訳を聞かせてほしいんです
その時、レジーは最初から迂回してサレハルドに攻撃しようとしていたらしい。
私を先行派遣したので、魔術師がいるということで中央の陣に注目が集まっている隙に、打撃を与えるつもりだったようだ。
やや遅れたふりをして、ルアインの斥候兵をしらみつぶしにさせてから進んだレジーだったが、予想外なことにサレハルド側も同じように伏兵を配置していた。
剣を交えることになってしまったため、相手の襲撃は防いだものの、こちらの襲撃も効果が弱まってしまったのだ。
「同じことを考える将がいるとはね」
一戦が終わった後、アランと合流したレジーはやや厳しい表情でそう言った。
今はもう、夜にさしかかる頃だ。
戦いの後で合流したり、追撃をしたり、その部隊を戻すまでの間にどれだけの損害が出たのかを確かめたりした後、食事を終えたらこんな時間になっていた。
天幕の中に集まっていたのはレジーとアラン、私とカインさんとエメラインさんだ。
とりあえずみんなの無事や、怪我をしていないかを知りたくてここまで来た私はほっとする。
そのためにあまり食べたくないけれど食事までしたのだ。おかげで胃が重苦しい。
おおよその説明を終えたレジーは私に目を向けた。
「キアラ、具合が悪いのかい?」
「えと……」
正直、もう自分がなにを感じてるのかごちゃごちゃだった。
具合は悪いのだと思う。昨日ほどではなくても熱が上がっているような感覚がまだ残っている。
けれどぼんやりするのは、どうしてもイサークの顔を思い出してしまうからだ。
けれどそういったことをレジーに言うわけにもいかない。
あまり具合が悪そうにならないようにもしたい……戦うなと言われたくないから。
黙っていると、師匠がヒヒヒッと笑う。
「ルアインに魔術師がきておった。その影響で、上手く魔力が治まらないようじゃな」
「師匠……」
「これは言わねばなるまい? 魔術師がいるのは報告すべきじゃろうが」
確かにそうだ。師匠が言わなくても、アランが報告しただろう。
「魔力が治まらない? どういった状態になるんですか、ホレス師」
「体の魔力が活性化して、発熱などの症状が起こるのぅ。……そうじゃろ、弟子よ」
「……うん」
寒気はする。
だから熱があるのは間違いないんだけど、なんだか曖昧でよくわからない。
「休めば治ると思う」
嘘は言っていない。だけど私の顔色が悪すぎたのか、隠し事に向かない性格が悪いのか、隣に座るエメラインさんが心配そうにしている。
「もう休んだ方がいいのでは? これがわたしのことだったら気合いで吹き飛ばせとか、心頭滅却とか考えるけど、他の方には無茶なことですもの。ちゃんと治るまで休養するべきよ」
「気合いで……?」
アランが何だこいつ? みたいな表情をしている。
それから私に視線を向けた。……お前の同類か、みたいな目をするのはやめてくれないかな。エメラインさん側は私にシンパシーを感じちゃってるらしいので、完全に否定できない気がするのがあれだけど。
まぁ、アランはエメラインさんとは初対面だから、なおさら驚いているんだろう。
アランもそんなことに引っかかる程度には元気なようだ。さすがに数日戦場を走りまわっていたせいで、些細な怪我があったり疲れた顔はしているけれど。
さすが主人公。
「休んだ方がいいよ、キアラ。どちらにしても動くのは明日になる。すぐにイニオン砦まで戻ることになるけど、その行程も何かの馬車に乗せてもらった方がいいだろう」
レジーに勧められて、私は大人しく自分用の天幕へ戻ることにした。
エメラインさんを一人で置いて行くのは心配だったけど、デルフィオンの人達がいる場所へ行くということだった。そこまではレジーの侍従君がついて行ってくれるそうだし、親族がいるなら大丈夫だろう。
夜道を一歩一歩、付き添ってくれるカインさんと一緒に進む。
足下がおぼつかなく見えたんだろう、背中に手を添えるようにして支えてくれている。
私が言いたくないことを感じてか、カインさんはずっと何も聞かないでいてくれていた。心配させていると思うけど、止めないと約束してくれたカインさんにもこれだけは口にできない。
でも誰かに嘘だと言ってほしい。
誰にも聞かせられない。
確かめようにも、サレハルドのことなんて……。
いや、サレハルドに詳しい人なら、いる。
「あの、ジナさんとギルシュさんは来てますか?」
「……いると思いますよ。呼びますか?」
私はうなずいた。
二人はサレハルド人だ。自分達の王のことを知っているだろう。
しかもジナさんは、カッシアでふらりと一人で出かけた私を追いかけてきてくれた時に、イサークの顔を見ている。
顔見知りじゃないかもしれないけど、あの時のジナさんの様子を考えると、知っててもおかしくないんじゃないかと思うのだ。
確かめたかった私は、自分の天幕までジナさんを呼んでくれるようにカインさんに頼んだ。
やがて二人がやってきた。リーラ達を連れて。
「私達に任せて。きっと女の子同士の話だろうからねん。あなたも少し休んで来たらいいわよん」
私を見たギルシュさんが、そう言ってカインさんの肩を叩く。
女の子同士という言葉にちょっと変な顔をしたカインさんだったが、決して私を害さないリーラ達もいるので、その場を離れてくれた。
ルナールとサーラを見張りにしてギルシュさんとジナさんは中へ入った。
リーラだけは一緒にするりと潜り込んで、私の横にくっつく。
……あ、やっぱりリーラって魔力吸い取ってるんだなとはっきりわかる。
ふつふつと湧く魔力の熱が引くような、そんな感覚があった。おかげで少し体が楽になった気がする。
師匠が嫌そうにカタカタしていたが、リーラも師匠とは反対側にくっついたので、文句は言わなかった。
全員座ったところで私は話を切り出した。
「サレハルドのことを……それに関わることを教えてほしいんです」
ギルシュさんとジナさんが、そういうことならと微笑む。たぶん普通にサレハルドの情報が欲しいと思われたんだろう。
「なんじゃ、女子同士の秘密の会話ではないのか?」
「それだったら師匠はカインさんに預けてます」
茶々を入れた師匠に、私は苦笑してジナさんに尋ねた。
「カッシアで私が会っ赤髪の男性に、ジナさんは覚えがありますか? ……というか、知り合いですよね?」
ジナさんが目を見開き、呼び出された意味を理解した表情になる。
ギルシュさんが立ち上がった。
「その話なら、ジナとした方がいいわん。私は周りに人が近寄ったりしないか、見張ってくるわね」
外へ出て行くギルシュさんを見送って、私はつぶやいた。
「それほど……内緒にしなくちゃいけないんですね、イサークのことは。そして最初から、ジナさんはイサークのことを知っていてあの時睨んでた、と」
「キアラちゃんは……それを確信してたのね」
「今日、サレハルドの軍の中にいるのを見たんです。騎士達に囲まれてました」
私の言葉にジナさんは一度目を閉じてから言った。
「イサークは、今のサレハルドの国王、イサーク・ヴラドレン・サレハルドよ」
イサーク……サレハルドの王。
聞いた瞬間に思ったのは「あ、騎士とかじゃなかったんだ」というものだった。
でも騎士だったからといってどうしようもない。あそこにいて、確実にファルジアとの戦いに身を置いていたのだから、戦いたくないと言って聞いてくれるわけもない。
むしろ国王なら、イサークは自分で命じたはずだ。
ファルジアと戦えと。
レジーが率いる兵に向かって、剣を向けた。
「どうしてカッシアで、教えてくれなかったんですか? イサークのこと睨んでたし、あの時ちゃんとイサークがジナさんの知ってる人だってわかってたんですよね?」
カッシアの町で、知り合いだったかのようにじっとイサークを睨んでいたジナさん。
あれは、私に近づいたからだとずっと思っていた。
ジナさんは良い人で、リーラ達も私になついてくれている。イサークも私に悪いことをしなかった。励ましてくれたから……。
けどそれだけじゃない、と分かった。イサークはサレハルドの王だって、最初からジナさんは知っていたはずなのに。
「一瞬のことだったから……そんなにキアラちゃんが覚え続けているとも思わなかったの。たぶんそう会うこともないだろうと思って」
ジナさんの言葉に、思わず膝の上に置いていた手をぎゅっと握りしめる。
「忘れられません。ずっと覚えてるんです。変な人だったけど、私が決めたことを貫き通そうってできたのは、イサークと話したからで」
「え? キアラちゃん。イサークとそんなに長い間話してたの?」
ジナさんは、私がぼんやりしているところにイサークがちょっと話しかけようとしてた、ぐらいに考えていたようだ。
あの時なんとなく話した内容を言いたくなかったから、私が誤魔化したせいだろう。
うなずくと、ジナさんが呆然としていた。
「よくあいつに攫われなかったわね」
「警戒はしてたの。初対面の人はちょっとって言って。けっこうひどいこと言ったのに、ずっと話を聞いてくれてた……」
お菓子をくれて、なぐさめて、前向きになれそうな励ましまでくれて。だから、敵だったなんて思いもしなかった。
「……弱った気持ちにはさぞ、響いたじゃろ」
カッシアで私が勝手に飛び出して、ジナさんに見つけられて帰ってきたのは一度だけだ。
その前後の状況を思い出したのかもしれない。色々なことを含ませたように、師匠がつぶやいた。
「師匠はいなかったんだけど、イニオン砦でも……会った」
「あそこにも!?」
ジナさんが目を丸くして、額に手を当てていた。
正体を知った今では、私もそうしたい気持ちだ。でもあの時は、そんなことは知らなかったから。
「イサークは、私に接触して情報を引きだそうとしてたのかな……」
「あいつはキアラちゃんのこと、魔術師だって知っていたのよね? だとしたら攫うつもりだったのかもと思ってたんだけど」
イサークは二度目に現れた時、私を誘拐することも、おびき寄せることもなかった。ただ話をして、お菓子をくれただけ。
その状況に、ジナさんも目的がわからずに困惑しているようだ。
でも敵だったことには変わりない。
友達になったつもりだった。カインさんとは別の、年上のお兄さんみたいに思っていただけに……思った以上にショックを受けてる。
何より彼がサレハルドの王なら、キアラは彼を殺さなければならないのだ。
イニオンでのことも聞いたジナは、小さくため息をついて言った。
「ここまでキアラちゃんが話してくれたんだものね。どうしてイサークのことを知っていて言わなかったのか、理由を話すわ」




