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私は敵になりません!  作者: 奏多


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お茶の時間と変化と

「あーあ。魔術師も見つからないし、さすがエヴラールから来た奴らは警戒してて、どこも潜り込めそうにないし」

 荷馬車の御者台で、砦から十分離れた場所でイサークは愚痴る。


「でも魔術師ちゃんに会えたのは良かったな。砦の中はちょろちょろできなかったから、会うのも難しいと思ってたが、運が良い。だが、知らなかったのは間違いなさそうだから、ヴァシリーのガセネタだったのかもなぁ」


「空振りになる可能性があるって分かって出たんでしょうに。それより、ある程度内部のことも、調べたんでしょうね?」

 同じく御者台にいたミハイルが言えば「そりゃあもう」とイサークは得意げに言う。


「砦で戦うのは不利だろうし、この周辺でどうこうするのも不利だってことはわかった」

「……どうすんですか」


「まぁまぁ、焦んなよミハイル。一勝か二勝はさせてもらうつもりなんだから、その辺は考えるって。ただなぁ。やっぱ顔見知りを殺すのって、やっぱ色々考えるよなぁ」

「情が移りましたか……なんだかやたら楽しそうでしたが」


「餌を与えて喜んだ姿見たら……ほら、犬猫でも可愛くなるだろ? どうあっても、戦場に出てくるなら殺すしかないだろうが」

「そう決めているのなら、別にいいですよ……殿下が約束を忘れていないのなら」


「約束は守るさ。ミハイル、お前に兄上を後ろから刺すような真似をさせたんだからな……ファルジアとは戦う選択肢かあり得ないわけだし」

「お心が揺らいでいないようで、安心しました」


 前を向いて手綱を持つミハイルに「ああ」と気が抜けた返事をしながら、イサークは砦を振り返る。

 遠く、門の中へ入っていく彼女の姿が小さく見えた。


 もしまだ辛いと答えるのなら、彼女が逃げるのに手を貸してやってもよかった。

 けれど王であるイサークとして会った時には、見逃してやることができない。

 キアラの大切な者達も、手に掛ける可能性があるだろう。

 恨まれるかもな、と心の中でつぶやいた。


   ◇◇◇


「そういえば殿下、これ食べますか?」


 砦の中に戻ろうと促され、一緒に歩き出したレジーに、私はクッキーの袋を差し出す。

 するとフェリックスさんが慌てだした。


「あの、殿下が見知らぬ者が渡した食物は……っ」

「あ、すいません。でも私も食べましたけど、大丈夫ですよ?」


「もう食べたんですか……!? いやでも、慣例ってのもありますし……ちょっと袋をお貸し下さいませんか」

 そう言ったフェリックスさんは、厩舎がある場所からやってきた騎兵を手招きした。


「おいパーシー」


 呼ばれたフェリックスさんとそう年の変わらない騎兵は、駆け足で近づいてくる。傍にレジーまでいるので、どうして自分が呼ばれたんだろうと、おどおどしていた。


「この間、アラン様のケーキを羨ましがってただろ。これを五枚ほど融通してやろう」


 そう言ってフェリックスさんは、パーシーという騎兵さんにクッキーを渡した。

 味の感想をくれと言われたやや丸顔のパーシーさんは、喜色満面でクッキーをほおばる。リスのようでちょっと可愛いな。


「とっても美味しいれす」

「よし、行って良いぞ」

「ごちそうさまですー」


 そうしてパーシーさんは、まだ食べてないクッキーをしっかりと手の中に閉じ込めるようにして持ち、仲間の元へ走って行く。

 その様子をじっと見て、フェリックスさんがうなずいた。


「確かに即効性の毒などはないようですね」

「…………」

「念のためですよ。キアラさんが選んだものが、たまたま毒が無かったという可能性もありますからね」


 フェリックスさんは即席の毒味役を使ったのだ。

 私が自分で食べて安全だとわかっていなかったら、善良そうな騎兵さんをだましたことに、良心の呵責に耐えかねてしまいそうだ。


「目の前で毒味をされるのは嫌だった?」

 知らないうちに、私は微妙な表情をしていたようで、レジーに指摘された。


「する理由は、わかりますけど……」

 万が一にそなえてのことだとはわかっているけれど、こう、目の前で何も知らせずに毒味をさせるのを見ると、釈然としない気持ちになる。


「問題ないってわかっていたんだろう?」

「いやまぁそうですけど」

 レジーは微笑んで言った。


「これはフェリックスの役目だから。君は彼の仕事を邪魔しなかったってだけだ。フェリックスも念のためにしたことで、あの騎兵に本気で毒があるかわからないものを与えるつもりで食べさせたわけじゃない。

 まぁ、儀式みたいなものだよ。それより先程の商人とはどこで知り合ったの?」


「あの……カッシアで。町にジナさんと出歩いた時に、お菓子をくれた人で」


 間違ったことは言っていない。

 ジナさんと歩いて戻ったけれど、イサークと会った時は一人で城を飛び出したのだとか、そういうことを黙ってるだけで。


「……餌付けされたの? キアラ」

「餌付け? ううん。くれるものはもらうけど、ついていったりしないもの」


 お菓子をくれる人についてっちゃいけないのは、私だってわかってる。だけど菓子に罪はない。

 それにあの砂糖菓子は美味しかった。

 レジーは私の返答に、そこそこ納得してくれたようだ。


「それなら、君の戦利品を持って私の休憩につきあわないかい?」


 丁度いいからね、という謎の言葉を添えるレジーに、まぁ休憩ならお邪魔はしないだろうからと従うことにした。

 内側の砦の門から、さらに中庭と通って主塔へ向かう。

 この砦の主が起居する場所は、主塔に作られていた。三階をレジーとその騎士達が占めていて、私は二階を使わせてもらっていた。


 三階のレジーの部屋へ入ると、馴染みの侍従君がパタパタとお茶の用意をしてくれる。

 四角いテーブルを前に、木の椅子に座る。この砦に男爵家の人が詰めることが少なかったからなのか、イニオンに元々あったらしい家具は質素な物が多い。

 石枠の窓の向こうは、木戸を開け放っているので外の音が聞こえるが、夕暮れ時なので静かだ。昼間ならば、戦闘にそなえて剣の打ちあいをする音や掛け声が聞こえてくるのだけど。


「こんなに静かな場所に二人でいるのは……エヴラールの書庫にいた時以来かな」

 同じことを考えたのだろう、レジーも窓の外に視線を向けている。


「あそこは窓も開けなかったから、風の音も聞こえなかったよね……メイベルさんが来るまでずっと本を開いてて。学校にいた時よりも真面目に読んでたなって思う」


 レジーと二人だけだからと言葉をくずして答える。そうすると、行儀悪くぐったりと椅子の背にもたれて座った時みたいに、息をつけた気がする。


「メイベルさんは……大丈夫なの? あ、でも消息なんてわからないよね」

「いや。王妃がルアイン軍を招じ入れた時に、下働きの召使いの中に紛れて逃げられたみたいだ。……君にも教えておくべきだったね。心配してくれてありがとう」

 レジーは私の方に顔を向けて、微笑んだ。


「ううん気にしないで。レジーも無事だってわかって安心したでしょう。良かったね」

「そうだね。メイベルは私にとって母親代わりみたいなものだから」


「お母さん、小さい時に亡くなったんだもんね」

 それからずっと面倒をみてくれていたのだから、レジーもメイベルさんを家族のように大事に思っていることだろう。


「でもレジーのお母さんなら、綺麗な人だったんだろうね」


 レジーがこんなに綺麗なんだから、さもありなんという美女に違いない。ベアトリス夫人から連想するに、お父さんもかっこいい人なんだろう。


「それなり、と祖父はいつも言っていたけどね。おかげで姿絵も何もかも、残されていないんだ」

「お祖父さんとの仲が良くなかったの?」


「祖父が完璧主義者すぎたんだ。父があまりに出来が良すぎる人だったからね。その煽りを受けたせいで、今の国王……亡くなった叔父もこじらせたんだろう」

 思えばレジーは、つい先ごろも身内を亡くしたばかりだった。


「お悔み……申し上げたほうがいい?」

「いや、要らないよ。特に悔やみも惜しみもしていないから。むしろ、和平交渉で妻に迎えたのなら、その王妃をなぜ管理できなかったのかと恨み事を言いたいくらいだね」


「まぁ、そうなるよね。私も継母が亡くなりましたとか言われても、ふーんとしか言いようがないし」


 酷い言いようだけど、その程度の感覚なのだからしょうがない。

 あからさまに口に出すのは、この辺りについての感覚を分かってくれるレジー相手にしか出来ないことだけど。


 そう私は博愛主義者じゃない。

 関係のない人なら、その人にも死ねば悲しむ人がいただろうにとか、思いやることができる。けれど自分を傷つけた人に対しては、そういった気持ちが湧かない。

 どうせ私は聖人君子にはなれない。人を殺しておいて、そんなこと言えるわけがないんだから。

 イサークの言葉を思い出していたら、レジーがぽつりと尋ねてきた。


「ウェントワースは、君に優しくしてくれるかい?」

「……え? う、うん」


 優しくない、ということはない。私のしたいことに協力してくれるし、守ってくれている。

 まぁちょっと、動機にやや怖いものが混入してるけど。

 対ルアインに関しては、私と望みが一致し続けるのだから問題ない。


「彼は命に代えても君を守るだろう。だからこそ、あまり君も無茶をしないようにね。君もウェントワースに万が一のことがあれば、辛いだろう?」

「うん……」


 急にそんなことを言い出すなんて、どうしたんだろう。

 いつものレジーと何かが違う。

 妙な不安を抱くのと同時に、部屋の扉が開いた。

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