初めましての挨拶と
「ところで、お話ししたかったのは、今後のこともあるの」
驚いている私に、エメラインさんが話を進める。
「わたしたちは助けていただいたけれど、家に帰るわけにもいかないでしょう。守っていただくしかないけれど、せめて何かお手伝いできることがあれば、と思いましたの」
人質にとられていたというのに、家に戻ってしまったら元の木阿弥だ。
あと、トリスフィードから逃げてきたのだという女性がいるのだという。
あの、兵士に羽交い絞めにされていた薄い茶の髪の女性。彼女はもちろん帰るわけにもいかない。サレハルドに占領されているから。
「うーん、怪我人の看病とか、そっちの方は人が足りなくないかもしれませんね」
なにせこれから、ルアインとの迎撃戦になるかもしれないのだ。怪我人が治るまで、今対応している人が看ていられるかわからないだろう。
そこにエメラインさんが意外なことを言う。
「殿下や将軍格の方とか、お世話はたりています?」
「殿下?」
レジーの世話? と聞いて私は首をかしげる。
エメラインさんが気遣いで地位が上の人々のことを心配しているのだろうか。でも戦時中でくつろいでる場合ではないのだから、お茶の支度をお願いするとか、そんなことしていられるかどうかわからないし。
どうもエメラインさんが、そんな発想をしそうにも思えない。
と思ったら、どうやら彼女が他の人のために言っているのだとわかった。
「ああ、わたしはいらないわ。むしろ弓兵の中に混ぜてもらえばいいと思ってるぐらいで。だけど昨日人質になりかけた方がいたでしょう? エイダという名の方なのだけど、危うい状況に遭ったせいでふさぎ込んでいたのだけど、殿下のお姿をちらっと見てから、そういう仕事がないかと言って元気になったものだから」
「ご迷惑なら、お断りなさっても大丈夫ですわ、キアラ様」
ルシールさんが私の気を軽くしようと、そう口添えしてくれた。十二歳だというのに賢いなぁ。
「そうね……。正直レジーのお世話は侍従君がついてきてるから、他の人が手を出す必要なさそうだし。たいてい自分のことはやっちゃう人だし」
必要はないと思うな、という理由を上げてみる。
「あら」
「まぁ」
そこでエメラインさんとルシールさんが、二人とも指先で口元をかくして、顔を見合わせていた。あれ、私何かした?
「殿下のこと、愛称で呼んでいらっしゃるのね?」
「あ、うわああぁぁ……」
エメラインさんに指摘されて気付いた。
いつもの癖で、ついレジーのこと呼び捨てにしちゃってたんだ。そりゃあ勘ぐられても仕方ない。最近レジーと気安く話す状況とかも多かったから……。
「あの、そういうわけじゃなく……」
「わたし、何も言っていないわ?」
「仲良しなんでしょう?」
とぼけるエメラインさんに、子供特有のストレートさでずばり聞いてくるルシールさん。
確かに仲は悪くないけど、仲良しだなんて言ったらどう思われることか。深読みできそうな単語でしょう、それ。
「ただ私の保護者的な存在で……」
「殿下が後見してらっしゃる、と。それは一体どういう経緯でそうなったのか、とても興味があるわ」
「後見すると、愛称で呼んでもいいのですか?」
逃さないと光る目と、無邪気だけど恐ろしい質問に思わず腰が浮いてしまった時だった。
「あまりいじめないでやってもらえるかな? 私の軍の大事な魔術師だから」
……これは天の救いなのか、爆弾が投下されただけなのか。
悩む私を置いて、エメラインさん達はとりあえず礼を尽くすことを優先させたようだ。
「殿下……このような所にご足労頂き、ありがとうございます」
エメラインさん達はさっと立ち上がると、レジーの前で膝をついて頭を垂れた。
他人の対応を見て、ああレジーって王子なんだよねって実感してしまう。やっぱり呼び捨てしたのはまずかった……。
ついうつむいてしまう私の前で、レジーが二人を立ち上がらせていた。
型どおりの挨拶をする三人の、というかレジーの後ろにはいつも通りグロウルさんがいるのだけど、その後ろがふと気になる。
一歩横にずれてみれば、この部屋に上がってくる階段のところに、件の羽交い絞めにされていたエイダさんがいた。
熱っぽい視線をレジーに向けているところからして、レジーにあこがれと言うか、恋愛感情を抱いているのだろうことはわかった。
その様子なら、エメラインさんが可哀想になって打診だけでもしてあげようと思ったのも理解できる。
それよりも私は、やっぱり彼女の首に下げた石が気になって仕方ない。
やっぱりあれ、契約の石だと思うんだ。
一体どこで手に入れたんだろう。
そう思う私の頭に、ちらりと暗い想像が過る。
誰か魔術師に関わる人なのではないだろうか。そしてファルジアの魔術師といえば、私の他にはクレディアス子爵しかいないような。
でもそんな人が囚われているわけもないし。
ただ何も知らずに、綺麗な石として持っているだけの可能性も捨てきれない。
聞いてみたいんだけど、どう話したらいいものか。
とそこで、挨拶を終えたレジーがエメラインさんに言う。
「キアラが話した通りだけど、私に世話をするような人間は特別必要ないよ。冬が来る前に王都に攻め上れたらと思っているから、エヴラールでゆっくりする暇もないし……。
だから傷病者の方に回ってくれた方がいい。もちろん、軟禁されていたのだから、そんな気力がすぐには湧かない者もいるだろう。有志だけで、十分だ。今のところ、君たちは守られるのが仕事なのだから」
そう言ってレジーはエメラインさんの要望をやんわりと拒否した。
用が終わったらしい彼は、それなのに部屋の中に数歩進んで、私の肩に手を置いて耳に口を寄せる。
「昨日の行動については、後で話をしようね、キアラ」
耳に痛い言葉を告げ、見事にエイダさんをスルーしてレジーは立ち去った。
当然のことながら、エイダさんの視線が私に向けられる。う、なんかロックオンされたような気がする。
しかも間の悪いことに、ルシールさんが変なことを口にした。
「殿下もキアラ様のこと、気軽に呼び捨てていらっしゃるのね。お姉さまのことは『エメライン嬢』って呼んでいらしたのに」
「ルシールのこともよね?」
「えっとだから、それは保護者みたいなものだからで」
「だからどうして保護者なの?」
「……その話、私も詳しく聞きたいですわ。お邪魔してよろしい?」
エメラインさんに詰め寄られたその時、件のエイダさんが、外に開かれた鉄格子扉の端を掴みながら話しかけてきた。
思わずじっとエイダさんの顔を見てしまう。
初対面ではないけれど、話をするのは初めてだ。自己紹介すべきだろうかとちょっと迷ったのだ。
するとエメラインさんが先に取り仕切ってくれた。
「エイダさん、こちらは殿下の軍で魔術師をしていらっしゃるキアラさんよ。貴方を助けて下さった方だから、自己紹介なさって」
促されたエイダさんはうなずいた。
「トリスフィード伯爵家の分家筋の出で、エイダと申します……キアラ様。先日はありがとうございました」
「キアラ・コルディエです」
「コルディエ?」
「あの、今はエヴラール伯爵家の縁者ということになってて……」
そんな感じで、私は色々と隠したり端折ったりしながら、レジーが保護者代わりの立場になったことについて話した。
いやー馬車に忍び込んだとか言えないでしょ?
パトリシエール伯爵家の人に追いかけられたのはいいとして、魔術師関連の話はできないし、茨姫の森の話もちょっと避けたい。
それでも単身街道を進み、休憩いていたところで拾われ、拾った相手が王子や伯爵家子息だったってだけでも、十分にエメラインさん達は満足してくれた。
「王子の後見があるのは、とても心強かったでしょう」
「そう、そうなの。おかげで無事に職に付けたわけだし」
笑って誤魔化しながら話す私に、エイダさんが困惑した表情で言った。
「でも職に就くだなんて、平民扱いになったってことですよね? 伯爵令嬢だったのに……嫌じゃないんですか?」
分家であってもというか、末端だからこそなお貴族だという意識が強いものだ。だからエイダさんは平民に身分が落とされた、と感じてしまうのだろう。
「元々、家を出て町の片隅で平民として生きていこうと思っていたから、抵抗もなく」
そんなわけで身分差があるから、ということで、王子殿下が保護者というか後見人だという立場なのは納得してもらった。
……大変だった。
今ここでレジーとどうのこうのという話は、厄介なことになりかねない。
あと、私が伯爵家の当主と並ぶ軍の位階を持ってることは内緒にしておく……面倒そうだったから。
代わりに、せっかく会話の輪に入ってきたので、エイダさんの首飾りのことを尋ねてみた。
不思議な色の石だと言って、どこの産地なのかと話をふると、エイダさんは母親の形見なのだと答えてくれた。そのため肌身離さず持っているのだという。
エメラインさんが珍しそうに触れるのに便乗して、私も指先で触れてみたが……やっぱり契約の石だ。
でも宝石っぽいから、装飾品として持っている人もいるのだろう。
形見だからか、エイダさんは触れられるのを嫌がっている様子だったので、指先でつつくぐらいしかできなかったが、充分だ。
確認もした私は、これ以上問い詰められないうちにと思い、仕事があるからと言い訳して彼女達の前から立ち去ったのだった。




