アーネスト氏の父心
アーネスト氏との話し合いを行ったのは、フィナード家の町、ルエンデに戻った後だった。
というか、そこまで私ずっと眠ってました……。カインさんに起こしてって言ったのに。
なんで起こさなかったのかと言えば、カインさんはしれっと答えた。
「殿下とアーネスト氏も挨拶しかしませんでしたから。詳細を話し合うには場所も状況も不適切でしたので、町に行ってからということになりました。それなら起こさなくても良いだろうと思いましたので」
その後に、いつもより柔らかい声で
「少しは疲れがとれたのでは?」
と言われ、心配したからだと思えば、それ以上は何も言えなくなってしまう。
お兄さんがいるってこういう感じなのかな、とか想像してみると、なんとなく口元が笑っちゃいそうになった。
それを察したのか、師匠がキシシシと笑う。
土偶を指でつついた私は、アーネスト氏の館に到着すると、召使いの女性にレジーともども案内され、応接間へと到着した。
部屋の中に入った瞬間――アーネスト氏がべたーんと平伏した。
「もうほんっとに、殿下ありがとうございましたぁああっ!」
髪を振り乱しながら顔を上げたアーネストさんは、こげ茶色のちょい伸ばし気味な髪や長い前髪に切れ長の目の、若いころはさぞ女性が騒いだのだろうと思える人だった。
けれど号泣しかけの表情といい、色々なものが崩れてるけども。
「正直、私は軍事に疎いもので、この方面は兄に任せてばかりいたもので、今回も周囲に助けられてなんとか保っておりまして。殿下が采配を代わって下さって本当に助かりました」
どうやら兵の指揮をレジーにとってもらったようだ。
負けるよりも得意そうな人間に回した方が、勝率が上がるのは確かだよね。私でもそうする。
でも軍を動かすのが苦手だったら、今までさぞかし恐怖で一杯だっただろう。
兄が敵に与した以上、自分がどうにかしなければならない重責は、アーネストさんの心をぎりぎり締め上げたに違いない。
レジーは苦笑している。
「しかし、あの浸食地での戦術は良かったと思うよ」
「あ、全部分家の当主が代々やってきた方法を、娘が訓練しておくよう勧めてくれていたものでして」
せっかくレジーが持ちあげたのに、台無しにしてしまった。
しかも照れて頬を染めてるアーネスト・フィナード氏35歳。
レジーの斜め後ろにいるグロウルさんの頬が引きつってる……。
「実は弓兵の訓練も娘が担当してまして」
何気にエメラインさんすごいな!?
私のイメージの中で、エメラインさんの姿がどんどん変わっていく。
最初はルシールさんを成長させた姿の、ハムスターな土ねずみをだっこしたお嬢様だったんだけど。今や弓用の肩当てにマントと弓を装備した、たくましい女性にチェンジしてしまった。
「弓を教えたのはアーネスト殿ですか?」
「それは亡き妻が教えまして。私などよりも娘の方が得意です」
どうやらフィナード家は女傑の家系らしい。
入り婿なアーネストさんだけど、娘を褒めているところからして家庭は円満そうだ。適材適所で役割分担してるのかな?
そこまででれでれと娘のことを話して照れていたアーネストさんだったが、ふいに膝をついたままたたずまいを直し、レジーに向き直ると表情を真剣なものに変えた。
「殿下がこちらへ足をお運びになったのは、私の元へ集まった兵力をご所望ゆえのことと思います。もちろん、ファルジアをルアインの手から救うため、我がデルフィオンを解放するためにも、殿下にお預けする所存です。私のもとへ参りました分家の者達も依存はありますまい」
ただひとつ、アーネストさんはお願いごとをしてきた。
「できれば娘エメラインと、共に囚われているだろう、兄デルフィオン男爵夫人や他の子女達の解放をしていただければ……。理由を無くせば、兄デルフィオン男爵も必ずや殿下の前に膝をつくことでしょう」
アーネストさんの言葉に、レジーはうなずく。
男爵家に連なる人々の親族を解放できれば、誰もが後顧の憂いを減らして事にあたれるだろう。
「そういえばルシール嬢から、エメライン嬢を助けに行った者がいると聞きましたが……」
「左様でございます。おそらく男爵城に囚われているだろうということで、ルアインの軍も移動している隙に……と行動を起こしてしまったようです。私としては、男爵の城とは違うのではないかと思っているのですが」
そう言うアーネストさんが挙げたのは、男爵の居城に近い町だった。
理由は、エメラインさんにあった。
デルフィオン男爵家がルアインの侵攻を受けた時、エメラインさんは土ねずみを一匹ほど連れて城を訪問していたらしい。……ルシールへの土産として。
だから城にいるなら、なんらかの方法で土ねずみを操り、手紙の一つでも送って寄越すと考えたそうだ。
城内にはデルフィオン男爵領の人達もいて、やむなく味方をしているだけで、アーネストさん達を敵視しているわけではないからだ。
そこでレジーが尋ねた。
「良ければ教えて欲しいのだけど、デルフィオン男爵殿はルアインに与することを選択したのに、貴方はそうしなかった。それはどうしてですか?」
それは私も気になっていた。
なぜアーネストさんは娘可愛さにルアインに従わなかったのだろうか。
「そんなことをしますと、娘に『男のくせに気概がない』とか『娘よりも家の存続を優先させなさい』とか言われるのが目に見えてまして……」
エメラインさんは、かなりクールなお方らしい。
言い出してしまったら、アーネストさんもちょっとタガが外れたようだ。そのあたりの経緯が口からぽろぽろこぼれてきた。
「そもそもあの子の母親もすごかった……。私も若い頃はそこそこ放蕩したこともありまして。まぁ、誠実な方ではありませんでした。結婚してからしばらくも、大人しくはできなかったといいますか」
そこから続く話を総合すると、アーネストさんは当時遊び人だったらしい。
しかしあちこちの女性を口説いて歩く彼に、奥様が言ったそうな。
浮気をしたいなら、仕事してからにしろ、と。
売り言葉だろうと思ってその通りにしたアーネストさん。
しかし奥様は本当に気にしなかったようだ。
戸惑っていると、今度はさらに追加で「外に子供を作ったら養子にするから、相手に了承を取っておいてね」と言い出したそうな。
アーネストさんは大層驚いたらしい。
今までそんな女性とは、会ったこともなかったからだ。
……聞いていたグロウルさんが、そりゃそうだと言いたげにうなずいていた。
するとアーネストさんは、奥様に言われたらしい。内政に口を出されるよりはマシ、と。
奥様は、フィナード家を自分が自由に切り盛りしたかったようだ。
むしろアーネストさんが遊び人だから勝手ができると思っていたので、邪魔になるから外で遊んで来いと言ったのだ。
そうして奥様は、堂々と夫から領地の管理を取り上げたわけだ。
あからさまに政略結婚ですというあっけなさに、そこそこ自分の容姿やらに自信があったアーネストさんは反発。
どうにか奥方を自分にデレさせようとして、そのまま奥方にべったりとなってしまったらしい。時々デレる様子がいいんだとか。
そんな両親を持ったエメラインさんは、母親の性質を受け継いで、実にあっさりした女性に育ったらしい。
なんにせよ、雄々しいエメラインさんのおかげで、デルフィオンの反ルアイン勢力は、旗印を保持することができたわけだ。そして私達も、デルフィオンの兵力を宛てにできる。
そんなエメラインさんを奪還するのだ。
デルフィオン男爵も、ゲームとはやや状況が違うようだが、奥様が囚われているせいで身動きがとれないようだし。
エメラインさんも同じ場所に固めて軟禁されているようなので、一気に解放できれば色々なことも片付く。
とにかく今日は、フィナード家に宿泊させてもらうことになった。
私の調子も今一つだし、レジー達も一戦交えた後だ。休養が必要だった。
それに明日か明後日になれば、男爵の城に出かけた人達から、何らかの一報が来るだろうとのことだった。
それでエメラインさんの居場所が確定できたら、一度アラン達の元に戻ってから、救出に向かおうということになった。
土まみれになっていた私は、平然と土ねずみの巣から帰ってきたルシールさんと共に、入浴して身綺麗になり、割り当てられた部屋の寝台に転がる。
そこでふと気付いた。
「あれ、師匠がいない……あの短い足で、歩き回ってんのかな」
たまには師匠も散歩をしたいのであろう、と思った私は、一休みするつもりで目を閉じた。
◇◇◇
彼は部屋に入ると脱力したようにソファに座り、体を支えるのが辛そうに横たわった。
「殿下!?」
部屋の中にいたグロウルが、慌てて駆け寄ってくる。
「殿下……怪我を? 今までなぜ黙って……」
「いや、怪我はしていない。あっちの方だよ」
疲れた様子で答えたレジーに、グロウルが眉をしかめる。
「どちらにしても怪我のせいですな。どうしてこんなことに?」
尋ねられたレジーは、いたずらがばれたというように笑ってみせる。
「土ねずみがね。追い払うのに丁度よく使えたから……つい。キアラが集られて潰されそうになっていたしね」
「別な方法でも追い払えたのでは?」
「あまりキアラの目の前で残酷なことをするのはね。ただでさえ女の子を戦場に連れて行っているんだから」
「やはり使えるかどうか実験するのをお止めするべきでした……かなり障りますか?」
「いや、少し休めば戻ると思う」
そう言いつつも、レジーの顔色は悪い。青白いのに、グロウルが握った左腕は熱い。
「冷やすものをご用意しますか?」
「頼もうかな」
そうしてレジーの側にいたグロウルは立ち上がったのだが。
「イッヒヒヒ。なんぞ様子がオカシイと思えば……」
「何奴!?」
「わしじゃあ、わし」
振り返れば、ケケケと笑う土偶が扉の横にいた。
「いつの間に……」
「そなたにひっついておったんじゃよ。ウヒヒ。……で、王子よ。もしかしてそれは後遺症か?」
レジーが顔をしかめて訴える。
「ホレスさん、キアラには内緒にしてくれますよね?」
「隠しておいてどうするんかいのー、ウッヘヘヘ」
土偶だからかゆいはずもないのに腰をこりこり掻いたホレスは、意地悪そうにレジーの秘密を暴いた。
「いつまでも黙って置けるわけではあるまい? お前さんが粉付きの矢を身にうけてから、調子が悪かったことと関わりがあるんじゃろうに」
ホレスはちょこちょこと小さな足で近寄った。
「まーわしもこんな形で発現するとはな。初めて見る現象だが……お前さん、操るのは危険じゃろうに」
「普通にしていても、熱は出るし、指先から微小でも火花が散って痛いし、どうせなら使えないかなと思ったんですが」
レジーはため息交じりにつぶやく。
「魔術師の適性がないと、やはり厳しいようですね」
「こっちだって命がけじゃからのぅ。しかしそのまま使い続ければ、魔力の暴走が抑えきれなくなって崩壊じゃ、クケケケ。うちの弟子は死ぬほど泣くじゃろうのぅ」
ホレスの言葉に、喉の奥で悲鳴を上げたのはグロウルだ。
「ほらごらんなさい! やはり危険な代物ではないですか。今後は一切禁止ですよ!」
「まぁ……仕方ないかな。でも、使える手が増えるのはいいことだし」
「このくらいのこと、考えればすぐわかることであろう。お前は賢いと思ったんだがの?」
ホレスが呆れたように言う。
「……バカになりたいと思うことって、あると思いませんか?」
そう言って、うっとりするほど綺麗な笑みを浮かべたレジーに、ホレスがカチャっと音をたてて一歩後退る。
「お前も意外に重傷じゃな……わしゃ、忠告はしたからの?」
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