エメライン
レジーを探していたら、グロウルさんを先に見つけた。
レジーは部屋の中で、アーネストさんと話をしているという。今後のことを打ちあわせているらしい。
だからグロウルさんが何か知っていないかと思って聞けば、デルフィオン出身の兵については、レジーも考えがあるらしいことはわかった。
グロウルさんから私の心配事については伝えてくれると言われ、彼からはアーネスト氏の娘であるエメラインさん達の方についてのことを頼まれた。
女性ばかりなので、この砦に勤めていた人達に世話を任せているが、様子を見てきてほしいようだ。
特に、あのエメラインさんが私と話をしてみたいと言っていたという。
それならと、私は件の城塞塔へと向かった。
城塞塔の雰囲気は、ずいぶんと変わっていた。
昨日までは息をひそめて過ごす場所というイメージがあったのだが、今日は訪れる人などもいるせいなのか、集合住宅にやってきたような感覚があった。
ずっと閉じ込められていたり、魔術師くずれと一瞬だけとはいえ戦闘行為もあったり、あまり良い印象のない場所だと思う。
だから囚われていた人に引き続きここに居させることに後ろめたい気持ちもあったのだが、相手の方があまり気にしていないようで良かった。
訪問者は、アーネストさんのところへ集合していた分家の人や、家族のようだ。
再会できた喜びに笑顔を浮かべている人も、既に家族が失われてしまったのか、知らせを運んだ人に縋って泣いていた人もいる。
エメラインさんは、城塞塔の一番上の階の部屋にいた。
彼女にくっついて、ソファ代わりの寝台に並んで座っていたルシールさんが、先に私に気付いた。
「あ、キアラ様!」
黒茶色の髪にいつか見たのと同じ緑のリボンをつけたルシールさんが、ぱっとこちらを見て手を振る。
部屋の壁はあるけど、扉は相変わらず鉄格子で向こうが見えちゃうんだよね。
私が作ったら石になっちゃうので、大工さん求む。これもあとで誰かに要望しておこう。
「どうぞお入りになって下さい」
顔をこちらに向けたエメラインさんが、そういって立ち上がる。
中に入った私の前までやってきて、手を差し出しながら彼女が言った。
「すでに一度自己紹介させて頂きましたが、エメライン・フィナードです。ご足労いただいてありがとうございます。まだ戦後の始末が終わっていないこともある上、男性ばかりなので歩き回らない方がいいと言われまして、ここを動けないものですから」
「いいえ、私もエメラインさんとはお話ししてみたかったので」
「なぜ?」
不思議そうに首をかしげる彼女に、私は苦笑して言った。
「昨日、ルアイン兵とエメラインさんのやりとりが面白かったものですから」
人質だというのに、見事な脅し文句だった。
面白かったと言われたエメラインさんは、目をまたたいている。すると隣にやってきたルシールさんが笑った。
「ほらね、この方ならお姉さまのことも引いたりしないって言ったでしょう?」
「本当だったわねルシール」
この会話から察するに、エメラインさんは言動で数々の人をドン引きさせてきたようだ。
が、続けて不思議なことを言い出す。
「でも、やはりキアラさんはそうでなければと思っていたわ」
「やっぱりこの方なの?」
「間違いないわ」
話が見えなくて頭をひねっていると、とりあえず座ろうとエメラインにうながされる。
そうして書き物机ようの小さな椅子に私は座り、その向かいの寝台にまたエメラインさんとルシールさんが座った。
そうしてエメラインさんが実に単刀直入に切り出した。
「実はわたし、貴方にお会いしたことがあるの」
「え!?」
会ったことがあるってどこで? 全く見覚えがないよ……。
思ったことがそのまま顔に出ていたのだろう。エメラインさんが小さく笑う。
「覚えていらっしゃらなくても仕方ないわ。あまり関わらなかったし、同じ場所にいたのも三か月くらいだったのではないかしら」
「同じ場所?」
「わたしは一年、貴方の上級生として教会学校に通っていたの」
「え……」
驚きに、しばらくの間、何て言ったらいいのかわからなくなる。
けれど確かに、それなら私の顔を知っていただろうし、逆に私がエメラインさんのことを知らないのも納得できた。
「でも、私のことどうして覚えていたんです?」
「あなた、自分では気付いていないのかもしれないけれど、変わった人だったもの。 礼拝の時間も、開いた聖書に落書きしてたでしょう? それをたまたま見つけて」
「うわ……」
思わず両頬に手をあてて呻いた。
やってました。お約束だと思って、教科書的な聖書の端に落書きしてました。ていうか聖書の中に適当な紙を挟んでおいて、それに色々書いて遊んでましたとも。……礼拝の時間がつまらなかったもので。
「そんなことを覚えていられるとは……」
うつむく私を見て、エメラインさんがさらに追撃を重ねる。
「それにルシールに聞いたわ。土ねずみにたかられてたんですって? あなたならありうると思ってしまったわ、わたし」
笑い声は上げないものの、エメラインさんは楽しそうに言う。
ああ、ルシールさんてば、そんなことも話してしまったんですね。
黙っててほしかったけど、あとの祭りだ。だから私も思いきって、エメラインさんに聞きたいことを聞くことにした。
「でもエメラインさんは、なんで土ねずみの繁殖を?」
魔獣を飼おうなんて発想、普通のご令嬢から出てくるわけがない。
一体どうしてそんなことに目を付け、実行しようとしたのかと思ったのだが。
「普通の令嬢らしくないと思ったでしょう?」
エメラインさんにずばり聞かれて、私はうなずく。
「正直、びっくりしました。お会いしたら、ますますそう思ったくらいです」
だってエメラインさんは、そういうことをしそうにない清楚そうな容姿をしている。
私も魔術師だと言うとびっくりされるけれど、特殊能力を持たないエメラインさんが、奇抜なことをしたというのがすごいのだ。
しかも魔獣繁殖って、猛獣の飼育レベルに奇抜だ。
「お姉さまってそういう方なんです。人質になりそうになって私を逃がして下さった時も、私のように小さな子供と、大人しやかなお姉さまの様子に、ルアインの兵も驚くようなことはしないだろうと油断していたんですもの」
ルシールさんは自慢げに胸を張る。
するとエメラインさんが、微笑みを浮かべて言った。
「あなたよ」
「はい?」
「土ねずみをどうにかしようとしたのも、ルアイン兵相手に脅しをかけようなんて考えたのも、元はと言えば全部あなたが原因」
突然に自分のせいだと言われて、私は目を丸くした。え、私何かしたっけ?
一方、そう言ったエメラインさんの方は、急に恥ずかしそうに視線をそらした。ルアイン兵を脅した人とは思えないほど可愛らしい。
「あなたのこと、変わった人だと思って覚えていたのは確かだけれど、それだけだったらこんなにも強く覚えていなかったわ。教会学校から家に戻ってしばらくして……私、あなたの噂を聞いて影響を受けたのよ」
「噂?」
「結婚のこと。……人の噂で聞いて、とても驚いたのよ。結婚が嫌だからって、逃げだすことなんて、私でも出来っこないって思ってた。その時に、わたしは自分で思うほど、心が自由じゃなかったことに気付いてしまったのよ。お父様は極力自由を与えてくれているし、従ってもくれるから気付かなかったけれど。私も周囲も……ある一定以上のことは『できない』『するわけにはいかない』って思っていたのよ。貴族だから、と」
それはやはり結婚にからむことだった。
エメラインさんは婚約の打診を受けたばかりだった。
同じデルフィオン領内の分家。
アーネストさんは悪い話ではないから受けなさいと言ったし、エメラインさんも結婚は父親が決めるものだし、相手も悪いうわさはない人だから、多少気に食わない人物でも仕方ないとは考えていた。
だから言う通りにした上で、何かを得られるように努力しようとしていたが……そうしなくったっていいのだと、私が結婚から逃げた話を聞いて思ったらしい。
正直、自分の結婚でなければ、その相手は最上の条件の相手ではなかった。もっと他に良い話をみつけられるのではないかと考えただろう。
ただ自分のことだから、父親達の決定に従うべきだと盲目的に思っていたのだ。
エメラインさんは、自分と自分の守るべき者にとって、もっと有効な道を選びたいと考えた。
だから自分に任せろと父親に宣言したのだ。この土地を、ひいてはデルフィオンにもっと有効な結婚相手を捕まえるから、と。
アーネスト氏もその意見にうなずき……。
だけど婚約者候補だった相手が諦めきれないと言ってきた時に『キアラ・パトリシエールを上回る奇抜な方法を』求めた末、たまたま捕獲した土ねずみに目をつけたのだとか。
そんな挑戦を重ね、エメラインさんは様々なことに立ち向かっていきたいと思うようになったとか。
しかしもっと上を狙うと宣言したとか、私の話を聞いてどうしてそんな方向に走ったのか……。
普通のご令嬢だったら、そんなことは言えないだろう。せめて別な人はいないのかと、父親に交渉するぐらいしかできないのではないだろうか。
やっぱりエメラインさんが、元々奇抜だったからとしか思えない。
そんなエメラインさんはやっぱり私を変だと言う。
「でもあなた、私の予想より斜め上よね。魔術師になって戦っているなんて思わなかった」
その意見は否定できない。普通は結婚から逃げだしたあげく魔術師になる人は、そうそういるまい。
「ま、普通はやらないでしょうね……」
思わずつぶやくと、エメラインさんが楽し気に微笑んだ。
「でもそこが面白いのではなくて? 戦わない貴方は、たぶん貴方ではないのよ」
私はぽかんとする。
戦わない私は、私じゃないなんて言われると思わなかったから。
※活動報告にて、書籍購入された方への御礼のSSを上げております。
ご興味のある方がいらっしゃいましたら、読んでいただければ幸いです。




