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臨時お目付け役

 侍従のコリン君が戻ってきたのだ。

 お茶のポットなどを載せた盆を持った彼は、なぜかエメラインさんを連れてきた。


「お呼びと伺い参上いたしました、殿下」

 一礼するエメラインさんの言葉で、呼んだのがレジーだとわかる。


「ここまで来てもらって済まないね。君も掛けてくれたらいい」

「失礼致します」


 私の左隣にエメラインさんが座り、二人でレジーと相対するような形になる。

 そこに、侍従のコリン君がお茶を入れたカップを置いて行く。

 クロンファード砦では慌てていたコリン君だったが、この砦に来て二日目ということもあるし、今までの転戦中にいろんな場所での対応に慣れたのだろう、落ち着いた様子だった。


 飲んでみると、臨戦態勢の中で口にするには高級そうな茶葉の味がした。苦さも少なくて渋みもほとんどない、どこか甘い香りを楽しめる紅茶の味だ。


「この茶葉はアーネスト氏から貰ったものだよ」


 レジーの言葉で、そういえばアーネスト氏も来ているのだったと思い出した。彼を呼ばずに、娘のエメラインさんだけを呼び出したのはなぜだろう。


「気を遣って差し入れまで持参した彼には申し訳ないんだけど、午前中に頼みごとをしておいたんだ。その件については、先ほどエメライン殿にももう一度会って話しているんだけど」

 レジーはカップから視線を私に向ける。


「次に戦闘があった場合に、エメライン嬢を一緒に連れて行ってもらいたい、キアラ」

「え……」


 どうしてエメラインさんを連れて行くのか。彼女が怪我をしたらどうするのか、アーネストさんは泣いたんじゃないかとか、一気に心配事が心に湧き起こる。

 それからふと気付いた。


「お目付け役ってことですか?」

 エメラインさんを連れていたら、私が無茶をしないと思っての配置ではないだろうか。

 するとエメラインさんが言い添えた。


「私は最初、お断りしたのです。わたしではきっと、あなたを止める力にはなれませんからと。一応、弓を引く力が衰えては一矢報いる時が来た時に後悔することになるので、筋力を保つ運動は続けていましたが」


 なにせエメラインさんは、戦ってこそキアラ、と言うような人だ。正直ストッパー役にはならないだろう。

 密かに筋トレしてたということは、間違いなく突撃する気満々だろうし。

 けれどレジーはそれでもいいと言う。


「いいんだよそれで。キアラの自由を奪いたいわけじゃないんだ。ただ他の女性も一緒だったら、ますます無茶ができないだろうと思って。そういう経験を一度しておけば、君も二人きりで敵陣に突入しなくなるだろうと思ってね」

「まぁ、確かに……」


 エメラインさんにも被害が飛ぶと思えば、確かに自重はするだろう。万が一の時にフォローしてくれる部隊を待つくらいは、するかもしれない。

 なにせエメラインさんが焚き付けてきたとしても、私はアーネストさんが涙にくれる姿を想像してしまって、きっと立ち止まるだろうから。


「わたしの方は、ある程度の混戦なら問題ないですよ?」

 物騒なことを言うエメラインさんに、レジーが苦笑する。


「君が弓の名手で戦力になることはわかっているよ。アーネスト氏もそこは心配していないようだし。……とりあえず一度だけ、彼女を連れて行ってもらいたい。それが今回の君へのお仕置きだよ。一応君は連絡もなしに単独行動をしたんだしね。作戦中の行動は、事前に打ちあわせておいてもらいたいってことを、分かってもらえるかな?」


 そういわれてしまうと、私もうなずくしかない。

 突入するにしろ、知らせておけと言われているだけなのだ。


「君が結構頑固なのは、分かっているけどね。私に心配ぐらいはさせてほしいな」

「でも一人じゃありませんよ。カインさんもいてくれますし」


「ウェントワースがいるのはわかっているよ。でも、私も君に何かしてやりたいんだ。それも嫌かな? 保護している相手を気遣うのも、君には邪魔なの?」

「邪魔とか思ったことはありません。だけど、私はみんなを守りたいだけで……」


「それなら、同じことを願うのを許してくれるよね? 私も、君が大切だから言うんだ」

「うう……」


 どうやってもレジーに気を変えてもらうことはできないようだ。

 分厚い鉄の壁を殴っているような気分になっていた私だったが、ぼそりと呟かれたエメラインさんの言葉に目を丸くする。


「何かしら。胸やけしそうな空気を感じるわ……」

 エメラインさんを振り返るが、彼女は表情も変えずに静かにお茶に口をつけていた。


「えっ、くっ、くうっ!?」

 むしょうに恥ずかしくなる私と違って、レジーの表情は変わらない。


「愛情の形は様々だよ、エメライン嬢。家族愛でも胸やけはしそうになると思うんだ。君の父上もその傾向があるんじゃないかな?」

「……荒んでいらっしゃるのですね、殿下」


 エメラインさんの率直な意見に、私は心の中で悲鳴を上げた。

 てかあんなでろでろに甘そうなお父さんなのに、なんでエメラインさんてば殺伐としてるの!?


「わ、わ、わーっ、あのエメラインさんそんなこと言って、アーネストさんならもっとあれこれ心配したりするんじゃないんですか?」

「うちは私が父を心配する方なので」

「おおぅ……」


 既に立場は逆転していたようだ。もう何とも言えなくなった私の頭を、なんでレジーったら撫でるかな?


「君ほど聡明なら、胸やけの理由も察して欲しいけどね」

「……確かに仰る通りです。失礼を致しました、殿下」


 さっと一礼するエメラインさんと、満足そうに微笑むレジーに挟まれて、私は目を白黒する。

 今の会話の意味がわからない……でも教えてと言ったら、どっちにも拒否されそうな空気を感じる。


「エメライン嬢を出すのは、デルフィオン男爵に人質が解放されたと見えるようにしたいっていうのもあるんだ。でなければジナ達に任せようか、とも考えたんだけどね。氷狐は巨人の上よりも、地上を走らせた方が有効そうだし。魔術師くずれのことを考えると、君とは分散しておきたいからね」


「ふん、狐どもに始終うろちょろされちゃ、たまらんわい。その娘っ子にしておけ、弟子よ」

 黙って聞いていた師匠が、ルナール達を遠ざけたいがために、レジーの案に賛成の意見を出す。

 それを聞いて、エメラインさんが珍しくも目を見開いた。


「キアラさん、その奇怪な人形が……今、しゃべらなかった?」

「あ、うちの師匠はしゃべるんです。あのこの人形の中に、私の魔術の師匠の魂が入ってまして」


「人の……魂が?」

「そういうことになります」


 豪胆なエメラインさんも、さすがにこの不思議現象には驚いたのだろう。言葉もなく、無表情のまま固まっている。

 さっきもイサークに変だのなんだのと言われたんだっけ。

 でもレジーが師匠を見て叫び声をあげたことってないな、と思い出す。


「思えばレジーって、師匠に驚いたことないよね?」

「いや、多少は驚いたよ。君が眠っている間に初対面を済ませていたから、平然としているように見えただけだと思うよ。……ああ、むしろ笑いが止まらなくなったかな?」

 思い出したようにレジーがふ、と笑う。


「君はやっぱり奇抜な人だよね」

 師匠に関しては、反論できなかった。センス悪いって言われないだけマシだもの。

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