デルフィオン男爵の交代
ルアインとサレハルドが、トリスフィードへ撤退している。
その一報に、イニオン砦にいた人々は歓声を上げた。
「いやぁ良かったですな、はっはっはーっ!! きっと先の戦いで負けた上、伏せていた兵をこちらが見つけたので、怖気づいたのでしょう! ……うっ」
喜びを声でも表したのはアズール侯爵だ。彼の腕を横からどすっと杖で突いて黙らせたのは、エニステル伯爵だった。
「何かしら裏はあると存じまする。が、城は攻略が厳しくなりがちなのも確かなこと。占拠しておくべきでござろう」
「そうだね。ではデルフィオン男爵とエニステル伯爵に先行してもらいたい。私達は砦を引き払う準備をして後を追う」
レジーの指示を受けて、エニステル伯爵とデルフィオン男爵が一日早く出発。
翌日に私達が出発した。
ルアインの動向を気にしつつ、進むこと3日。
その間に先行したエニステル伯爵から、城の内外に問題がないこと等の報告が来ていたので、私達はそのままデルフィオン男爵の城下町へ入った。
昔、領主同士で争っていた時期の名残で、デルフィオンの城下町は石積みの壁で覆われていた。
灰色の壁を越えると、集まって来ていた民衆の声や目が私達に向けられる。
「ファルジア王国万歳!」
「レジナルド王子万歳!」
そのほとんどが、歓迎の声だ。あとは私達の姿を見て話し合う声で、強い風に吹かれた森のざわめきが声なき声となって、周囲を埋めていくような感覚に陥る。
戦場の音とはまた違った圧迫感に、私は少し驚いた。
「どうかしましたか?」
今回も私と相乗りになったカインさんに尋ねられる。
「悲鳴とか叫び声以外の喧騒って、久しぶりだなと思いまして」
ソーウェン以来かな?
カッシアはそれどころじゃない時に町に入ったし、イニオン砦は少し町と離れた場所だったから、迎え出てくるのは敵ばかりだったから。
「でも、歓迎しているようで良かったですね。占領されて数か月経っていますから、ルアインの統治が心地よいと思っていなければ、ここまでファルジア軍を歓迎しないでしょう」
カインさんの言葉に私は首をかしげる。
「ルアインの統治の方がいいって、思う可能性があったってことですか?」
「デルフィオンはさほど抵抗したわけではないので、特に町の者を殺したり、むやみな規制もしていなかったようですから。末端の人々は自分達にとって良い統治者かどうかだけを気にするでしょう」
「良い統治者かどうか……」
生活が豊かになるのなら、確かに統治者が変わっても歓迎する人は出てくるだろう。
「ただデルフィオンも、ルアインとの戦争に度々人を派遣しているわけですから。基本的にはルアインに反発する人が多いでしょうね」
その話に、いいかどうかは別としてほっとしてしまう。
ルアインの統治で市井の人達に苦労してほしいわけではないけれど、戦い続けて解放してみたら、実は歓迎されていなかったとなると、さすがにがっかりするだろうから。
そしてやっぱりここでも、馬に相乗りしている私は人々に不思議そうに見られることに。
なにせルアイン軍がかなり離れたとはいえ、何か遭った時に素早く逃げられるようにということで、カインさんとの相乗りが義務づけられてしまっているのだ。
私一人で馬に乗ってたら、とろいわ避けるのは下手だわで、恐ろしくてそんな真似ができるか! とアランに言われた。
……私、この戦争が終わるまでに乗馬くらいは上手くなれるんだろうか。
考え事をしつつ、中央の石畳で舗装された道をデルフィオン男爵城へと進む。
デルフィオン男爵城は、大きな堀に囲まれていた。川から引かれた水は、一定の方向へゆっくりと流れていて、お掘と聞いて想像するものよりも濁っている様子はない。
馬車一台くらいの広さの石橋を渡ると、扉が開かれた門がある。
先頭集団に続いて、レジーと騎士達。次いでアランの後ろを行く私も城の中へ入った。
通り過ぎてから何気なく振り返って、
「あ……」
一瞬、違う情景が見えた気がした。
煙が立ち上る、城下の街並みは所々くずれて。まるで戦乱に巻き込まれたような有様だ。
門の近くにも倒れ伏す兵士の遺体が転がり、石橋を赤黒く染めて。
その向こうに見えるのは、青地の旗に描かれた竜と……。
「キアラさん?」
呼びかけられて、我に返る。
ずっと後ろを見るってことは、カインさんの腕越しにじーっと門を凝視していたわけで。カインさんが不思議に思うのは当然だ。
「何か気になることでも?」
「いいえ、たぶん……似た光景を絵で見たことがあったから、それで見たものと記憶が組み合わさって、現実に見えてるって錯覚したんだと思います」
ゲーム画面で見た絵だったから、実際に見たような気になっただけ。だと思う。
何度も写真で見た場所に行くと、デジャヴを感じたりするのと同じことだろう。
考えてみたら、デルフィオン男爵城ってゲームでは戦闘になる場所なんだよね。ルアイン軍がいなくなったことで、攻城戦はなくなったわけだけど。
確かここで、ゲームのキアラ・クレディアスの土人形とアランは戦っていた。その場面を思い出してしまったんだろう。
そう結論づけながら、私はデルフィオン男爵城へ入城した。
既に到着していたデルフィオン男爵達によって、城の確認は行われていた。何かが仕掛けられている様子もなかったので、速やかに割り当てられた部屋へ移動する。
案内してくれたのはルシールさんだ。
「右隣がわたしの部屋で、その隣がエメラインお姉様のお部屋なんです。遊びにいらっしゃってくださいね、キアラ様」
「ぜひ。……って、そこは元々のルシールさんの部屋なんですか?」
「いいえ。ルアインの人が使った時に、結構物を移動されたり捨てられたりされたので、すぐ使うわけにもいきませんので、いい機会なので移動することにしました」
さしたる抵抗もなくルアインに明け渡した城だが、男爵がそれとなく奔走しても、ある程度は作りかえられたり、装飾品が紛失したりという被害はあったようだ。
「お姉様は、血みどろになったり、破壊され燃やされたりしないだけマシ、手を入れたらすぐ使えるんですから……と言っておりました」
「さすが効率重視のエメラインさん」
「わたしもお姉様を見習いたいと思っています」
目指せお姉様! なルシールさんは、エメラインさんを真似て粛々と意見を述べた。
でも自分の聖域も同然だったはずの部屋を荒らされたり、物を捨てられたりしたら、悲しくないはずがない。ルシールさんくらいの年齢の子供なら、泣いたっておかしくないのに立派だ。
「石で何か作り直したいものとかがありましたら、協力しますよ」
「あ、それでしたら……」
とルシールさんが依頼してきたのは、なぜか土ねずみの像だった。
部屋のどこに置く気なんだろう……。いいけどね。
それに私は絵心が皆無だけども、想像さえできれば具現化は問題ない。だから作ることを約束した。
私がルシールさんと和やかに話したり、夕食を取ったりしている間、レジー達は忙しかったようだ。
到着後の役割についてはイニオンで協議が済んでいたようだが、城下の商人達が、挨拶をしたいと大挙してきていた。
後日に回すという意見もあったらしいが、アラン曰く、
「戦争には金がいるからな」
各領地から連れて来ている兵士さんのお給金は、各領地で持つことになっているのでいいとして、食料等お金が必要なものは沢山ある。
その資金を、上手く市井の余力があるところからもらうためにも、無下にはできないのだ。
また長期的なことを言えば、王家としてもあまり貸しはつくりたくないらしい。各領地から出兵させる代わりに、その負担分くらいの税を免除するシステムになっているので、王家の来年の収入が少ないのも、理由の一つ。
王都が陥落している上、これから攻め込めば修繕や補修などにもお金がかかる。
私は聞いているだけで目が回りそうだった。
それがひと段落した翌日、デルフィオン男爵城の広間で、レジーなどの主要な人物だけではなく、私やルシールさん、デルフィオン男爵家の分家の人々などが集まって、一つの儀式が行われた。
デルフィオン男爵の爵位移譲を行うためだ。
現デルフィオン男爵のヘンリーさんは、領地を守るためとはいえ敵国に下り、一度ならず王子の軍に攻撃を加えている。
それを何もおとがめなしで許すわけにはいかない、という事情だ。
さりとて戦時中のこと。
トリスフィードへ移動したルアイン軍やサレハルド軍と戦う必要もある上、そちらへの対処が終われば、王都へも攻め上らなければならない。
デルフィオンはその中間地として、平穏を保ってほしいのだ。
そこでとられたのが、現男爵ヘンリーさんから、弟のアーネストさんへの男爵位の移譲という手段だった。
アーネストさんはルアインに恭順することなく戦い、いち早く王子の軍に参入していた。
そんなアーネストさんに領主を変えておけば、ファルジア軍の兵も快くデルフィオンの者を受け入れられる。
ルアインに与した責任は、男爵のヘンリーさん個人が爵位を失うという形で治めたのだ。
その後のヘンリーさんの身の振り方はというと、
「でも兄さん、私は軍事に明るくないのです。だからエメラインに任せようと思っておりますが、その顧問としてでもどうか、助けてください」
というアーネストさんの頼みにより、エメラインさんの補佐に着くことになる。
エメラインさんのほうは、デルフィオンの兵を率いる将軍位を得たわけだ。
アーネストさんの親戚筋ではなく、エメラインさんが自らというところがなんだかとても、彼女らしいというか。
元男爵ヘンリーさんの奥様は、体調不良なのでそのままデルフィオン男爵城で療養。
ルシールさんは、今後の結婚のことなどもあるのでアーネストさんの養女という形で、引き続き男爵令嬢として暮らしていけるようだ。
穏やかな男爵家に関する裁定に、私はほっとしたのだった。




