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くすぶる火

「死亡したのは二名。喧嘩をしているのを見かけた者がいたので、おそらくその過程で持っていた明かりの火が薪などに燃え移った、と思われます。そのまま二名とも亡くなったのでしょう」


 二名のうち片方は自領の兵士だったようで、アズール侯爵は「面目もございません」といつもと違って静かな声でレジーに謝罪していた。


 けんか騒ぎって、度々あるんだよね。

 なにせ男性諸氏ばかりが集まったあげく、命の取り合いをしに行くわけだから、緊張とか恐怖とかで品行方正にしていられないこともある。

 基本的に、私はレジーやアランの側にいることもあって、そういう姿を兵士さん達も見せないようにしてくれているし、何かあってもカインさんが避けさせてくれるので巻き込まれたことはないけれど。


 ギルシュさん達が来てからは、頬に痣を作ったり、たん瘤ができた兵士相手に、あのオネエ口調で悩み相談室みたいなことをしてたのも見かけた。

 でも火事を出したのは初めてじゃないかな。

 けれど敵の襲撃というわけでもなさそうなので、話はアズール侯爵の報告だけで流されて行った。


 けれどレジーの騎士、フェリックスさんは納得できなかったようだ。

 会議の後、アズール侯爵が出て行くのと入れ替わるようにレジーに近づいたフェリックスさんが、ひそひそと話しているのが聞こえてしまったのだ。

 どうも、二人が焼け死ぬまで誰も気づかなかった、ということに疑問をもったらしい。


「かなりきっちりと焼けていたようです。一応戦時ですから、多少敵の姿が見えないことで油断していたとはいえ、薪も燃えて煙も出ていたでしょうに、匂いや煙に誰も気づかずに放置していたというのは……」


 ……とんでもない説明を聞いてしまったが、想像しないように頭から追い出す。


「フェリックスは、アズールが些細なこととして調べを怠ったのか、私に虚偽の報告をしたのか、どちらだと思う?」


 レジーに尋ねられたフェリックスさんは、ちらりと笑みをひらめかせた。


「確かめるため、現場へお運びいただけますか、殿下?」

「フェリックス……」


 レジーの後ろにいたグロウルさんが渋い表情になる。


「殿下で釣るというのは、極力避けるべきだぞ」

「しかし相手が大物ですから。しかも味方となれば、警戒していると示すだけでもあの方ならば殿下の信用を得るために、最大限努力してくれるのではないですか?」


 対するフェリックスさんは悪人顔だ。

 どうやら彼はアズール侯爵を疑っていて、それを炙りだすにせよ撤回させるにせよ、レジーが動けばたやすくなると考えたのだろう。


「問題が小さいうちに表面化できた方が、後で楽だろう? そのためになら喜んで釣り餌になるよ。餌役は得意だからね」


 楽し気に囮に立候補しつつ、レジーは立ち上がった。そうして近くにいた私に釘を刺す。


「気になるだろうけど、キアラはちゃんと休むんだよ」


 最初から、私が話を聞いていたと分かっていてそう言うのだろう。


「無理ですよ……。気になって休めません」


 任せるしかないのはわかっているけど、こんな話をされて落ち着いてなどいられない。

 アズール侯爵が離反などしたら、一体どうしたらいいのか。

 思えば私、味方になる貴族達が絶対にレジーを裏切らないと思ってしまっていた。

 けれど、彼らだって人間だ。何らかの理由や利害関係で、気持ちが変わることだってあり得る。


 だから連れて行ってもらいたい。

 じっとレジーを見て訴えると、彼はやれやれと笑って私の後ろにいてくれたカインさんに視線を向ける。

 ――君はいいの? と尋ねるように。


 なぜか胸が痛んだ。

 カインさんは私に自由にさせてくれると約束してくれてるけど、レジーにとってはお目付け役として配置されている人間だ。だから確認をとってもおかしくはないのに。

 とりあえずそれでレジーは私を休ませることを諦めたようだ。


「わかった。それなら一緒に行こう。君だけでこっそりと様子を見に行くようなことになるよりはマシだろうからね」


 私は、レジーとそれに従うグロウルさんとフェリックスさん、そしてカインさんと一緒に現場を見に行くことになった。

 燃料を貯蔵する場所は、砦の中にいくつかある。そのうちの内側の砦の北に問題の場所があった。

 遺体も片付けられていて、跡といえば壁や床に染みついた煤の黒ぐらいだ。まだ少し煙臭いのも煤のせいだと思う。

 レジーはフェリックスさんから、どこで倒れていたかなどの説明を受けている。


 その様子を見ながら、私は部屋の外に出てきょろきょろと辺りを見回してしまう。

 アズール侯爵は慌ててここに来るだろうか? それとも全く来ないけれど、後で何か行動を起こすんだろうか。

 でも待って。なんでアズール侯爵が隠し事などする必要があるんだろう。

 あれだけ王家万歳、レジー万歳の人で……声が大きすぎて何も隠せなさそうなのに。


 なにか些細なことを気にし過ぎてるとか?

 もしくは良かれと思ってしたことが失敗して、それを見た兵士を……っていうのはちょっと無さそうだし。

 まさか軍の資金を誤魔化してたとか? こっそりルアインと通じてるなんてことはないだろう。

 でもここでどう思うのかなんて、尋ねるわけにもいかない。誰かが近くに潜んでいたら、相手にカマをかけてるのがバレてしまうからだ。

 うかつな私でも、さすがに口は閉じたままにしておくのは忘れない。


 一通りレジーが検分したけれど、その間は誰も来なかった。

 では戻ろうということになって、同じ主塔に部屋を用意されているので、私達はまたぞろぞろと移動する。

 フェリックスさんの気のせいで、何事もなければいいなと思いながら。


 なにせこれからルアインが砦を攻めてくるか、もしくはデルフィオン城下へ戦を仕掛けなければならない。妙な心配をこれ以上抱えると、作戦行動に関わるんじゃないのかな。

 そんな心配をしていたからだろう。


「ルアインは……籠城するのかな」


 考えていたことをつぶやいてしまうと、レジーが答えた。


「デルフィオンの兵が抜けたけれど、サレハルドの兵がまだいるからね。こちらを攻撃しようと思えばできるし、もしかすると隣の領地に駐留している軍を呼び寄せるまで、待つかもしれない」


 サレハルドと聞くと、まだ胸が痛む。

 友達になった気でいたのは私だけで、相手はただ情報源にしようという程度のことだったんだろうと思うと、悔しい。

 でも他の人に知られたくない。ジナさんのことだって話さざるをえなくなる。


 ジナさん達のことは信用していいと私は思っている。何よりジナさん自身が「ルナール達が懐いてしまったら、その相手を攻撃させるのってすごく難しいのよ。この子達の唯一の欠点ね。代わりに人が飼いならせるわけなんだけど」と言っていた。

 あの言葉は本当だろう。氷狐が大嫌いな師匠も、それを認めていたから。

 思い出している間にも、レジーは言葉を続けた。


「しかし一戦交える前に、クレディアス子爵はどうにかしておきたいね」

「次もきっと出て……来ますよね」


「君に子爵の力が有効だとわからなくても、君という魔術師がいなければ戦力が大幅に下がるわけだから、必ず潰しにかかってくるだろう。できれば私も、一戦交えるまえにどうにかしたいと思っているよ」

「どうやって?」


「そこは色々と手を回すよ。それよりも、子爵に気を取られているうちに魔術師くずれにしてやられないようにしないとね。ルアインも君や氷狐達のせいで、あまり魔術師くずれが効果を発揮しないと学んできてるはずだ。そろそろ別な手を打ってきてもおかしくない」

「別な手……」


 私の知っているゲームとは、戦い方がかなり変わってきている。

 こんな風に魔術師くずれを出してくることができるのに、どうしてゲームではそんな描写がなかったのか。


「どうして魔術師くずれをこんなに沢山作れるんでしょう」


 何度か思い浮かべた疑問が口をつく。

 契約の石を沢山見つけたから、とか?

 材料が本来ならば無かったけれど、何かの拍子に見つけたのだろうか。

 師匠の説明からすると、化石みたいなものだったと思う。


「なんにせよ魔術師くずれを大量投入する余裕があちらにある場合も、面倒なことになるね。君の力が発揮できない場合に、ジナだけで抑えられる数しか出なければいいんだけどね」

「魔術師くずれに対処できる者となると、限られます。あまり出て欲しくないものですな。一人や二人ならばまだしも……」


 話を聞いていたグロウルさんがため息をつく。


「このイニオン砦で囚われていた人質の元にも、魔術師くずれを作る砂があったといいますし。ルアインはどれだけ人を魔に変える石を持っているのかわかりませんな」


 と、そこでグロウルさんが言葉を途切れさせた。

 視線の先、主塔の入り口近くに人が立っていたからだ。

 薄茶色の髪のエイダさんだ。

 しばらく会っていなかったけれど、前よりもやや険がある表情に感じられたが、それも一瞬のことだった。

 彼女はとろりと笑みを顔に浮かべて言った。


「ルアインが魔術師くずれを作る理由を、わたし聞きかじったことがあるんです」


 エイダさんはグロウルさん達の表情が変わるのを待ってから、レジーに向かって続けた。


「その話を、知りたいとは思われませんか? 殿下」

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