魔術師の最期
※今回人死にの描写がありますのでご注意下さい
「魔術師と言っても、あまり普通の者と変わった様子はないけれど……」
ベアトリス夫人のそんな声に気付いたのだろう、ヴェイン辺境伯が階段の上を見上げて応える。
「君まで見に来ていたのか。あまり楽しいものではないんだよ。それに彼は正式な魔術師ではないようだし、何らかの事情があるようだが周囲に迷惑をかけかねないんで連れてきたんだよ」
「それならば、城に置くのも危険では?」
二人の会話を聞いている間にも、私の胸苦しさが強まっていく。
そこに、話を聞いてやってきたらしいアランが近くの扉から入ってきた。魔術師を珍しそうに見た後、私がいることに気付いたんだろう。近寄ってきて、階段の上に行くよう勧めてきた。
「キアラ、お前がなぜ危険人物の傍に居るんだ。もっと遠ざかれ。何かあってからではおかし……どうした?」
答えられないほどの異常を抱えていることに、アランが気付いたようだ。
その間にも、ヴェイン辺境伯が魔術師の移動を再開させようとした。
「ここまで容体が悪い魔術師は、一人で静かにさせておくしかないんだよ。刺激するのが一番良くないと、先代から教わっている。だから地下牢に……」
その時、支えられて立つのがやっとだった魔術師が、急に顔を上げた。
彼の視線はなぜか私にまっすぐに向けられている。なんで!?
「た、助け……ごふっ」
魔術師くずれの男はせき込んだ。
灰色の石床の上に、何か黒い浸みがつく……血?
そうと察した瞬間、私はめまいがする。なぜ血を吐いているのか。
脇を支えている兵士達も、ぎょっとしたように身じろぎした。それでも彼を離さないのだから、すごい。私だったら血を吐かれたら逃げ出すかもしれない。
「怪我をしているの?」
「いや……だめだ。君たちは早く上へ。この男は急いで地下に連れていく」
辺境伯の指示通り、兵士達は魔術師を歩かせようとした。けれどそれまで大人しく従っていた魔術師が、よわよわしい声で訴え始める。
私に向かって。
「お願いだ、助けて。このまま死にたくな……っ、ああっ!」
悲鳴を上げた魔術師は、足の力を失ってそのばにくずおれそうになる。兵士が支えていたので倒れはしなかったが、石床に座り込む形になった。
そうして、腕を押さえられたまま魔術師は呻き続けた。
見ていられない。
怖いと思うのに、私は魔術師から目を離せなかった。
そのうちに、ぎょっとしたように兵士達が魔術師の腕から手を離してしまう。彼の手の甲が、がん、と人体にあり得ない固い音をたてて石床にぶつかった。続いて魔術師がうつぶせに倒れる。その時にも、石をぶつけあうような音がした。
「ひっ!」
誰かが息をのんだ。
私は胸の苦しさがひどくて、その場に座り込みそうになった。けれどアランに背中を支えられる。
「お前、本当にどうしたんだ? 具合が悪いのか?」
アランは問いかけに答えられない私を、どこかへ連れていこうとした。
その前に決定的瞬間が訪れる。
魔術師の外套を突き破るように、鋭い四角錐の石が生えた。突き立った剣のように鋭い石は、次々と増えていく。
傍にいた兵士が、悲鳴を上げて逃げていく。ベアトリス夫人も口元に手をあてて絶句しているようだ。
レジーは渋い表情で魔術師を見つめ、アランは言葉をなくしていたけれど、私の背を支える手がわずかに震えている。
やがて魔術師は、うめき声すら漏らさずに――砂のようにその姿が崩れた。
はたり、と中身を失ってしぼむ衣服と、ざらりと襟ぐりや袖口から流れ出る灰のような色の砂。
人だったことすらもわからない状態になってしまう。
一方、私は自分の息苦しさが消えうせたのを感じた。足にもしっかりと力が入る。
けれど頭は混乱しそうだった。
どうして私の体にまで異常が現れたのか。魔術師はなぜ私を見たのか。
なぜ魔術師は今のような死に方をしたのか。魔術師はみんな……死ぬと砂になってしまうのだろうか。
そもそもどうして魔術師は、あんなに苦しんでいたのだろう。
呆然としていたが、幸いにもそれは私だけのことではなかった。ヴェイン辺境伯が解散するように指示を出すまで、皆が同じ状態になっていたことで私のことは目立たなかったようだ。
私もこの場にとどまり続けるのもおかしいので、ベアトリス夫人の元へ行くべく歩きだそうとした。
「お前、もう大丈夫なのか?」
私の不調に唯一気がついていたアランがそう尋ねてくれる。
「もう大丈夫です。ありがとうございますアラン様。たぶんびっくりしただけだと思うんです」
適当な言い訳をして、私はアランと共に階段を上りはじめる。そして途中でまだ立ち止まったままだったレジーと合流した。
「キアラ、顔色が良くないよ?」
レジーにまでそう指摘されてしまったが、私は首を横に振った。
「大丈夫です殿下。余りに予想外で驚いたせいだと思います」
そう言い訳をすると、レジーも納得はしてくれた。けれど彼も、先ほどのことを見て思うところがあったのかもしれない。
「茨姫も……最後はあんな風に砂になるのかな」
レジーは視線を階下へ向ける。ヴェイン辺境伯に指示をされた兵士が、砂を掃き集め、衣服と一緒に誰かが持ってきた麻袋に詰めている。
魔術師みんなが、あんな最後を遂げるのだろうか。
でもゲームでそんな描写はなかった。
だからといってそうなるわけじゃないとは言えない。今までだって、どれだけゲームが戦闘を楽しむために描写や背景が排除されているのか実感してきたのだ。
キアラ・クレディアスが剣に刺された後、砂になるかどうかなど、ゲームの進行上はどうでも良いことなのだから。
思考のついでに、一瞬自分が砂になってしまう姿を想像してしまう。
……さすがにちょっと気持ちが悪い。背筋がぞわっとした。
そのせいだろうか、このまま魔術師になることを目指して大丈夫なのか、本当に自分はそれでいいのか不安になってくる。
ぐずぐずとしていた所に、ヴェイン辺境伯が階段を上がってきた。
「殿下どころか、アランまでいたのか……」
「すみません。先日から魔術に少し興味があって。魔術師を見かけたことはあっても、僕はほとんど関わらなかったので拝見したかったんです」
レジーが言うと、ヴェイン辺境伯もうなずく。
「確かにそうそう会うものではありませんからな、魔術師は。けれどおわかりでしょう……希少な存在である理由は」
ヴェイン辺境伯の言葉に、私は息をのみこむ。
それはまさか、魔術師がみんなああいう死に方をするということなのだろうか。
「特に魔術を手に入れようとして無理をした者は、わずかながら術を操ることができても、すぐに力が枯渇するからなのか、あのように消滅してしまうことが多いようなのです」
……どうやら、すべての魔術師があんな死に方をするわけではないようだ。ちょっとだけほっとした。
でも無理をしなければ大丈夫、ということだろうか。
「完全に魔術を操れるようになれる者自体が少ないと聞いています。けれど誰に適性があるかなどまるでわからないようですよ。だから魔術師が十人、二十人と弟子を取っても、本当に魔術師になれるものは一人か二人。しかも適性がなければ、あのように死んでしまう恐怖をのりこえて試さなければなりません。しかも魔術師になれたとしても、やはり自分の力を超えるほどに術を使えば、同じように死ぬ可能性があると聞きます」
レジーもアランも、じっと黙り込む。
私も同様だ。
魔術師には、もっと簡単になれるものだと思っていた。誰かに弟子入りして、レベルを上げるがごとくに修行をしたらなれるものなのだと。
けれどそうではなかった。
「だから味方をしてくれる魔術師には、敬意を払わなければならない、と私は父の先代辺境伯から教わりました。敵ならば最大級の警戒を。その身を削ってでも相手を倒そうとする者は恐ろしいのだから、と。
そして不完全にしか魔術師になれなかった者は、術を使わずとも死にゆくことしかできません。せめて心を落ち着けられる場所にいれば、崩壊を先延ばしにすることはできると聞いたのですが……上手くいきませんでしたね」
ヴェイン辺境伯がため息をつく。
私は、胃の底から湧き上がる恐怖にじっと耐えていた。
ゲームで魔術を使えていた以上、私に素質があるのは確かだろう。希少だというその条件はクリアできているのが分かった。
けれど魔術師になれたとしても、使い方によっては死ぬ可能性もあるというのだ。
だから今更ながらに……魔術師になることが怖くなった。
ゲームのキアラは、状況からして自分の死すら怖くはなかったのかもしれない。けれど今の私は、そこまで追い詰められていない。
今の自分にあるのは、友達を救いたいという気持ち。
けれどレジーを救うことができたら、自分が魔術師になったことは皆に知られるだろう。その後、王国を取り戻すためにきっとみんなが戦にその身を投じるに違いない。私も手伝って欲しいと望まれるだろう。
味方を救うために自分の命を削るかもしれないのに、一緒に戦い続けられるだろうか。
だけど戦争は嫌だと言ってこの城に引きこもったところで、レジーが死んでしまったら後悔するだろう。
けれど自分が死ぬのは怖い。
戸惑いと恐怖で、私は自然と自分の唇をかみしめていた。
13話目魔術について調べます、に閑話を追記しました。




