閑話~彼女の第一印象~
へらへら笑って、バカみたい。
エイダが初めて会ったキアラ・コルディエに抱いた印象は、そんなものだった。
というか、デルフィオンに来て早々にここに放り込まれたので、エヴラールから従軍しているという魔術師が女だという情報しかなく、よもや件のキアラが魔術師だとは想像もしなかったのだ。
出会った瞬間は、あっけにとられたものだった。
あの時は牢の中にいた。
戦闘の混乱の中でレジナルド王子を攫うために外へ出たかったので、事情を了解している兵士に、自分を外へ出させようとしたのに、それを勘違いしたエメラインに止められて難儀していた時のことだった。
突然に壁が崩れて、飛び出してきた茶の髪の娘と黒髪の騎士。
驚いている間に騎士は兵士を一人倒した。
他の兵士は、人質を逃がされそうになったら始末する予定だったので、魔術師くずれを作ろうとした。けれど兵士は扱いを間違えて、魔術師くずれの力で死亡。
そして魔術師くずれになった兵士は、瞬く間にキアラに倒された。
その光景に、エイダはシスティナ侯爵領の戦いのことを思い出していた。
かの戦場でも魔術師くずれを使っていたが、こんなにも早く討伐できる者などいなかった。
慣れているのか。
自分だったらどうだろう……と考えたところで、エイダは顔をしかめた。
絶対自分の方が上手くなってやる。
くずれを作り出せる石ならある。利用できる問題を片付けて、殿下を手に入れた後でじっくりと練習したらいい。
ただ今すぐ、対抗するには分が悪い。
そう思ってじっとしていたら、エイダをただの被害者だと思ったキアラが寄ってきた。
この時にはまだ、件のキアラだとは思わなかった。ただエヴラールの魔術師も若い娘なのかと思っていただけだ。
怪我の有無を尋ねられたけれど、そんなものを負うはずもない。
それよりもキアラが首飾りに興味を示したので、冷汗をかいた。
契約の石があれば、魔術師だとはバレない。そう言われて持たされたけれど、大丈夫だろうか。
ウシガエルの言葉が嘘だったら、今すぐこの魔術師を炭にして逃げるしかないと思ったが、無事に石のせいだと思わせることができたようだ。
その後、ようやく魔術師の娘がキアラだとわかったのだ。
一歳しか年齢が違わないキアラは、年上に見られがちなエイダと違って、やや幼い顔立ちをしていた。
目を見張るような美人というわけではなかったので、エイダは内心鼻で笑う。
しかも腰に吊るしている素焼き風の人形も奇怪だ。
異様なセンスなのに、なぜ一緒に居る騎士も何も言わないのだろう。魔術師として仕事をしていれば、別にいいと思っているのだろうか。
だとしたらエヴラールというのはとても甘い人間の多い土地なのだろう。そんな風にキアラのことを下に見ないと、エイダは平静が保てなかった。
結婚を嫌って逃げたとはいえ、貴族令嬢が無事に生きていけるわけがない。
だから今頃とても惨めな生活を送っているはずだと思うことで、溜飲を下げて来たのだ。
けれど実際のキアラは軍で騎士までつけられて自由に動き、自分の意思で戦っていた。
その姿が生き生きとしているように見えて……なぜ、とエイダは思う。
なぜ逃げた彼女が、こんなにも自由なのか。
どうして捕まった可哀想な自分が、不自由な身のままあがかなくてはならないのか。
もやもやとした気持ちを抱えながらも、潜入している身なので大人しくするしかなく、唇をかみしめて今後のことを考えていると、あの奇矯だがやたら親切なエメラインが、殺されかけてショックを受けたのだと勘違いしてくれた。
翌日、再びやってきたキアラは、エイダのペンダントをまた気にしていた……誤魔化せたので良かったが。
何より腹立たしいことに、殿下はこの女のことを気遣っている上、どうやら呼び捨てにすることさえ許しているのだという。
そんな特別扱いをされるべきなのは、自分の方でなければならないのに。殿下のためにこうして危険を冒して潜入しているのだから。
ただ、殿下は私に気付かなかったようだ。
仕方ない、一度会ったきりだ。それにここで思い出されても厄介だ。丁寧に話せば、思い出してもらえるだろう。思い出してくれなくとも、これからしっかりと覚えてもらえばいい。
殿下を助け出して、王宮へ戻るのだ。
そこで彼が騙されていることも、じっくりと理解してもらうつもりだった。
……しかし、どうしてこの女は魔術師になったのだろうと思う。
ペンダントが形見だと聞いて「あ、そうなんだ。うんちょっと聞きたかっただけだからー」と言いながらへらへら笑っているこの女も、魔術師になる時には、あの苦しみを経験したはずなのに。
どうして笑っていられるのか。
それが腹立たしくて……壊してやりたくなった。
けれど今はその時ではない。砦攻めの際に上手く実行できなければ、次の機会を待つ間は、慎重に行動しろと言われている。
ウシガエルの言うことは聞きたくないが、殿下を手に入れるために必要となれば、その策に乗るしかない。
幸いにも、誰もエイダのことを疑う人間はいない。
だからこそもっとレジナルド殿下に近づいて、仲良くなっておき、決行の日に自分を信じてついてきてもらわなければならないのだ。
そう思いながら、偶然にでも出会って話すことができないかと砦の中をさまよっていたのだが、一向にレジナルド王子を見つけることができない。
さんざん歩き回ったが、エヴラールから来た兵士は、おしなべて親切で絡まれることもなかった。
砦内にいる女性に無礼なことをしたとして、魔術師だった場合に取りかえしがつかないことになるからだと言われたが、これはやはりあの優しい殿下が指揮する軍だからなのだろう。
なんにせよ、ルアイン軍の兵の時のように、振り払うためにうっかり魔術をつかってしまったら、あのキアラに察知されるかもしれないので、都合が良い。
しかし夕暮れの色に空が染まり、薄暗くなってきた頃には、エイダはへとへとになっていた。
今日は諦めよう。
そう思ったエイダが思わず城壁の上から下を見たその時、砦の外に、キアラがいるのを見つけたのだった。




