気になる発言
問いかけられたのはレジーだったが、その前に立って受けたのはフェリックスさんだ。
「大変興味深い話ですね。別な場所で伺いましょう」
にっこり微笑んでエイダさんの手首を掴んだフェリックスさんだったが、エイダさんはどうしてもレジーと話したかったようだ。
「え、そうじゃなくて、私は殿下と!」
しかしレジーの方もそれに応じなかった。
「そういったことはフェリックスに任せるよ。報告を後で上げて」
フェリックスさんが抑えている間に、レジーは主塔に入ろうとする。
エイダさんてそんな避け対象になってたの? 確かに今のは待ち構えてたみたいで、ちょっと怖かったけど。
けれどエイダさんの声がその足を止めさせた。
「キアラ・パトリシエールが逃げなかったら、こうはならなかったのよ!」
そして私の息をも、一瞬止めさせた。
私が……逃げなかったら?
つぶやく声さえも出せない。思わずエイダさんを凝視してしまう。
けれどエイダさんは私なんて見ていない。じっとレジーに目を向けていた。レジーは、エイダさんの手首を掴んでいるフェリックスさんに命じる。
「彼女をどこ空いた部屋へ。グロウル、人を呼んできてもらいたいんだけど……」
「承りました」
レジーは先を行くフェリックスさんの後を追うように歩いて行く。
それを呆然と見送った私は、グロウルさんに肩を叩かれてはっと我に返った。
「大丈夫ですか、キアラ殿」
「あ……はい……」
でも声がまだ、あやふやでわずかに震えていて、グロウルさんの表情が曇る。
「ウェントワース。彼女は早めに休んでもらった方がいいだろう」
「そうですね」
グロウルさんに促されて、カインさんが私を主塔の中へと連れて行こうとする。背中を押されるまま歩き出してから、はっと思いつく。
「あの、カインさん。私グロウルさんに頼み事が……」
「先ほどのことを知りたいんですよね。わかっています。けれど貴方には誰も話さない可能性があります。もちろん同席もさせてくれないでしょう」
足を止めようとして、カインさんに抱えられるようにして主塔の扉をくぐらされる。
「どうしてですか!? だって私が関係してるって、さっき」
「貴方が関係しているからですよ」
何とかそこで踏みとどまりたかったが、身長も違いすぎるし体格差もある、何より前世の女子高校生よりは馬移動やらで体力があるかもしれないけれど、毎日鍛えている人に勝てるわけがない。
結局小脇に抱えられる荷物みたいになって、階段を上がっていくことになったけど、私も諦めが悪い方だ。
「関係してるなら、なおさら知りたいじゃないですかっ」
「……暴れないで下さいキアラさん」
「暴れずにいられません! 何としてでも私もエイダさんの話を聞きたいんです! それでできる事があったら、あったら……っ」
なんとしてでも止める。
一思いに殺すことでしか助けられないなんて嫌だ。
捕まえられた犬みたいにもがくが、どうあってもカインさんに敵わない。
そのうちに自室へ連れ戻されてしまう。
降ろされた隙に部屋を飛び出そうと目論んでいたが、カインさんは抱えていた私をひょいと持ち上げると、驚く私をソファーの上にやや乱暴に放り出しかけた。
「ひゃっ」
喉の奥で悲鳴を上げた瞬間、カインさんが我に返ったように抱えていた私をゆっくりと降ろしてくれる。
びっくりしたせいで口をつぐんだまま、私はソファーに座らされてカインさんを見上げる。
カインさんは横を向いてため息をついてから、私を見下ろす。
「落ち着いて下さい。殿下が隠そうとしても、貴方が望むならそれを調べてきてあげましょう……そういう約束をしたでしょう」
言われて、私はうなずいた。そうだ、カインさんは私の味方でいてくれる。
「あの時無理にあなたがついて行ったところで、追い払われたことでしょう。後で私が調べた方が、グロウル達も話しやすくなるはずです」
そう言って、カインさんが私の頭を撫でる。
「大丈夫、貴方との約束は破りませんよ。戦い続けるあなたに協力することを止めません。……わかりましたか?」
「う……はい。ちょっと冷静になりました」
驚いたショックで、焦る気持ちが吹き飛んだ。
おかげでカインさんが言いたいことも理解できるようになった。
確かに私があの場でまとわりついたところで、レジーは絶対に私を入れてくれないだろうし、グロウルさんも折れてはくれないだろうと、今なら納得できる。
「それに、あの女性の口調と状況から、おおよその内容に予想がつきます」
「え?」
「貴方が逃げたからだと言うのなら……結婚に関することでしょう?」
「クレディアス子爵、が? ……まさか代わりが欲しくて?」
私がいないことで、代わりを求めて魔術師くずれを次々に生みだしたのか。
しかしカインさんが想定していた答えは、それだけではなかったようだ。
「魔術師を作りだすために実験をしていただけなら、まだわかるのですが。私はどうして魔術師にするだけでもいいものを、結婚という形にこだわったのかが気になりますがね」
「結婚に……。そうですよね。魔術師として戦わせるためだけなら、別に結婚しなくてもいいわけですし」
むしろどうして結婚にこだわったのか。
さすがに好みだったとかいうのは勘弁……。ほんとにロリコン事案になってしまう。魔術師としての能力がほしくて、の方がいくらか寒気がしないんだけど。
しかしカインさんは容赦なくそこをつついてきた。
「クレディアス子爵に関しては、おそらくといった推測ですが……。貴方のような人を傍に置きたいという欲求があったのでしょう」
「……うげ」
第三者の目からも、わりと本気であのカエル子爵はロリコンに思えるんですかね? うう、想像するのも嫌……。
「あのエイダという女がそこまでの詳細を知っているわけはないでしょうが、証言内容がわかればより具体的な推測もできるというものです。だから私が確かめて来ようというのに……」
じっと私を見下ろしながら、カインさんがもむろに頬をつねってきた。
「む!?」
痛くはないけど、なんでこんなことされてるの!?
「どうも約束をしたというのに、貴方は私を信用して下さらないようですね。どうしてでしょうかね」
「えっとその……ごめんなさい」
頬をつねられ続けるってどういうことなんだろう。謝ったのに離してくれない。
「本当に反省してますか?」
「してます!」
だから離してほしいのに、カインさんは私の返答を聞いて横を向いて吹きだした。
ひ、ひどい。笑い物にされた!
すねた私は思いきり頬を膨らませた。内側の空気圧ではじかれるように、カインさんの指が外れる。
あっけにとられた顔をしたカインさんは、くつくつとお腹を抱えて笑い出した。
望み通りに頬をつねられる状態は脱したけど、笑いを提供する気はなかったので、ちょっともやもやする。
「笑いすぎですカインさん」
「ですがね……そんな対抗のしかたする女の子が……いるなんて……くくっ」
普通の女の子の範疇じゃないと仰りたいんですかね?
いや確かにエメラインさんはしなさそう……。真顔で脅すか取り引きを持ち掛けそうな気がする。塔の中でルアイン兵を脅してたみたいに。でも私が教えたら実行しそうで怖い。
ルシールさんも子供とはいえ私みたいに、変顔を覚悟して決行なんてしないだろう。
エイダさんなんて絶対しないと思う。つねられたら普通に怒りだして泣くんじゃないかな……。
さすがに泣かれたら、レジーもあんなに冷たい態度はとらないような気がする。エヴラールではマイヤさん達のいたずらにも怒らなかったし、召使いのおばさん達にも親切だったから。
想像して、私はちょっと気落ちした。もしかして私……だいぶ女子としてずれてる?
悩み始めた私に、笑いが落ち着いたカインさんが言う。
「では、そこにいて下さいね。少し時間がかかると思いますが、食事の頃にも、なるべくならば私がここに来ますからそれまで出ないように」
「いたっ」
うなずいた私の額を指ではじいて、カインさんは部屋を出て行った。




