1000メル離れた場所にもサレハルド軍が現れました! その数約5000です!」
「なっ……」
そこにも!? と私も驚く。
「もしかすると、ルアインは町の中を担当しているのか?」
つぶやいたアランは、すぐに顔を上げて伝令兵に言った。
「エニステル伯爵に伝達。東のサレハルド軍5000を押さえてくれ。魔術師キアラを付けるが、万が一の時にはこれは退避させる可能性がある。とりあえず撃破するのではなく、少しずつ下がるようにして、持たせてくれ。難しいようであれば引いてもいい」
次にもう一つ伝令を飛ばす。
「ジェローム将軍にこちらの状況だけ伝えてこい。だがレジーの確保が最優先だと言ってくれ」
そして私に向き直った。
「サレハルドは予想以上に、トリスフィードに兵を移動させている可能性がある。まだ他にも一軍を隠しているかもしれない。できるだけ早期に決着がつけられるよう、エニステル伯爵を援護して来い」
「わかった」
うなずいて、私はカインさんに馬上に引き上げてもらった。
「ウェントワース、魔術師の保全は最優先だ。場合によっては有無を言わさずこっちに戻って来い」
それだけ言って、アランもエヴラール軍を突撃させる波の中に混ざる。アランの場合、動かずに司令塔になるよりも、一度自分で当たって来るのが好みらしい。
アランの強さからすると、大丈夫だと思うけど……。
無事を祈りながら、私はその場を離れた。
エニステル伯爵の軍を追う。
「到着までの間も警戒してください」
カインさんの言葉に、私は馬に揺られている間もカインさんに支えてもらって魔力の発生源を感じ取ろうとした。
「やっぱり東側にもいる……」
距離は近づいてみないとわからないけれど、こちらの方がやや強いような。
でもおかしい。魔術師くずれだったとしたら、こんな長時間も感じ続けるというのは……。
「魔術師くずれを保つ方法って、知ってる? 師匠」
「わしとて、あれをわざと作り出すなど、この戦で初めて見たわい」
師匠もわからないらしい。そうなると予想のつけようもない。
間もなくエニステル伯爵に追いついた。騎兵と歩兵4千の軍の中央で、堂々と闊歩している大ヤギは目立つのですぐに見つけられる。
こちらが声をかけるより早く、エニステル伯爵の方が振り返ってくれた。
「魔術師殿か。伝令は既にこちらに参っておる。そちらはどう動くつもりだ?」
「先ほどと同じように、最初に打撃を与えます。その後もしかすると私が動けなくなるかもしれないので、伯爵がどう使いたいかを教えていただければと」
私の言葉に「ふむ」と伯爵は前へ向き直って数秒考えた。
「しからば、敵を留めるためにも土壁のようなものを依頼したい」
「わかりました」
壁。確かにアランの指示を全うしようとしたら、その方がいいのかもしれない。
ただ押し留めるだけでは、迂回されてしまう。
そうしてふとエニステル伯爵のヤギを見て、私はあることを思いついた。




