事故の余波は思いがけなく 2
特に断る理由もないし、女の子同士でお話できるのは嬉しい。
なので、私はジナさんと食後のおしゃべりに興じることにした。
デルフィオン男爵の城は、防御のために高い壁で囲んだ城塞の形式ではあるが、ずっと侵略などがなかったおかげで、中心に居住に適した城館が建てられ、四方の庭の半分ほどが庭園になっていた。
その一画に、白い四阿がある。
数人が座ったらいっぱいになるような小さなもので、テーブルもなく、ただ長椅子が置かれているだけだが、ちょっとおしゃべりするには十分だ。
しかも周囲が茨で囲まれていて、近くで誰かがこっそり盗み聞きしようとしても、小声で話していれば内容が漏れることがなさそうな造りだ。
隣り合って座ったところで、ジナさんが持っていてくれた師匠を「はい」と渡される。
「ありがとうございます」
「……で、レジナルド殿下と何かあったの?」
御礼を言ったとたんに、爆弾を落とされた。
何があったって、あったって……とキスのことを思い出したとたん、ぶわっとまた師匠から風が噴き出す。そして師匠が笑い出す。
「イッヒッヒッヒ。かゆいかゆい」
おじさんくさく腹をかきながら笑う土偶が、風を巻き起こすとかシュール……。
ぼんやりとそんなことばかり考えて現実逃避しそうになる私に、ジナさんがずばり言った。
「キアラちゃん、感情の振れ幅が大きくなりすぎると、魔力がちょっと揺らいじゃってるのね。ルナール達もね、恋の季節になって好きな子の取り合いをするようなケンカを始めると、無差別に雪をまき散らし始めるのよね。その時は家の中に入れられなくて、外に一週間ぐらい追い出すのよ」
「魔獣の恋……」
「魔術師だから、きっと同じように感情が高まると、ちょっと魔力も揺らぐんじゃないかと思って。あ、人間が触っても特に問題はないのも一緒かも。雪まき散らしているルナールを、ギルシュが『もー寒すぎー!』って抱えて、雪山に放り出しても何ともないらしいから」
魔獣と同じにされるとは思わなかった。ていうか恋?
「でもそんなんじゃないんです! ただ驚いただけで!」
「何に驚いたの?」
ジナさんのこの誘導尋問に、言わないわけにもいかなくなって、私はぼそりと白状した。
「うっかり口の端同士が……ぶつかっちゃって……」
「あらま」
ジナさんがちょっと目をきらきらさせて、口元に手を当てた。
「やだ、キス? キスしたの? こんな話なら、ギルシュ呼んでくれば良かったー!」
「へっ。この娘のように浮かれればいいものを、うちの弟子は浮かれてくれんくて面白くない。ずーっと渋い顔をしてばかりでのぅ」
既に話を聞いていた師匠は、駄目出ししてくる。いいじゃないですか、どんな顔してたって。悩んでたんですよ弟子は。
「だって事故ですよ。キスとは認められません。ただ、直後に顔合わせると気まずいじゃないですか。そんなことになったのも、私のせいですし」
「んー。気まずいのかぁ。なるほどねー」
ジナさんがふむふむとうなずく。
「で、殿下はどんな反応?」
だけど追及を止めてくれなかった。迷った末、ここまで白状したら後は同じだろうと諦め、私はぽそりと告げる。
「……レジーには、ごめんって謝られまして」
ジナさんが、なぜか「あちゃー」と言いたげな表情になって、口元を隠していた右手で額を抑えている。
「どうしてそうなったの……」
「まったく甲斐性のない王子じゃ。わしなら間違いなくご馳走にありつくじゃろうに」
「師匠さんは肉食ですもんねー。だけど、わたしも表面以外は肉食な人だと思ってたんだけどな。っていうかご馳走側がそれわかってないから? 無理に押しても逃げられちゃったら元も子も無いというか」
「何の話ですかね?」
二人が言いたいことは、なんとなくわかる気がする。だけどわかりたくない。
レジーに「肉食のくせになんで齧らないんだ」って言ってるんでしょ? でも、レジーにとって私が被保護者でしかなかったら、というのを想定していないのでは。
だってレジーにも好みってものがあると思う。親子みたいに保護する関係ならまだしも、レジーだって本当に女性として意識する相手だったら、もしそうだったら……。
だんだんうつむきがちになりながらも、話をストップさせようとしたのだけど、逆にジナさんに問いかけられてしまった。
「何の話って、普通は謝られたくないわよねってこと」
「謝るなど甲斐性がないという話じゃの」
「え?」
謝られたくなかった?
そんなことを言われるとは思わなかったので、びっくりしてしまう。
「だって、それ以外に何を言うんですか?」
むしろそういう時、男の子って何て言うの!? わからなくて混乱する私に、ジナさんが小さく笑う。
「殿下が一方的にキスしてきたわけじゃないんでしょう? なのに謝られたら、拒否されたような気分になるじゃない?」
「拒否……」
されたように感じたから、私はあの時もやもやした?
「だからキアラちゃんが、本当は何て言ってほしかったのか、じっくり考えてみて欲しいな。何を想像したっていいのよ? そうして出てきた答えを、怖がらなくていいの。私は相手がいじわるな人だったから、嘘だと思って、信じないでいたら……取り返しがつかなくなっちゃった。だから間違っちゃだめよ。自分の気持ちくらいは」
ジナさんは師匠を抱えていない左手で、私の頭を撫でた。
「さーて。考える度に、頭がぼさぼさになったら可哀想だから、師匠さんは預かっておくわね」
ジナさんは、私が持っていた師匠をさっと取り上げた。
「さー師匠さん、動物とふれあいの時間を持ちましょう」
「おいっ、どうしてそうなる!?」
「そろそろ慣れてくれたっていいじゃないですか。うちの子達も、師匠さんの腕とかちょっと舐めたり、嗅いだりするぐらいで別に壊したりしませんから。
「わしゃ、犬っころどもに舐められるのは嫌じゃあああっ」
「犬じゃないですよー」
師匠の叫びとジナさんの応答が遠ざかる中、私は困惑していた。
「自分の気持ち……」
たぶんジナさんは、恋愛感情のことを言いたかったんだと思う。
でも、恋愛だとは思いたくない。そのことを考えた時、私が真っ先に思い出してしまうのはエイダさんだ。
もしエイダさんみたいにレジーに執着した時に……カッシアの時やエヴラールで殺されかけた時みたいに、私のお願いを断ち切られたら。
怖くなった私は、取りすがって謝ることで頭がいっぱいになるんじゃないだろうか。エイダさんが自分を好きになって欲しいと、断られても逃げられても何度も会いに行ったように。
保護者だと思っている今でさえ、見離されたように感じるだけで、泣きそうになってジナさんやギルシュさんに迷惑をかけたのに。
自分がどうなるかわからないのは嫌だ。
しかもそんな風に追いすがられたら、レジーは嫌がるんじゃないだろうか。
嫌がられるくらいなら、気持ちに蓋をする方がずっと楽で、レジー達と今まで通り仲良くいられるんじゃないかと思ってしまう。
だから、結局は。
「嫌われたくない……」
それに尽きる。
できればどう言ってほしかったのかなんて、考えたくない。
だからレジーが本当はあんまり嬉しくなかったのなら、事故のことだって忘れてくれていいし、忘れてほしいならそうする。あっさりとエイダさんを切り捨てたみたいに、しないでほしいだけで。
そんな風に気持ちが定まると、なんだか少し眠くなってきた。
「昨日、あんまり眠ってなかったからかな」
たぶん、四阿に高くなった陽が差し込んできて暖かかったせいもあるんだと思う。
四阿の背もたれに寄りかかって、うとうとと目を閉じる。
椅子の上に置いていた手を少しだけ動かした時、四阿にまで葉を伸ばそうとしていた勢いのいい茨があったんだろう、指先に小さな痛みを感じた。




