分離実験をしよう
デルフィオン領内の防備を固めるためもあり、ファルジア軍はしばらくデルフィオン城にとどまることになった。
安定した状況でサレハルド軍を討つのだ。サレハルドを撤退させることができれば、ルアインも動揺するだろう。
そのために少なくとも二週間はかかるらしい。
サレハルドを討つという言葉に、まだ胸が痛む。
けれど言うまい、と私は口をつぐんでいた。
ジナさんだって戦うと決めているのだ。一時は婚約者でもあったイサークと。
それに戦場に出てきてしまったら、もう殺すか、降伏するしかない。イサークはそういうことをわかっていて選んだのなら、迎え撃つ以外の方法はない。
あと希望はある、と思うから。
ジナさんの話によれば、イサークはファルジアに負けることでルアインからの追及と、支配を逃れたいはずだ。そのためにジナさんの活躍の場を作ろうとはするかもしれないが、ほどほどのところで降伏してくれるだろう。
師匠にその可能性を指摘された私は、だから思い悩まないようにしよう、と心に決めた。
それに最近師匠が優しい。
眠る時にも枕元にいて、頭を撫でたりしてくれる。
そんな師匠を心配させたくないから、なるべく割り切って元気でいなくては。
さて二週間もデルフィオンの城に滞在する間、私に特別な仕事というのはない。デルフィオン男爵城は破壊されている箇所もないので、土木作業も必要ないからだ。
かといって閉じこもっていても仕方ない。
そこで私は、また色々と魔術で実験をしたいと考えて、カインさんと一緒に広い庭がある場所へと向かっていた。
「今度は……何をするつもりなんですか?」
こと実験に関しては、カインさんもやや警戒をするようになってしまった。この間の師匠を飛ばす実験……もとい、私が空を飛ぼうという実験のせいだろう。
あれはきっと、重たい石で作ろうとしたのが間違いだったのだと思う。
「今日のはあまり心配ないはずですよ。だって分離実験するんですから」
まずはもっと軽く頑丈なもので作るべきだ。
ぱっと思いつくのはアルミだけど……土の中に適当に混じっているものだろうか。それよりは鉄の方がまだどうにかできそうな気がした。
とはいえ、鉄をあちこちから融通してもらうのは難しい。
リアルな問題で。
万の数の兵が、武装してあちこちで戦っている現状、鉄はとても需要が高い代物だ。お値段がけっこう上がっていると聞いている。
なら、土から分離してみたらいいじゃないかと思ったのだ。
上手くできれば、即席で鉄の壁とか作れちゃうかもしれない……どこに使うか自分でもまだ謎だけど。今のところ、石壁で槍とか騎馬の突撃とか防げると思うし。
でも使える方法はいくらでもあった方がいいと思うんだよね。
「まぁ、やるだけやってみれば良いだろうがのぅ。そんなことが可能かどうか」
できるとは思えないのだろう、師匠が言葉を濁していたが、それだけだ。落ち込んだりするより、妙な実験をしている方がいいと考えたのだろう。
やってきたのは、北側の庭だ。
広いけれど建物の影になりがちなので、花を植えるよりも広場のようにしている。
そこでまずは確認をする準備のため、スコップを探した。
軍が占拠している関係で今庭師さんはいない。なのでちょっと隠れた場所にある小屋の中からスコップを勝手に拝借し、カインさんに護身用のナイフを埋めてもらう。
私はその場所を後ろを向いて見ないようにしたまま、少し離れた場所で地面に手をつけて、ナイフを探した。
これができれば、土の中にある鉄がわかるということになる。土と鉄とを別々に感知できなければ分離もへったくれもないので、まずここからだ。
「鉄……鉄……鉄分……」
いつも通りの感覚では、あちこちに散らばる魔力しかわからない。それに少しでも違いがないかを近くから確認していく。
最初はなかなか見つけられなかった。
魔力もどれも全部同じように思えた。なにせ色がついてるわけでも、金属らしい硬さとかも魔力ではわからない。でも何回か繰り返していくと、ようやくちょっと違いがわかってくる。
なんかこう、赤いようなイメージがあった。
それが固まった場所を探して、ようやくナイフを見つけた。
「やればできるんだなぁ……」
「わしゃ、できるもんだとは思ってもみなかったわい」
師匠は純粋に驚いていた。
むしろカインさんの方が「キアラさんが可能だと考えたのなら、きっと大丈夫だと思っていましたよ」と言った。
ヨイショされてちょっと得意な気分になったら、師匠がすかさずつついてきた。
「この娘の考えを全部肯定しておったら、後で酷い目に遭うぞお前さん。この間も、すわ大惨事になるかという状況であっただろうが」
さらに一時間ばかり、延々と土の中の鉄を分離させる作業を試みてみた。
成功したといえばした。
実は最初、それが鉄だとは思えなくて戸惑った。なんか赤いのが出てきたから。
よくよく考えてみればそうなるのは当然なんだけど、土の中にだって雨とか浸みこむわけで。鉄が水に触れるとそれが進行するってのを、中学生でも分かっていたはずなのに、ちょっとびっくりした。
というわけで、地面の上にもこもこっと出てきたのは、赤さびた鉄だったのだ。
「精製とか、魔術で可能なのかな。酸素と分離って……」
酸素は風の属性に類するんじゃないだろうか。だとすると、土属性な私の魔術では難しいのでは。
また壁に当たったわけだけど、とりあえず集めた鉄錆を部屋に持って行って、それをどうにかこねくり回そうと思ったので、布に包んでポケットに入れておいた。
そうして部屋へ戻っている途中だった。
「私が魔術師になれたら、必要だって思ってくださるんでしょう!?」
どこからか、エイダさんの叫び声が聞こえてきた。続くのは彼女を止める複数の声だ。
私は急いでその場にかけつけた。
到着してみると、柱を背にしたエイダさんが、何かを握りしめている。
彼女を取り囲むようにしているレジーの近衛騎士が、困惑した表情でエイダさんを見ていた。
けれどエイダさんの視線が向けられているのは、フェリックスさんが背にかばっているレジーだ。
「魔術師になれるのは万が一の方だよ。他はほとんど全ての人間がなれずに、死ぬだけだ。それで誰かに被害が及んだら、他の者が負傷するのを覚悟で君を殺さなくてはならなくなる。私に君を殺させたいのかい?」
エイダさんを見返してるレジーの言葉は、容赦がない。優しく止めるどころか、最初から無駄だと突き放した。
それでエイダさんも引っ込みがつかなくなったのだろう。
「でも、魔術師がいた方がいいのではありませんか? これで魔術師になれるかどうか試せるのですよね? 死ななかったら……お傍に、仕えさせて下さるとお約束下さい」




