変な人との再会
「こういう時は商人にもおこぼれを用意しといてくださいよー、お貴族様。下々の窮状を分かってくださいますでしょう? なにせ侵略されたばかりで、畑が荒らされてにっちもさっちもいかない村だってあるわけですしー」
揉み手をしながら歩いて来るのは、茶色の髪の青年だ。
けれどその顔も、声も知っている。
――イサークだ。
名前をつぶやきかけたが、その前にアズール侯爵が白けた様子になった。
「戦死した敵兵の所持品は、軍に接取の優先権がある。どうせ武器や金銭は取り上げた後だろう。諦めることだな」
「あらら。それは残念」
うなだれたイサークを見て「ふむ」と息をついたアズール侯爵は、私に向き直った。
「商売人が敵兵に喜んで集るのを見るよりは、遺品ぐらいは渡してやっても構わないように思えてきましたよ。それでは、魔術師殿」
そう言ってアズール侯爵が、兵を率いて砦の中へと去っていく。
私について来てくれていた兵士達も、もう遺体はないので門の方へと遠ざかって行った。元々、彼らは門に詰める当番の人だったのだろう。
その中に、ちらっと私に頭を下げて行った人がいた。
デルフィオン出身の人なのかもしれない。さっきの女性を気の毒に思っていたから、遺品だけでも渡せて良かったと思ってくれたのだろう。
あの女性も、とっくに姿が小さく遠ざかっていたし、私はほっとした。
「まぁ、良かったの、弟子よ」
「うん師匠」
私が師匠に笑いかけていると、近くで「うわっ!」と叫び声が上がった。
見ればイサークが、私と話をしていた師匠を指さして、ぷるぷる震えている。
「ににに、人形が! お前それまさか呪いの人形!?」
「ううん。私の師匠」
「師……!?」
「わけあって、こんな姿になってるけど、間違いなく元は人間だった師匠の魂が入ってて……」
「いやそれ、やっぱり幽霊入ってるんじゃん!」
こういった反応って久しぶりだなーと思いながら、私はつい笑ってしまう。
「笑い事ではなかろう弟子よ。自分の師が怪談話扱いされとるだろうが!」
「だって怪談話に使えそうな存在じゃないですか」
夜中に師匠が一人で砦を徘徊したら、十分に怪談話が出来上がる。
「それにイサークの言う通り、確かに中身幽霊だし……」
否定できないよねと思いつつ、イサークを見上げる。
「あの……イサークだよね? 髪の色違うけど」
「ああこれか? うん、まぁ、色々あってな」
どうやら染めたらしい。イサークが自分の髪をちょいと摘まんで笑う。
馬車で砦に出入りしていたので、商売をしに来ていたのだろうけど、誰か知られたくない相手でも砦にいたのだろうか。
「しかし」
と言葉を切って、イサークは先ほど敵兵だった人達を埋めた場所を見る。
「噂には聞いてたが……お前本当にこんなことしてたのか」
「どんな……噂?」
まさか敵を埋めてることで、悪評でも立ってるんだろうか。
恐る恐る聞けば、イサークがさらりと答えた。
「二通りだな。エヴラールの魔術師が、敵兵まで手厚く葬ってる。魔術師の考えることはわけがわからんが、どうも病魔避けらしいってのが一つ。敵と分け隔てなくするとはけしからんが、魔術師のすることだから、埋葬すると見せかけて悪魔に捧げる贄の代わりなんだろうとか」
「贄ねぇ……」
別にそんなもの必要ないんだけど、思ったより酷い噂じゃなかった。
師匠など、妙にウケて「うひょひょひょ、悪魔の贄とか、ウッヒッヒッヒ」と笑っている。
そんな師匠を、イサークは実に気味悪そうに見ていた。
「俺は贄の方は信じてなかったんだけどな、そのしゃべる人形を見てたらそっちの方が本当っぽくて、怖くなってきた」
まぁ、私だって急にしゃべる人形が現れたらびっくりするだろう。作った当初は、我ながら不気味だなぁと思ったんだし。
今では愛嬌があって可愛いとまで感じるようになってしまったが。
「まぁそんなもん持ち歩いてるなら、不気味すぎてお前を怒らせたいとは思わないか。さっきのも割って入る必要無かったか?」
「ううん、助かった。ありがとう」
どうやらイサークは、私が困っていると思って来てくれたようだ。
素直に礼を言えば、イサークがちょっと目を見開いて、気まずそうに視線をそらした。
「いや……まぁほら、一応顔見知りなのに声かけないのもなと思ってだな、来てみただけで。役に立ったならそれでいいってことよ」
どうもこの人は、率直に嬉しがられると照れてしまう人らしい。
アズール侯爵とも変にこじれないで済んだから、本当に感謝してるんだけど。
「それよりイサークは……変だと思わなかったの?」
敵兵の遺体を埋める魔術師のことを。
でもこうして気軽に声を掛けてくれたってことは、気にしていないんだろうと思って聞いてしまう。
「変? まぁ、変だろうな」
あっさりと言われて、ちょっとがっかりした。
「まぁでも、正々堂々と命のやり取りをした相手に礼儀を尽くしたって、悪いことはないだろ」
私は新しい意見に驚いて、イサークをまじまじと見上げた。
「な、なんだよ。変か? 俺の故郷はそれほど裕福でもないせいで小競り合いなんかも多いけどな、だからって同じ地方の人間が団結しなきゃ、侵略された時とかバラバラに動いていがみ合ってちゃ困るだろ? だから命のやり取りをした相手との確執は、そこで勝敗が決まったらそれでおしまいにするんだよ」
イサークがちょっと遠い目になりながら続けた。
「それに倒した兵士が、侵略を決定したわけじゃねぇ。目の前の兵士は、税の代わりになるんだったら、家族のために徴兵に応じるしかないだろ。他人の畑を荒らした代償は、本人の命で購ったんだ。まだ生きてる奴には敵意を向けても、死体までどうこうしてもな……」
そこでふと、私はレジーの言葉を思い出す。
責任を負うのは自分だと言っていた。
たぶんイサークが言っているのは、同じことじゃないだろうか。
レジーが言った時には気付かなかったけれど、確かに王族が最終的な決定をしたのだから、責任を負うことにもなるのだろう。兵士はただ言われて戦っただけで、自ら略奪とかしない限りは、敵の恨みの全てを被る必要もないわけだ。
納得する私に、イサークが「そ、そうだ。お前こういうの好きだろ」と、袋を差し出してくる。
受け取ってみれば、クッキーだった。
「どうしたのこれ」
「まぁ、疲れた時には甘味が一番ってな。やるよ」
「ありがとう!」
商人だから、その関係で手に入れたんだろう。
さっそく一個口に入れようとしたけど、考えてみれば土をべたべた触った後だった。それに気付いたイサークが「食べさせてやろうか?」と言ってくる。
「うん、一個味見したい!」
カッシアでもおやつは買ってたんだけど、たまに違うお菓子も食べたいものだ。半分くらいアランにあげちゃったしね。
イサークが「そーかそーか」と言って、クッキーを一つ私に差し出した。
その時我に返ったように「やば」と言いたそうな顔をしていたけれど、もう摘ままれたクッキーを、私が食べてしまった後だった。
バターと砂糖と小麦粉の焼けた匂いと味って素敵だ。頭の中が幸せな色に染まる。
師匠が「ウヒョヒョヒョ」と笑っているが、無視して笑み崩れながら食べていると、イサークが斜め上を見上げて顔を片手で覆っている。
なぜか照れているイサークが、誤魔化すように変なことを聞いてきた。
「あーそうだ。ところで、この砦攻略した時に、魔術師なんていたか?」
「え? 魔術師?」
「いや、なんかデルフィオンに来たとかって聞いたんだが……居なかったならいいや。ガセネタだったかもしんねぇ」
忘れてくれ、とイサークはぱたぱた手を振る。
不思議なことを聞くなと思うが、もしかするとルアインが戦場に投入する魔術師くずれの話を、誰かから耳にしたのかもしれない。
「なんにせよ、お前が……まだ辛そうにしてなくて、良かったよ」
人を殺すのが怖くて、泣いていた話を覚えていてくれたんだろう。
「なんでまた、そんな苦行みたいなことしてるのか知らないが。……もしあの時のままだったら、ここから逃げるかって聞こうかと思ったりして……な」
逃げる。
その言葉を聞いて、私はちっとも心ひかれない自分に気付いて、思わず顔に笑みが浮かぶのを感じる。
「ありがとう……でも守りたいものがあるから」
「人か?」
イサークのちょっと残念そうな表情に、お人よしなんだなと思って笑ってしまう。
どうせそれもあって、私にわざわざ声をかけたのだろう。
「家族みたいな人達。でも、私に戦わなくてもいいって人がいるからこの間は困っちゃってたんだけど。でも私が戦わないでいてたら、その人が殺されるかもしれないもの」
「そいつは弱いのか?」
弱いから、私が守らなくちゃいけないと思われたんだろう。
「強いと思うよ、剣の腕がどうこうっていうんじゃなくて、するべきことを分かってて、私みたいに怖いとか、そんなこと思わないんだろうって人」
レジーやカインさん、アランだってそうだ。ベアトリス夫人だって、決心してしまったら私みたいに怖いだなんて言わない。
「……好きな奴か?」
「みんな大切な人だよ」
誰も失いたくないのに変わりはない。なのに、イサークは顔をしかめた。
「お前、そんな博愛精神で生きてるような奴じゃないだろ。もしそうだったら、さっきのお貴族様にだって別な言い方しただろうが」
「え? まぁ博愛精神なんて持ってはいないと思うけど……」
全ての人のためになんて、凡人精神の私には手に余る。
自分が知ってる人だけ守りたいっていうぐらいでも、十分容量オーバーしそうなんだから。
「戦うって決めたきっかけがあんだろうが。たいていは誰か特定の人間のためだろ?」
「きっかけ?」
魔術師にならなくちゃ、助けなくちゃと思ったのは、レジーとヴェイン辺境伯の死を思い出したからだ。
「恩人になった人達が死ぬかもしれないって、思ったから……」
「自分の命と天秤にかけるんだ。ただの恩人じゃないだろ」
イサークの追及に、私は戸惑う。ただの恩人のために、命をかけるのは変?
「俺だったら、唯一無二の家族か……自分の人生と引き換えにしてでも生きていて欲しい奴のためにじゃなきゃ、命をかける気はならないけどな」
そこまで言ったイサークは、急に私へ手を振って、馬車に向かって歩いていく。
「お前のお迎えが来てるみたいだ。じゃ、またな」
そそくさと離れる行動に驚いたが、イサークの言う通り、門から私の方へ近づいてくる人がいるのを見て、納得する。
「あれ、レジー」
銀の髪の人間なんてそういない。しかも騎士連れだ。
関わったら面倒なことになると思って、イサークは離れたんだろう。
しかし総大将が護衛をつけているとはいえ、フェリックスさん一人だけ連れて砦の外に出てくるとか、どうなのか。
近くまで来たレジーに早速注意する。
「レジー、こんなところまで出てきちゃ危ないよ」
「それは君にも言えることだよ。たまたま見かけたからね、早く戻った方がいいと言いに来たんだ」
あっさり打ち返されてしまった。
「それにさっきの男は? 商人みたいだけど。知り合いだった?」
「うん。敵兵の……もう死んで使わない人のもの、売ってくれないかって言いに来ただけで」
嘘は言っていない。
言っていないけれど、何故か隠したい気持ちになったせいで、そんな返事になってしまったのだった。
活動報告にて書籍の御礼SS2アップしました




