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求めるものの違い

 このやりとりで、ある程度のことを私は察した。


 魔術師になれば、とエイダさんがこだわるということは、彼女は私のように魔術師になれば、レジーに重用してもらえるのではないかと思ったのだ。

 なら、エイダさんが今握っているのは、契約の石の砂だろう。

 どこで手に入れたのかはわからないが……そんなにも、レジーが好きなのかと、私は圧倒されるような気がした。

 レジーは小さくため息をついた。


「今の状態が限界だよ。君の望み通りに面会もしている。けれど君は、こちらに有利な情報をもたらしていない。正直なところ、君が先日の件以上の情報を持っているかどうか、私は疑っている」

「そ……そんなっ」


「君がトリスフィードで得た情報はあるのだろうけれど、それから時間が経っているだろう? ルアインの状況も変わっているだろうから、知っていて有利になるものかどうかはわからない」


 レジーはエイダさんの情報に、価値はないかもしれないと言った上で、優しく微笑んでみせた。


「けれど先日の情報で、兵の損耗を防げたことも確かだよ。それだけで十分だと私は思うし、君の故郷までは間違いなく私達と共に行動できることを約束しよう。だから君が無理をする必要はない」

「でもっ、魔術師になれば……」


 エイダさんは悔しくて、でも悲しくてたまらないという表情になる。

 ああ、と思った。

 彼女はレジーの優しさをわかっている。同時に、レジーが理由のないエイダさんに特別扱いができないからこそ、なだめたり冷たくしたりして突き放そうとしていることも、感じているだろう。


 でもエイダさんの望みとは違う。

 彼女はレジー個人を独占したい。彼が愛情を向けてくれさえすればいいから、エイダさん自身の身を保証されたって何の意味もないんだろう。

 だから必死すぎるほど追いすがろうとするんだ。


 王子としての彼が欲しいだけなら、上手く自分の持っている情報を使うだろう。嫌われないようにしておいてレジーに恩を売り、誰か貴族に取り入って立場を整えた後は、戦争中の恩を含めて政略的にも結婚するのに最適な人間になる方法もあっただろう。

 だけど彼女は嫌われるかもしれないのに、駄々をこねた子供のようにすがる。

 エイダさんはただ、レジーの愛情が欲しいだけだから。


 彼女の姿に、私は胸が痛くなる。

 同じだ、と思ったから。

 家族みたいにわかり合って、何の見返りもなく手を伸ばし合う人であってほしい。だから抱きしめられても、ただ安心していた。私を見放したりしないって再確認できるからだ。


 だけどレジーは他人で。

 それなのに、子供みたいにレジーにあれこれと望むわけにはいかない。それがようやくわかったから、ちゃんとしようと思ったのに。……こんなにも寂しい。

 痛みに気づかないふりをしながらも、私はエイダさんから目が離せなかったのだが――。


「…………」


 エイダさんが瓶の栓を開ける。

 コルクのような栓を引き抜いたエイダさんに、フェリックスさんが「早まるんじゃない」と手を伸ばすが、レジーは黙ってその様子を見ながら剣に手をかけた。


 背筋がぞっとした。

 そんな風に自分も見捨てられるんじゃないかと――だって、他人だから。

 フェリックスさんが間に合うだるとは思った。けれどきっとまた、彼だってエイダさんに辛い言葉を使うだろう。


 たまらなくなって、私は石の床に手をつく。

 完全に使い慣れた魔術が、エイダさんの背後にある石の柱に伝わる。生き物の触手のように柱の側面が伸びて、彼女が口元へ傾けた瓶を弾き飛ばす。


 同時に走って。

 目の前にいたレジーの騎士を押しのけるようにして、私はエイダさんを抱きしめた。私よりエイダさんの方が少し背が高いから、包み込むようにとはいかなかったけれど。


「な……」


 呆然とするエイダさんが、目をまたたく。けれど私の腕を振りほどきはしなかった。


「自分をそんなにいじめないでください。我慢してたんでしょう。苦しいなら、少し休みましょうエイダさん」


 見上げたエイダさんは、途方に暮れた子供みたいな目を私に向けていた。

 今はショックでぼんやりしているだけなんだろう。

 このままレジー達と接触させていると、また突き放されたことを思い出して、悲しくなって自棄になるかもしれない。だから移動することにした。


「何か暖かいものでも飲みましょう」


 混乱している時に選択肢を与えても、さらにパニックを起こさせることになりそうだったから、エイダさんの答えを求めずに私は彼女を抱えるようにして歩き出した。

 ぼんやりとした表情で、エイダさんは素直に足を動かす。


 そんな私達の前に立っていたレジーの騎士さんたちが道を開けてくれて、何も言わずに見送ってくれる。

 レジーは大丈夫かというようにこちらを見た後、カインさんと目くばせしたように見えた。

 カインさんだけはついてきて、途中で行き合った男爵城で働く召使いさんにお茶を頼んでくれる。

 さらに適当な部屋へと誘導してくれた。


「ありがとうございますカインさん」

「……私は扉の外にいますよ」

「申し訳ないんですけれど、そうしてください」


 カインさんは気をきかせて、部屋の外へ出てくれた。けれど心配なのか、扉のすぐ側にいてくれるようだ。いろいろ有り難い。

 私はエイダさんを抱きしめたまま、部屋の長椅子に座る。木製のやや簡素な椅子は、クッションもないから少し堅かった。


 その間も、エイダさんは思考停止したようにぼんやりとしたままだった。

 つれて来たものの、私としても何かプランがあったわけじゃない。ただ衝動的に連れ出してしまったので、次どうしようかと頭を悩ませた。

 とりあえずエイダさんを抱えたままだった。いつもの彼女だったらむっとして振り払いそうなんだけど、大丈夫だろうか。


「えっと、嫌じゃありませんか?」

「…………」


 返事がない。

 これは判断に困った。嫌だけど返事をしたくないのか、嫌じゃないけど返事をする気力がないのか、そもそも問いが聞こえてないのか。

 もう一回聞いてみるべきかと思ったが、その前にエイダさんがぽつりとつぶやいた。


「そんなことまでしなくてもいいって……」


 考え事をしていたのが、ぽろりと口からこぼれたような、そんな言葉だった。


「そう言って、止めてくれるって思った……」


 語尾を震わせながらの言葉に、私はエイダさんが聞いてほしくて言っているんだとわかって、うなずいた。


「止めてくれるぐらいは、私のこと思ってくれるかもしれないって。そうじゃなくても、冷たいことを言っても情報は欲しいから思うふりぐらいはしてくれるんじゃないかって、期待して」


 エイダさんは唇を引き結んだ。

 レジーは言葉で止めてはくれる。だけど強引に止めたりはしない。

 私はそのおかげで自由にさせてもらえた。わかってくれない辛さに悩んでも、自分のやりたいことを貫くことができた。


 一方で、エイダさんは自分を傷つけようとしてみせて、それを止めてくれかどうかで愛情を測ろうとした。

 普通の男性だったら、綺麗なエイダさんが必死に好きだと訴えたら、どこかの時点でほだされただろう。そうして彼女の望みに近い態度で、先ほども止めてくれたかもしれない。


 けど、レジーはそれを期待してはいけない相手だった。

 彼は血のつながった家族でさえも、情を期待できない人がいるのだと思い知っている。その分だけ、彼は情に訴えられても心が動きにくいんだろう。

 それを乗り越えたいなら、アランやカインさん達のように時間をかけて信頼関係を築くしかなかった。


 ただ、エイダさんにはそれができない事情がある。

 トリスフィードを取り戻したら、彼女は置いて行かれてしまうのだ。

 レジーも本格的な冬になるまでに、決着をつけたいはずだ。だからトリスフィード攻略は急ぐだろう。

 それをエイダさんもわかっていたから、女子だけど最後まで従軍できる私のように、魔術師になれればと思ったのかもしれない。


「レジナルド殿下は、誰のことも無理にとめたりしないわ。私が魔術師になろうとした時も、後で怒られたけどとめなかった。殿下自身がとても不自由な立場だったからかもしれない。それが悪い方向でも本人が決めたのなら、って思うみたい」

「……誰のことも、止めないの?」


 エイダさんの問いにうなずくと、彼女は少し悲しそうな表情になった。強気そうな顔立ちのエイダさんが表情を曇らせると、より一層悲しみが伝わる気がした。

 野の花が萎れるよりも、大輪のバラが一瞬で萎れた方がより劇的に見えるように。


「わけがわからないわ」


 ややあって出てきたのは反発するような言葉だけど、それでエイダさんが先ほど突き放されたことに、心の中で折り合いをつける気になったのだと感じた。

 おかげで少し、気が楽になった。もうさっきみたいに、突発的なことはしないだろう。


 丁度いいことに、その時召使いさんがお茶を持ってきてくれた。

 私はエイダさんから腕を離して、二人で隣り合ってお茶を飲むことにする。

 特に話したりはしなかったけれど、エイダさんも大分落ち着いて、大人しくお茶に口をつけていた。

 そんな私達の所に、エメラインさんがやってきた。


「ああ、ここにいたのね。二人に、ぜひ参加していただきたいものがあるの」

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