デルフィオン領 アレジア戦5
動かないのが一番良くない。だから私は、様々なことを試すことにした。
まず軍の左翼の横に出るように土人形を歩かせる。
すり足の移動で、ちょっとずつ足場をずらしていき、クレディアス子爵の影響が来ないぎりぎりの場所を探した。
すると、一歩踏みだそうとしたら、息が詰まりそうになる場所にさしかかる。
慌ててそこから三歩ぐらい下がった。
一度座り込んでしまった時に、カインさんが背中を撫でてくれたけれど……ごめん、それされると余計に吐きそうです。
慌てて断って、落ち着くまで待つ。
それから魔術師がいるだろう方向を探した。
いつだったか、師匠を探した方法だ。契約の石はもうないけれど、魔術師同士だから感じることはできる。
顔を想像すると嫌気がさすので、無心で、無心で……。
「どうじゃ?」
「あっちからと、こっちからの二方向から考えて……敵陣の中央辺りに居そう」
一点からわかる方向より、二点で方向を測ればより正確に相手がいる場所を推測できる。
これを確認しておけば、やることは一つだ。
「後はクレディアス子爵が、避けなくても良い場所に打撃を与えればいいわけで」
私は土人形の手に、銅鉱石を握らせて地面に手を置かせる。
ずず、と土が動く音と共に土人形の手に集まり、一本の短剣を形作っていった。
カインさんにもう一人面倒をみさせるのは難しいだろうと、地上にいてもらったエメラインさんが、それを見て動揺したように後退っている。
「いちいち腕もげると面倒だもんね。最初からこれにしたら良かったのよ」
「しかし、こっちの影響下から離れたら形が崩れるじゃろ。腕がすっ飛んで行くぐらいなら、土の塊が落ちてくるも同然だったゆえ、そう変わりはなかっただろうが」
「それも作戦のうちだから」
師匠に応じながら、土人形に素振りをさせる。
しかし腕を振り回すと同時に土人形の体も右へ左へと少し回転するので、乗ってる方もちょっと大変だ。
「あわっ!」
よろけたところを、カインさんに掴まえられた。
これは宜しくない。投げる度にうっかり振り落とされてしまいそうだ。
毎回不安定な場所にいては目標を定められないので、私は一計を案じた。
土人形から降り、今度は外回りのらせん階段がついた小さな塔を作る。
塔というか、見た目蟻塚?
とにかく土人形よりも高い場所で、ちょっとした物見の塔が欲しかったのでこれで良し。……少々、登るのにあたって息切れしたけれど。
今度は動く場所でもないので、エメラインさんも登頂する。
「高いわね……」
さすがのエメラインさんもこういうのは初めてなのだろう。
登って高さを実感しながら辺りを見回し、それから塔の土をぽこぽこ叩いて強度を確認していた。崩れないか心配になったんだと思う。
私は息を整える間を惜しんで、次の行動に出る。
「ぜーっはーっ。今度こそ!」
急いで別行動となった土人形に、指定の場所に剣を投げさせる。
勢い良く放物線を描いた土の剣は、ある一定の距離でその形を保てなくなりそうになりながらも、ルアイン軍の後ろに落ちる――ほぼ土砂になって。
それでも大量の土が空から降って来たらさぞかし困るだろう。案の定、ルアイン軍の後方では兵の動きが乱れていた。
これなら大丈夫だと、私はルアイン軍の中心近くから後方へと次々に剣を投げさせた。
どうせ土がくずれたものが降り注ぐだけなので、クレディアス子爵にしても自分の影響のせいなのかどうかわかるまい。
ルアイン軍は土が降り注ぐ中で右往左往していた。
土砂は中心部にも容赦なく振りかかる。そのせいか、前線の方でも動きが乱れがちになった。
おかげでアラン達もだいぶん楽に押せている。けれどルアインは兵を引かない。
カインさんもそこが気になるようだ。
「殿下の兵が来たら、さすがに撤退せざるをえないでしょうが……。それにサレハルドの姿が見えない」
「あちらの集団はそうではありませんか?」
エメラインさんは弓を使うだけあって目がいいようだ。指さした方向には、確かにサレハルドの緑のマントが見えた。
ルアインと交ざり合うように交戦している集団の姿に、カインさんはじっと目を向けている。まだ何か気になるのだろうか。
レジーはいつ到着するのだろう。
もうすぐ太陽が中天に昇る。
その頃には到着できると思っていたが、ファルジア軍もそんな連絡を受けたそぶりはない。もしそうだったら、もっと士気が上がるだろう。
まだかなとアレジア川へ向かう道の先を見て、それからもう一度アラン達に目を向けようとした時だった。
視線が、何かに引っかかった気がした。
何かよくわからないけれど、気になって左手に広がる河川敷の木立に目をむける。
特に目立つものなど無い。
葉を広げる木々。風が吹くとその下に垣間見える地面や川の水面。
それを見ていた私の目の端に、チカリと銀の輝きが目に映った気がした。
「…………?」
思わず探して――息をのんだ。
「か、カインさん! あ、あれ見てください!」
川下側から渡河した所に、青いマントの集団が見える。指し示した方向を見て、カインさんはエメラインさんに依頼した。
「アラン様に至急知らせて下さい。殿下が左翼側から攻めます」
エメラインさんはうなずいてすぐに即席の塔を駆け降りて行く。この横撃を受けたら、きっとルアインも大打撃を受けるだろう。
ほっとしながら、私も攻撃ポイントをずらそうとした。
土砂が煙幕代わりになるだろうから、それでレジーの軍を直前まで気付かれないようにしようと思ったのだが。
「……っ」
心臓が強く打つ。
息がつまりそうになりながら、私は急いで土人形を自分の側に移動させた。
「カインさん、飛び移って!」
必死でカインさんを手を差し伸べさせた土人形に誘導し、倒れ込むようにして移動した。寸前でカインさんが受け止めてくれたので、頭からつっこむのは避けられた。この状況でたんこぶ作るのは恥ずかしいので助かった。
「キアラさん!?」
「クレディアス子爵が、移動してきて……。影響を受けてないフリをするために、移動っ……」
急いで土人形を歩かせる。レジーの軍がいる方に向かってだ。
土人形の手のひらの上に座り込んだ私を、カインさんが支えてくれる。
一歩ずつ遠ざかる気配に、私は息苦しさと脱力感が薄れていくのを感じた。
「師匠、これ……気づかれてるんじゃないでしょうか」
「そうとも限らん。己の力の範囲がどこまでなのか、など細かく調べたところで出てこぬわ。相手によるとしか言えないのだからな。……今日の攻撃は後方からだったことで、多少疑惑は抱いているだろうが……なるべく、魔術の使用時間が切れたと見せかけろ。今のところ自分の魔術では何もしかけて来ないところからして、あっちももしかすると『直接攻撃の術』が無い魔術師なのかもしれん」
「直接、攻撃できない……?」
師匠の言葉を聞いているうちに、だいぶん息が楽になった。
土人形を動かしたりしたせいか、じわじわと身の内に熱が湧き上がるような感覚に身震いする。
「そんな魔術があるんですか?」
「無いとは言えぬな……。わしが知っているのは、時間を越える魔術を使う者ぐらいか」
「時間って、タイムスリップ? そんなことできるんですか!?」
「話は後だ」
師匠に促されて、私は先にレジーを援護するための煙幕を作ることにする。
ルアイン側の右翼にばかり攻撃を集中しては不自然だ。
左端から順に中央部まで続けた時点で、私は攻撃を止めた。
これ以上は体の中の熱が上がってきて、昨日みたいになってしまう。レジーに気づかれてしまうわけにはいかない。
土煙が晴れたばかりの箇所を、レジーの軍が進む。
あと少しと思ったところで、その行軍が止まった。
「え、交戦してる?」
「サレハルドの兵ですね……」
かなり前から兵を伏せていたのだろう。サレハルドの軍が動きだして、ようやくそこに潜んでいたことがわかった。
あれ、もしかして腐葉土まで被って偽装してた?
上から見つけられなかった自分に舌打ちしたくなる。
けれどレジー達の軍も、それだけで行動を止められることはなかった。あっさりと二手に分かれたかと思うと、一方は河川敷へ出てそこからルアインの方へと遡上し攻撃を開始したのだ。
残る一方がサレハルドの軍と交戦し続けている。遠目では数的にレジー達の方が劣勢に見えるので、はらはらとした。
レジーがどこにいるのかは見えないけど、そうでなくとも彼の傍にいる人には顔見知りやお世話になった人が多いのだ。
無事でいてほしい。でも知っている人だけ救うのも、全員を救うのも不可能だ。
「ルアインが引けば、サレハルドも引かざるを得なくなりますよ。……見て下さいキアラさん」
肩を叩かれて、いつの間にかぎゅっと目を閉じて祈っていた私は、カインさんの指が示す方向に目をむける。
レジー達が率いる軍の横撃に耐えきれず、ルアイン軍がずるずると撤退を始めている。
それにともなって、レジーの軍と交戦していたサレハルド軍も移動しはじめていた。
レジー達は一定の場所で止まり、追撃はしないようだ。
ほっとした私は、敵の様子を確認するつもりでじっと見つめていた。
計三つに分かれていたサレハルド軍が、川からやや離れた場所へ合流していく。
彼らが向かう先には、ルアイン兵の黒いマントに混ざって、緑のマントの一団がいた。ほぼ全員が騎乗しているところから、彼らがサレハルドの中枢部なのだと思う。
サレハルドの新王は、そこにいるんだろうか。
そう思って注視したのがいけなかったのだろうか。
赤茶けた髪の色に、既視感があった。
ルアインにその髪色の人間が多い。戦や休戦などを経て、ファルジアにも似た髪色の人間は多くいる。ルアイン貴族ならより赤味が強い色になるらしい。
だからそれほど珍しい色の髪じゃない。
けれど私が高い場所にいるせいで、はっきりと見えてしまう。
髪の長さ。遠目だから多少小さく見えるけど、覚えのある顔立ち。
苦笑うような何かいたずらを思いついたような笑みが、その顔に一瞬ひらめいて……心の奥がすっと冷えていく。
思わず口にしかけた名前を喉の奥に押しこんだのと同時に、体中が冷たくなるのを感じた。
「キアラさん、体調が悪化しましたか?」
私はいつの間にか座り込んでしまっていた。
カインさんが気遣ってくれるけれど、こんなこと言えない。だって見間違いかもしれないじゃない? 良く似た人だったからとか、そういうことだって考えられる。
一方で心の中に浮かぶのは、笑い方まで同じ人がいる? という疑問だ。
「だ、大丈夫です。終わったみたいなんで、ちょっと気が抜けたのかも……しれません」
震えた声で、そう言うのがやっとで。
血の気が引いて冷たくなった両手をぎゅっと握りしめて、心の中で呻く。
……イサークにとても良く似ていた。




