魔術師についての推測
翌日、アズール侯爵とジェロームさんの兵が砦を出て行った。
どうもデルフィオン男爵城近くに、ルアイン側が張った罠の情報が入ったらしい。
情報源はあのエイダさんだ。
エイダさんは、捕まる前にクレディアス子爵達の話を耳にしてしまっていたのだという。
トリスフィードで捕まった後でデルフィオンに移送される時にも、兵士の話で妙なことを聞き知ったとか。
それに関しては、レジーもある程度は周囲に話を伝えてもいいと思ったらしく、グロウルさんから概要を聞いたカインさんから、内容を知ることができた。
「……それで魔術師を作るのに、貴族が最適かも? ですか」
エイダさんが耳にした情報の中には、そんな話があったようだ。
彼女の言う『キアラ・パトリシエールが逃げなければ』に関連した話らしい。
昨日はよほどレジーが厳命したのか『やくたいもない話かもしれないから、まだキアラには話さない方がいいと思うんだ』とレジーはカインさんやアランにまで何も話さなかったようだ。
けれど、今日アズール侯爵達が出発するにあたって、さすがにエイダさんの情報を開示したらしい。
「師匠はそんな話……聞いたことがあります?」
「魔術師になるのに貴族が最適、だなどというデマか? ハッ、ありえんじゃろ。ケケケッ、ヒーッヒッヒッヒ」
話し合いをするために、部屋に置かれていた簡素な木のテーブルの上に乗せていた師匠は、大笑いしながらカチャカチャと足を動かしている。
「そんなことがあるなら、各国の王侯貴族は皆魔術師になっておるだろうよ。そうして戦争は魔術戦になるんじゃろうな。そうなっていないということは、あり得ない話だということじゃろ。ウッヒヒヒヒ」
「ですよねぇ。私だって別に貴族っていっていいのか微妙な身分出身ですし」
師匠だって別に貴族ではない。だからそれは眉唾な情報だと思う。
私は師匠を載せたテーブルの上に肘をついて唸った。
「だとすると、どうしてそんな話になってるんだろ……」
「伝達の過程で、ねじ曲がったのではありませんか?」
向かい側に座ったカインさんの話に、なるほどとうなずいた。
エイダさんが耳にするまでの間に、何かしら尾ひれ胸びれがついたのだろう。だとしたら、最初にあったものは何だったのか。
「貴族じゃないなら、女性?」
必ず、という条件ではないと思う。現にクレディアス子爵は男のはず。
「魔術師になれるのが、女性の率が高いとかっていうことは、ないんですか?」
「うむ……。確かに我が師も女性ではあったが……」
考え込んだ師匠は、やがて頭を横に振る。
「有意な数といえるほどは、わしも魔術師になろうとした人間を知らぬからのぅ。他の弟子達は男が多かったが、五人死んでわしが残ったところで師匠は弟子をとることをやめたんじゃ」
「五人……」
「それでも師は、こんな高確率で魔術師になれる人間に当たったのは、珍しいはずだと言っておったな。師の兄弟弟子は二十数人が死に絶えたと言っておったか。最後の師匠がたまたま当たっただけで、そうでなければまだ死んでいただろうと言っていたかのう。ヒヒヒヒッ」
「…………」
魔術師の弟子、死屍累々すぎる。
けれどその人達は、わかっていても魔術師になりたかったのだろう。万が一の可能性に賭けて。私みたいに守りたいものがあったのか、それとも何か別な理由があったのか。
「そういえば師匠は、どうして魔術師になったの?」
尋ねると、表情など変わらないはずの土偶がニヤリとした気がした。
「生きていくためじゃのぅ。ケケケッ」
師匠は、意外と昔のことを語らない。
できれば昔のことは忘れたいらしい。ということは、魔術師の弟子になるまではあまり幸福な暮らしではなかったということなのだろう。
でも、魔術師になれなかった弟子の人数を聞いて、そうでなければ魔術師になろうなどと思わなかったんだろうなと考えた。
死ぬかもしれないとわかっていても、可能性に賭けたいと思うのだから。
「でもルアイン側でそう言うのなら、女性の方が確率が高かったのかもしれませんね。なにせクレディアス子爵の行状があれですから。女性を集めて実験を繰り返す隠れ蓑として、そんな噂を流した可能性もありますよ」
「考えてみれば、私に砂を飲ませようなんていうのも、もしかしたら女だったから実験してみようとしたのかも」
カインさんに言われてみれば、そうだと思えた。
思い返せば、私が最初に砂を飲まされたのは、まだパトリシエール伯爵に引き取られる前だ。見知らぬ女の子にわざわざそんなことをするのだから、女子だから試してみようと思ったのかもしれない。
……ついでにもう一つ気づいてしまった。継母は、私が死ぬかもしれないというのに、生きていればパトリシエール伯爵に買い取ってもらえるのと、殺す手間が省けると思ってパトリシエール伯爵の実験を了承したのだ。嫌だなぁ、もう。
てことは、パトリシエール伯爵はあれを飲んで無事だった女子を引き取ろうとしていて、うっすらと伯爵領内あたりではそれが知られていたのではないだろうか。
噂を聞いた継母がパトリシエール伯爵に売り込んだのだと考えると、突然伯爵家の人がやってきたこともうなずけるというものだ。
おそらくゲームの場合のキアラも、そうして魔術師になれるかどうかのふるいにかけられたんだろう。
「当たりを引いて、キアラさんを伯爵が引き取ったということですか」
カインさんが納得したようにうなずく。
「ですね」
つじつまが合うので、やはり女性の方が魔術師になりやすいのは確かだと思える。
「ということはあれではないのか?」
師匠が腕をカチャカチャと組んで言った。
「この砦に女子供だけ捕えたあげく、あの砂を持っている兵士がいたのじゃろう? そして子爵がデルフィオンにいたと言うことは、魔術師を作りだそうとしておったのではないか?」
師匠の指摘に、私は苦い気持ちになる。
そうか。だからエイダさんは私のせいだと言ったのだ。
キアラ・パトリシエールの代わりを作ろうとして、女性を集めていたのだとしたらうなずける。
エイダさんは契約の石を形見として持っていたから、なおさら適性があるのではないかと疑われて連れて来られたのかもしれない。
私は唇をかみしめてうつむくしかなかった。
翌日戻ってきたアズール侯爵は、ルアインの罠を一つ潰して帰ってきた。
この先にある村の住人を、ルアインの兵と入れ替えていたらしい。
どうもファルジア軍が近くを通った時に、毒入りの食物を提供し、口にして悶え苦しんでいるところを襲撃する予定だったようだ。
イニオンの町の人間を連れて行ったアズール侯爵は、村人ではない者ばかりがいることを確認すると、偽装していたルアイン兵を攻撃。殲滅したと言う。
証拠としてアズール侯爵は、村の中に隠されていた多数のルアインの鎧などを持ち帰った。
そんなイベントは、ゲームではなかったと思う。
レジーの役に立てなかったことを悔やむ私だったが、それから頻繁にレジーの元へエイダさんが呼ばれるようになったことを耳にし、目にするようになった。




