イニオン砦救出作戦 3
壁を壊しちゃいけない。
そんな無茶な要望を出されても、私はついて行かないとは言わない。
魔術師がいなければ、軍の人員を二つに分けるなんて、リスクの高いことはさせられないからだ。
「うーん、砦の上に人……人……」
どうやれば壁を壊さずに一気にいけるのか。
私はあれからずっとこの課題に悩んでいた。
あまりに悩みすぎて、もしかしてこれはレジーの罠かとも疑いそうになる。でもそうだとしたら「思いつかないなら、置いて行くから」とレジーなら言うはず。
けれどそうはしないのだから、レジーも意地悪で言っているわけではないのだ。理由も納得がいくものだし。
クロンファード砦とか、直すのちょっと時間かかったしね。
できると思うから課題を与えられたのだとしたら、役に立ちたい私はこれを受けて立ち、実行してみせなくてはならない。
だから絶対に引くまいと思うが……悩む。
そんな私がレジー率いる兵と出発する時には、アランにも激励された。
「お前がいれば大丈夫だろう。頼んだ」
爽やかに任せたと言ってくれる、さすが主人公なアランの言葉も、今のキアラにとっては後ろから突き刺されているようなものだ。
「プレッシャーがきつい……」
「大丈夫ですか?」
カインさんが心配してくれた。
「な、なんとかします」
悩んだ末に、砦までの道筋の休憩時間、ちょっと実験もしてみた。
例の、師匠の頭に石製プロペラを付けるものだ。
……頭が煮えて、変なことを思いついた、というのは否定しない。自分でもそんな気はしてたけど、何事もやってみるべきだ。
「これが上手くいくのなら、私が乗る飛行物体を作ることもできる! てことで師匠、飛んで見せて下さい!」
「うーむ。飛べるというのはなかなか画期的かもしれん」
元魔術師の師匠も、こういう実験は嫌ではないようだ。
知的好奇心を満たすため、私の実験に付き合ってくれた。
とりあえず空高く飛ぶため、私から離れるので血を少々……、ギルシュさんが所持していた針を使用して指先から採血。それを塗った鉱石で作った、師匠の体長よりも大きな石のプロペラを、師匠の頭に装備した。
上はプロペラ。下はお餅型の帽子みたいにして、上のプロペラだけどっかに飛んで行かないように、でもプロペラが回転するように作る。
傍で見ていたカインさんは、私を「正気なんですか?」という目で見ていた。
「大丈夫です! 理論上は飛べるはず!」
ヘリコプターだってこれで飛ぶんだし!
力強く言いきったが、カインさんは信じがたいという表情のままだった。ヘリを知らないカインさんには、これで飛べるとは想像もつかないのだろう。
「さぁ! 師匠、大空へ向かってゴー!」
掛け声と同時に私はプロペラを回すべく術を使う。
だが、ここで予想外のことが起きる。
「うぉっ、なんぞムズムズする………ひょああああっ!」
急に頭のプロペラからふしゅーと空気が吹きだしたかと思うと、恐ろしい勢いで空へ舞い上がっていった。
……そして師匠は、消えた。
わけじゃなく、落ちてきた。たぶん私の魔力が尽きたんだろう。
「ひょええええええい!」
痛みは感じずともフリーフォールの感覚はある師匠は、絶叫しながら地上へと落下してくる。
「し、師匠ぉお! 誰か、師匠を受け止めて! 代わりに私にできることはしますから!」
焦る私の言葉に、遠目にこちらを見ていた兵士さんたちが走り出した。
「おい、受け止めろ!」
「あっちに行った!」
「……うぉぉぉ! 捕まえたー!」
誰かが掴まえてくれた。
走って確認しに行くと、プロペラの動きが止まった師匠と、それを握りしめているまだ若い兵士さんがいた。
「ありがとう!」
私が近づくと、見事師匠をキャッチした兵士さんは、ちょっと顔を赤くしながら私に言った。
「あの……できることはしてくださるってお話、本当、ですよね?」
「は、はい。私でできることなら!」
返事をした私の腕を捕まえて、カインさんが困った表情で制止してきた。
「キアラさん、そんな簡単に請け負っては……」
「大丈夫ですよ、言ってみてください!」
促すと、兵士さんは思いきったように願望を口にした。
「土の巨人の肩に乗ってみたいんです!」
その兵士さんによると、ひそかにそう思っていた兵士さんは多かったらしい。
なので私は土人形の肩にその兵士さんを乗せ、自分は土人形の掌の上に乗って動かしながら、野営地の周囲をぐるりと一周した。
それを見ていたギルシュさんがぽそりとつぶやいた。
「子供が見たら、遊びたくなる感じよね。一回あたりの料金を設定して、遊具として商売ができそう」
傭兵だからなのか、ギルシュさんがとらぬ狸のなんとやらを始め、ジナさんに呆れられていた。
「それにしてもあれは一体何だったのか……」
私は首を傾げる。
その直後に、プロペラだけ動かしてみたんだけど、プロペラを回す分だけ浮くけれど、空気が吹きだすことはない。
原因を追及したいが、今は時間がないので後日にしよう。
ちなみに、私が掴むことができる大きさの代物を作ったら、重さで浮かず、やがてプロペラの石の方が折れて飛んで行き、カインさんに「わあああああっ!」と珍しくも悲鳴を上げさせてしまった。
その後危険すぎるからと、使用を止められました。
うん……自分でもあれは危険だと思った。
そんなわけで、イニオン砦では、私は実に地味な手に出た。
レジーには、兵を矢が届かない場所で待機させてもらった上で、私とカインさんだけちょっと前へ出る。
そうして土人形を作成。予定通り、遠隔操作にて対応した。
まずは門の前に、土人形の手に握らせた銅のカケラをいくつか落とさせておく。
その間にも土人形には矢が降り注ぐが……領境の森で射られた時より矢の数がすごい。一点だけの的に集中しているせいだろう。
やっぱり土人形に乗らなくて良かったようだ。
それをいいことに、私はカインさんと共に、土人形を城の矢から盾にできる場所を狙って近づいた。
「キアラ!?」
土人形とは一緒に行動しないと言っていたからか、驚いたレジーが止めようとするが、それを遮ったのはカインさんだ。
「お守りしますので、大丈夫です」
今日は盾を手に持っていたカインさんは、レジーに答えると、前側に乗った私を庇いながら、城壁の様子がそこそこ見える場所まで移動してくれた。
これで準備完了だ。
まず、土人形には近くにまた銅の欠片を放り出してもらう。
「大きい穴……ていっ!」
そこそこ大量の物が入るだろう、深さは二階建ての家、広さは砦の主塔ぐらいはありそうな穴を作成。
その後で土人形を砦の壁に向かって進ませる。
ルアイン兵は焦ったように土人形に矢を射かけさせ始めた。おかげで土人形の前側がハリネズミっぽくなってきた。
でもちゃんと動くし、矢を刺しただけでは土人形のHPには問題が出ないのかな? やっぱ倒すなら削るとかしないとだめなんだろう。
痛覚などない土人形は、矢を無視して城壁上に手を置き、砂を集めるようにそのあたりの兵士を掌の中に集めた。
兵士達をそのまま持ち上げ、先ほど作った穴の中へ移動してしまう。
城壁の上にいるルアイン兵は、矢を射かけることを忘れたかのように、呆然とその光景を見ていた。
土人形に持ち上げられた人々は、絶叫しながら穴の中に降ろされて、これまた呆然としている――中には気絶している人もいるけれど。
「穴は、簡易地下牢か」
師匠がほほぅとつぶやいた。
「そんなもんです。これでちょっと地味ですけど、ルアイン兵を無力化できる場所にせっせと移動させて、安全確保しようかと」
壁も壊さないので、レジーの要求は満たしているはずだ。
「ま、直接お前さんが手を下さないで済む上、壊さないという問題も満たしたわけか。しかし穴の中に置いておいた奴らは、どうするんじゃ?」
それを聞かれると辛い。けれどこればかりはどうしようもない。
「始末は……レジーに任せます」
身代金を引きだすため、捕虜にするという方法もある。
労働力が減りすぎるのも国にとっては痛い。多少の兵は領主からの申し出で、ある程度の人数は身代金で国に戻る機会がある……命さえあれば。
だけど輸送や引き取りにくるまでの間、多くのルアイン兵を抱えるのは負担になる。
その負担が重すぎると判断したら……レジーは彼らを殺すと決めるだろう。
ルアインの方も、耕作地での労働力と天秤にかけ、問題がなさそうなら切り捨てるだろうし、基本的には末端の兵は、負けたら死ぬものとして放置されるのだ。
私にはその判断まではできない。
それに今さら、キアラが彼らの命を惜しむ資格など無い以上、何も言えない。
話している間にも、土人形は淡々と作業を終える。
それでもルアイン兵達は、しつこく上に上がろうとしてきたが、そこは土を盛って容易には上がれないように、歩けないようにしてしまう。
けれどこれでは籠城されるだけ。
なので私は二つ目の手段にとりかかる。
土人形を移動させ、城門を破壊させたのだ。
木と鉄柵とで二重に作られた門は、ちょっと手間取ったが無事に壊すことができた。
この辺りでちょっと疲れていたが、まだやれる。
最初こそ、ルアイン兵は門周辺に物を積み上げてなんとか塞ごうとしていたが、私が土人形に、城内へ向かって土砂をざらーっと何度も落とさせていると、中にいても無駄だと諦めたようだ。
門からルアイン兵達が一斉に出てくる。
そうして突撃しようとしたかれらの足下に、先ほど土人形に撒かせた銅の欠片をつかって穴を作成した。
疲れから失敗したのか、やや浅い穴になってしまったが、人馬が倒れ込んで十分にルアイン兵の勢いは殺せたようだ。危なかった……。
そこにレジーの指揮で、ファルジア軍が襲い掛かって行った。




