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形見の取り扱い

「そっか、戦わない私は私じゃないのか……」

 時間が経った後も、私の中にはエメラインさんの言葉が心に残っていた。


「まぁ戦いといえば戦いじゃろうのぅ。若い娘が結婚話から逃げだすなんぞ、平民でもそうはあるまい。一人で生きていくには、厳しいと知っているからこそな」


 腰に吊り下げて連れてきた師匠が、そんな風に私の言葉に相づちをうってくれる。

 前世の日本と違って、この世界は不自由なことが沢山ある。

 元の世界の西洋中~近世より、状況や衛生観念も良いんだけど、電気や車とか便利なものがないから、腕力勝負になると女性は負けてしまう。

 たぶんそういった理由でこの世界は男性優位の社会だし、男じゃなければ話も聞いてくれないとか、取引すらままならないってことは多いはずだ。


 エヴラールで引き取ってくれなかったら、私も爪の先に火をともすような生活をして、理不尽な目に遭ってもどうにもできない、なんてことになっていたかもしれない。

 それでも死ぬよりはマシだと思って飛び出したけれど、貴族に連なる家でそれなりに守られて暮らしていたと自覚しているエメラインさんにとっては、とても衝撃的だったのだろう。


 恵まれている、と私も思っている。

 それは『もしも』を知っていたからこそ、できた決断だった。

 だから私は、アラン達に出会わなかったら、魔術師になれなかったらという気持ちを忘れたくないと思う。



 砦の外へ出たのは、昨日できなかったことをするためだった。

 死体は全て外に運び出され、味方と敵に場所を分けて置かれていた。

 味方の遺体にしても、綺麗に一体ずつ埋葬することなどできないので、一か所に集められていた。

 まずはそちらの対処をする。


 死体を運び出したり分けたり、遺品を回収する作業のために、薄暮の中でもまだそこそこの人数が外に出ていた。

 その向こうにも騎兵と歩兵で構成された小さな集団が見える。

 砦を囲む壁の角を曲がって現れた彼らは、周辺の索敵も兼ねて見回っていたアズール侯爵だろう。

 大きな声で歌っているのでよくわかる……。


「あの男、索敵に向いてないのではないか?」

 ぽつりと言う師匠に、私は苦笑うしかない。


「まぁ何か見えたら、一番早く知らせられるだろうし……あの声で」


 私が出てきた門からは、荷馬車が三台ほど出てきた。食料なんかを運んできた商人だろう。荷物を搬入したので、近くの町に帰るのだと思う。


 私は少数の遺体が並べられた場所にいる兵士達へ声をかけた。

 少数と言っても、数十人分はある。

 家族の元へ戻したりする遺品などは回収させて、そのまま寝かせていたのは、私が埋葬をすると知らされていたからだろう。


 私を出迎えてくれた兵士達はほっと頬を緩めていた。

 次の戦闘まで間がないかもしれない現状では、土をかけて放置をするしかないかもしれなかった。だからきちんと埋葬ができることを喜んでいるらしい。


 私の術で、地面の下へ、吸い込まれるように消えていく遺体を見た後は、兵士達と一緒に葬送の聖句を唱えて祈る。

 そうして、次に敵兵の遺体を積み上げた場所へ移動しようとしていたら、


「お、お願いです! これだけでも、これだけでも……」


 女性がすがるような声に、思わず声の主を探した。

 それは右手奥の、これから向かおうとしていた敵兵の遺体が積み上げられて放置された場所だった。

 数十人の兵を引き連れて止まっているのは、先ほど景気良く歌っていたアズール侯爵の兵か。その近くに、兵士に取りすがっている女性がいる。


 ああ、と私は思い当たる。

 敵兵の中にいた、デルフィオンの人の遺族だろう。

 ルアインがこの砦を接取していたのだから、辺りを管理していた家の私兵などは、雇っている家がルアインに与していたなら、ルアイン側として戦うしかなかった。

 そうして亡くなった家族の遺体を探しに来た人なのだろう。

 私は足を一歩踏みだそうとした。


「……弟子よ。やめておけ」

 私がしようとしたことを察した師匠が、言葉で引き止めた。


「でも師匠。もう亡くなってしまった人の、形見ぐらいはいいでしょう」

 敵でいることができなくなった相手なのだ。元は同じ国の人ならば、なおさらに。


「お前は特別扱いされる魔術師だがな、あまり味方に睨まれるようなことをするのは……」

「でも私以外に誰が言うの? 言える人なんていないじゃない」


 兵士達に言えるわけがない。敵だったけど、元は同じ国の人だから見逃してやれなんて。

 相手は侯爵だ。

 領地を持つ貴族には裁判権だってある。不況を買ったら罪をでっちあげられて、罪人に落とされるかもしれない。さすがにレジーだって、全ての末端にまで目は行き渡らないだろう。


 それに侯爵には大義名分があるのだ。

 敵だったから、という。

 何度かそれを理由に、私の埋葬に対する苦情も耳にしたことがあるくらいだ。


 でも私だって敵になっていたかもしれない。

 一歩踏みだしたか、そうじゃなかっただけ。

 でもその一歩に自分や家族の命がかかっていたら、踏みだせる人がいるだろうか。私は自分以外に何もなかったからこそ、全部を捨てても生き残れる道を探そうって思えただけだ。


「むしろこれから、同国人で争うこともあるだろうし。こういうことのルール、レジーに考えてもらわなきゃいけないね」


 私はそう話しながら、今度こそ歩き出した。

 師匠がため息をついたけれど、ごめんとだけ言った。

 近づけば、やはり思った通りの状況だった。

 中年の女性が、まだ若い兵士の遺体の傍で、アズールの兵が取り上げたらしい物に向かって手を伸ばしている。

 取り上げられたのは、絵を入れるペンダントのようなものだった。けれど貧しさからだろう、木で作られた物だった。


「アズール様」

 近づけば、アズール侯爵はすぐに私の方を向いてくれる。


「おお、魔術師殿ではございませんか。どうかされ……」

「遺体を、埋めに参りました」

 そう言いながら、遺体の傍にばらりと銅鉱石をばら撒く。


「なのでそのペンダントも、私に渡して下さいませんか?」

「いいですとも。なんでも病魔を発生させないために、敵兵も埋めていると聞いております。殿下の主導だとか」

「その通りです」


 アズール侯爵は何の疑いもなく、兵士に指示してペンダントを渡させた。

 女性が絶望したような声を上げて、さめざめと泣き出す。

 受け取った私は、そのペンダントを持ったまま、地面に膝をつき、手をついた。


「離れていてください」


 言われた侯爵達はそそくさと遺体から距離をとる。

 数百もの遺体は、血と異臭を漂わせていて、戦場で慣れたとしてもずっと傍にいたいものではないからだろう。私と一緒に来た兵士さんが二人、涙する中年の女性も引きずって、侯爵とは違う方向へ離れさせた。


 私は土を移動させて穴をつくり、一気にすべての遺体を埋めてしまう。脇に移動させていた掘った分の土を、再び穴の上に戻せば完了だ。

 まとめて埋葬するしかない状況でも、野ざらしよりは数段落ち着く。


 兵士が引きずるように離れさせた中年の女性は、あっという間に全てが土の下になってしまったことに、呆然としていた。

 私はそんな彼女の傍に寄って、はい、とペンダントを差し出してその手に握らせた。


「さ、早く」

 促せば、女性は半信半疑という顔をして自分の手にした物を見て、とりあえず立ち上がって歩き出した。


「ちょ、あの、魔術師殿、今のは敵の……」

「敵は既に埋めた後です。誰が何を持ちだしたかなんてわからないですよね? 侯爵が口をつぐんで下さったなら、無かったことになるでしょう」

「そんなことができるわけがありません。殿下の臣として、目に余る行為は見逃せませんぞ」


「大丈夫です。死体にどんなに剣を突き刺したところで、誰かを守ることもできませんし、敵が滅ぶこともありませんよ。死んだ人も蘇りません。ただ朽ちる相手から物を取り上げて人に渡しただけです」

 私の返答に、アズール侯爵は一体何を言うのだと目を白黒させている。


「いやしかし……確かにもう、死体になれば戦うことなどできませんが……。でもこの者達が手向かってきたから、死んだ味方もいるかもしれないんですぞ」


「それは生きている敵に向かうべき感情ではありませんか? それに元はデルフィオンの……ファルジアの民です。侵略さえされなければ、家族や土地を守るためにルアインに従わなくとも済んだ人々ですから」


 アズール侯爵は、ぽかーんと口を開いたままになる。

 たぶん私のような考え方は、理解できないのだろうと思う。でもそれでいい。

 ファルジアはずっと他国と戦をしてきたのだし、その間に培われてしまった慣習を、私の一言で変えるなんて不可能だ。

 その時だった。


「あっれ。もう敵の遺体って埋めちゃった? 惜しいなー。売れそうなもの、少しぐらい拾えるかと思ったのに」


 やたら能天気そうな声は、どこかで聞いたような気がしたものだった。

 振り向いた視線の先にいたのは、笑顔でこちらに近づいてくる馬車と、見覚えのある顔の青年だった。

 確か前は赤い髪してたと思うんだけど……あれ、なんで今日は茶色?

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