別離をもたらす火 2
◇◇◇
時間はそれよりも少し前までさかのぼる。
私は、町の中から爆発音が聞こえて異変に気づいた。
「え?」
振り返った私の周囲で、他の人々も町の方へ注目する。
町の中には、いつの間にか煙がいくつも上がっていた。多すぎるので、おそらく敵兵が火を放ったのだと思うけど。
「火事の余波で爆発? それにしてはなんだか」
近い、と言おうとした瞬間、また聞こえた。
「魔術!?」
背中をひやりとした感覚が駆け抜けた。町の中にはレジーがいる。しかも少数で突入しているのに。
「殿下は!?」
「早くお助けに行かねば! 魔術師がいるかもしれん!」
周囲がわっと騒がしくなる。
私も飛び出していきたかったが、まず先にカインさんにお願いした。
「ジェロームさんの方にいる、ジナさん達を呼んでください」
それから目を閉じて、魔術の気配を探った。……相手がクレディアス子爵なら、役に立たない。魔術師がいるのかどうか確認しなくては動けないと思った……のだけど。
「……なんで」
まっすぐ北に感じるのは、エイダさんだと思う。だからもう一つ気配があると思ったのに、それはわからない。
一方で、町の外にいくつも気配を感じるのだ。
少なくとも、エイダさん以外に三カ所から魔力を感じた。どれもそんなに離れた場所ではない。
こちらが町に入ろうとするのを待って攻めるつもりで、隠れ潜んでいた?
「どうしよう……魔術師くずれがいるの?」
「なにがあった、弟子」
「魔術師っぽい反応が沢山あって。エイダさん以外に三個も」
尋ねて来た師匠に事情を話せば、師匠も「魔術師くずれがいるのかもしれんな……」とつぶやく。
「弟子よ。まだ師の強制力は感じないのであろう?」
「うん」
「なら、魔術を使うならお前さんがどこにいるのかわからぬよう、バカでかくない奴を使え。こっちが魔術を使うのを待ってから積み木を崩すようなことをして、お前さんが役に立たないと兵士達に見せて士気低下を狙いたいのかもしれん。……しかしのぅ」
師匠は頭をかいて言う「どうもあっちの魔術の使い方が妙でのぅ」と。
「直接的に来ないということは、その子爵は直接攻撃の手を持たん魔術師なのかもしれん」
「え? そんなのってあるの?」
「もちろんじゃ。お前が話しておった茨姫だったかの? 植物を扱う魔術師もおっただろう。それと同じように、攻撃だけをしかける魔術ばかりではない。わしが知ってるところでは、心を操る魔術や過去を視る魔術もあったかのう……ヒッヒッヒ」
師匠が楽し気に笑う。
「でも派手な攻撃をしかけて来ないのなら、戦闘では有利かもしれない……。カインさん、町の中へ突入しましょう!」
「わたしも行きます!」
エメラインさんがデルフィオン軍から近場の一隊を選び出して、号令をかける。
「残る者は、間もなくジェローム将軍が来る、そちらに従え!」
カインさんの指示が、デルフィオンの騎士や、残っていたアズールの兵達に伝わる。
ちょうどジェロームさんが駆け付けてくるのも見えたので、大丈夫だろう。
私は近場の地面に手を突いて、大人よりもやや大きい3メルほどの高さの土人形を五体作りだして、町の中へ先行させた。
それを追うように、私やカインさん、デルフィオンの一部隊を率いたエメラインさんが町中へ入る。
町の中は土人形より少し高い程度の石壁に囲まれていたが、そのおかげで中に煙が外に流れ難くなっていたようだ。見通しは効くけれど、空気がとても煙っぽい。
煉瓦造りの家々の間を走り、道なりに斜めに曲がったところで、人の姿が見えた。
そこだけ、周囲の家が威勢よく燃え上がっている。
火の粉が舞う中、道に倒れ伏している兵士が十数人と、誰かの側に膝をついているエイダさんがいた。
「エイダさん!」
呼びかけると、彼女は弾かれたように顔をあげて私を見る。
その時エイダさんは泣いていて、なのにこちらへ来ることもなく町の中へ走って行った。
私には何が起こったかわからない。
けれど倒れている人達のことを確認するのが先だ……と思ったら、エイダさんが側にいた人のことは、カインさんが遠目でもすぐに判別がついたようだ。
「フェリックス!?」
カインさんは荷物のように私を抱えると、馬から降りた。そこに私を立たせてから、フェリックスさんに駆け寄る。
慌てて私もついていく。
フェリックスさんの状態は酷かった。マントは既に焼けてほとんど灰になっていたし、鎧の背面も熱で歪んでいる。しかも熱くて触れない。
カインさんの指示で、兵士が水をかけて鎧を外してみれば、背中は赤く火傷になっていた。
それよりももっと酷いのが剣を持っていた右腕だった。
フェリックスさんは気絶しているようで、誰が呼びかけても応えず、ぐったりとしたままだ。
怪我の具合を見ていたカインさんが、苦々しい声でつぶやく。
「こうなると、もう切り落とすしか……」
「待って!」
もしかするかもしれない。それぐらいなら試させてほしかったから、私はカインさんに言った。
「少しでも治せるかもしれません。だから待って下さい」
「治す?」
反芻するカインさんに答えず、私は自分の手のひらを持っていたナイフで斬りつけ、流れる血をフェリックスさんの腕に落とし、そのまま患部に触れた。
目を閉じて、魔力の流れを感じ取る。
まずは私の魔力。それをフェリックスさんの体を形作る魔力に混ぜていく。
「加減を間違えるなよ……。この状況で、お前さんが再起不能になるのはあまり良くないからの」
「はい、師匠」
エメラインさんが「生存者を確認して! 他は周囲の警戒!」と指示する声が聞こえる。
そんな中、私はなんとかフェリックスさんの治療を試みた。
自分の手の時は、魔力の流れが滞っている場所を元に戻したら、治っていた。フェリックスさんもそうであるよう願いたい。
フェリックスさんの腕の魔力も、やや同じような感じだった。
途切れた場所の流れをまっすぐに繋げていく……どうなったのかは怖いので、終わるまで見ないように目を閉じたまま作業する。
私の時と違い、フェリックスさんの場合は途切れていたりする場所がとても多かった。
それを全部繋げて、一度自分の腕の様子と比べてから目を開ける。
フェリックスさんの腕は、炭化していた箇所もきちんと元の皮膚らしく見えるほど元に戻っていた。
まだ軽い火傷をしたように赤くなっていたり、私の血がついたりしているけれど、十分だろう。
ほっと息をつくと、緊張していて今までわからなかったのか、急にめまいがしてくる。
隣でフェリックスさんの腕を確認したカインさんも、息をついていた。
「驚きました。黒くなった部分までが内側から盛り上がった部分に取り込まれて、気づけば元に戻っていくとは……」
カインさんに言われて、治癒過程がわかった。
やっぱり皮膚細胞増殖的な感じだったか。自分の手でもそうかなと思ったので、妥当と言えば妥当だけど……魔術で治るってなんか変だとも思う。
「背中、どうしましょう」
「そこまでにしておけ。背中のその火傷ぐらいなら、傷薬でなんとでもなる。死にはせん。しかしこれ以上魔術を使うのに、本人が耐えられんだろ。お前の方も問題じゃ」
師匠に中止を言い渡されたので、それ以上はやめておいた。
見れば、フェリックスさんの顔から血の気が引いている。この魔術は、どうも本人の体力もごりごり削るようだ。
あと師匠の言う通り、これ以上治療をしたら、フェリックスさんを元に戻すだけで私は再起不能になりそうだ。
まだレジー達がどうなったかわからないのに。
私達は立ち上がって、フェリックスさんを騎兵の馬に乗せた。
「レジー達はどうしたんでしょう。ここで戦闘があって、別な入り口から逃げたんでしょうか」
そうカインさんに尋ねた時だった。
「キアラさん!」
他の負傷者の側にいたエメラインさんが戻ってきて、私やカインさんに報告してくれる。
「エイダさんが、魔術師だったというんです」
「は!?」
自分の耳を疑った。エイダさんが、魔術師!?
「殿下方が、敵の伏兵に気づいて反転したところで、道を遮ったのがエイダさんで。炎の魔術で周囲を燃やして、アズール侯爵も……」
そしてエメラインさんが指さしたのは、道の少し端寄りのところにあった、真っ黒な遺体だった。
……剣で斬られて殺された場合と、どっちがより酷い状態だろうかと、一瞬考えてしまった。
でもエイダさんが……。
上手く飲みこめないでいると、師匠がぽつりとつぶやいた。
「契約の石は、魔術師の気配を誤魔化すためだったのかもしれんな」
その意見にうなずくしかない。殺されかけた味方の兵士が、何のかかわりもないエイダさんを犯人に仕立て上げるわけもなく。
さっきエイダさんを見た時も、彼女だけが無事だった。
町の中に走って行ったのは……元々的で、エイダさんにとってはサレハルドやルアインの軍は味方だから、なのだと考えればしっくりくる。
ただ私が割り切れないだけで。
「殿下方は、エイダさんを避け、フェリックス殿達や侯爵の部下が足止めをしている間に、町の西門へ向かったようです」
「西門……」
魔術師を避けるしかないとレジーが考えるのも無理はない。
魔術師は、くずれと違って精神的に混乱しているわけでもないので、敵の動きを見て様々な手を使う。あげく持久戦に持ち込んでも、自壊するわけではない。
不意を突いて一気にたたみかける手段に出るにしても、エイダさん一人を抑えるためにこれだけの人が犠牲になっている。
だからといって、引いたレジーの向かう先に待っているのは、エイダさんと対峙するより、ややマシ、程度の状況だろう。
町の中に伏兵がいたというなら、逃げ込んだサレハルドやルアインの兵よりも、もっと多くの敵がいる。
けれど魔術師よりは対処が可能だとふんだのに違いない。
本当は今すぐにでも、レジーの元へ駆けつけたい。
だけど私も、クレディアス子爵に魔術を使ってることが察知されてしまったら、また魔術を使いにくい状況に追い込まれるだろう。
「炎の音が大きい……剣で打ちあっていても、これではわからない。探すのは諦めましょう」
私は唇をかみしめ、カインさんの言葉に従った。
とにかくフェリックスさんと、少数の生存者を回収して町を出る。
アズール侯爵は申し訳ないが、遺品だけエメラインさんが預かった。この戦闘が終わって安全が確保できるまではここに置いていくしかないから。
町の外へ出てすぐに、アランと共にこちらの帰りを待っていたジナさんとギルシュさんが駆け寄ってきてくれた。
「ジナさん、今すぐ冷やして欲しい人がいるんです!」
顔を合わせるなり、私は頼んだ。
治療しきれなかったフェリックスさんの、背中の火傷を冷やしてほしいのだ。
状態を看たジナさんが、薬を塗った上からルナールに冷気を吐かせる横で、カインさんが集まって来ていたジェロームさんやアラン、エニステル伯爵に状況を説明する。
「バカ者めが……老人より先に行くなど、けしからぬ」
アズール侯爵が死亡したことを聞いたエニステル伯爵は、そう言って数秒だけ目を閉じた。アズール侯爵は伯爵の剣の弟子だったというので、その死が堪えただろう。
「レジーを救援に行かないと……」
全軍で、町の西へ移動しようとしたその時、周囲を警戒させていた兵から連絡が入る。
「南からサレハルドの軍が現れました!」




