男爵の弟を訪ねよう
さて、ゲームよりも早い段階でここまで来てしまったが、今度はデルフィオン男爵の弟アーネストさんを仲間にしたいところだ。
ゲームでも、レジーが送った斥候の報告でも、やはりアーネストさんはそこそこの兵力を持っているようなのだ。
「そもそもアーネストさんて、戦争初期は分家として運営してる土地に引きこもってたんだよね。そこに降伏した男爵に従うのは嫌な好戦的な人達が集まってきた、って経緯のはずなんだけど」
「ここは君の記憶の通りみたいだね。アーネスト・フィナードの領地には、半数の分家の兵が集まっているようだし。畑を荒らされて、徴兵してくれと押しかけた者も多いようだから、予想よりも多くの兵力を抱えてると考えていいんじゃないかな」
畑を荒らされた農民側は、恨み骨髄だろう。
鍬を持って襲い掛かろうにも多勢に無勢。そこで旗印になる人物のところへ、集まったのだ。
私にそう話すのは、隣で馬を進ませるレジーだ。
私達は、デルフィオン領内を南へ移動していた。
全軍を挙げて移動しているわけではない。
本軍の方は、こちらの動きに気を向けないよう、森で戦ったルアインとデルフィオンの兵を擁した砦の近くを、じわじわと西進している。
そちらを指揮しているのはアラン達だ。
レジー率いる一隊と私は、デルフィオン男爵の弟アーネスト・フィナードさんと会うべく、彼がいると斥候から報告が上がった南のフィナード家の領地へ向かっていた。
ゲームでは主人公アランが行ったのだが、現在の軍の大将はレジーだ。
やはり説得に行くのなら、レジーが最適だろうという話になったのだ。
というか、先に私やアラン達、事情を知る者だけで打ち合わせを行い、決定した上でジェロームさんやエニステル伯爵達に実行する内容を知らせたのだ。
いくらなんでも、短期間でそんなことがわかるわけもないからだ。
デルフィオン男爵の弟が兵力けっこう持って避難してますよとか、知っていたからこそピンポイントで斥候を派遣できたので、その理由を他人には説明できない。
よって他の人々には『たまたま』斥候がそんな噂を途上で拾い、彼の判断でアーネストさんのことを調べたことにした。彼にはそのあたり黙っていてもらうため、報奨金をはずんである。
「もっと前世の記憶を持ってる人が沢山いたら、いろいろ楽なのに」
ついぼやいてしまう。
「そうですね。でも、どうしてキアラさんだけが、そういった記憶を持っているんでしょう」
カインさんもそのあたりは不思議に思っているようだ。私も不思議です。
「そうだね。だけど君の前世の世界に、こちらのアランが戦った結果の物語があるんだよね? それって、あちらの世界で前世を思い出した人が、アランの話を伝えたってことじゃないかな。そう考えると、別世界の記憶を持っている人って、意外にいるのかもしれないね」
レジーの意見に、なるほどと思う。
ゲームと詳細まで同じなのだから、誰かがこちらで見聞きしたことを覚えていて、あっちの世界で語るなり書くなりした、と考えた方が自然なのは確かだ。
でもその誰かって確実に軍の人だよね? ある程度敵味方の事情を知ってて、敵の布陣とかにも精通してて……って、誰!?
それに、その人が前世の記憶として持って行ったのは、レジーが居ない世界の記憶だ。
「タイムパラドックスとかどうなるんだろ……」
私が勝手に動いている分なのかなんなのか、色んなことが変わってしまっている。
そうしたら、あっちに転生する人の記憶も変わるはず。
てことは私の記憶だって、こっちの現状に準じたものになるはずだけど……今のところ変わりないわけだし。
「はっ、まさかこれは分岐した世界とかそういうやつとか? レジーが生きてる世界と、生きていない世界の二つがあって、アラン主役の世界に生きてた人が、たまたま前世を思い出したとか?」
想像はしてみるものの、考えても正解などわかるわけもない。
とにかく今までの記憶については、紙に書いて残してあるわけだし。それと自分の記憶に齟齬が起こったら、何かしら影響があったんだろうと思うだけだ。
なので別なことを考えることにする。
「それにしても、ルアインはどうしてアーネストさんを、今まで放置していたのかな」
ゲームでもそうだったけれど、普通に考えたら、そこそこ兵力を持っている相手を無視することなんてできないはずだ。
疑問を口にしたら、レジーが仮定ではあるが答えてくれた。
「もしかすると、そのサレハルドを仲間に引き入れた弊害かもしれないね」
「どうして?」
仲間に入れたことで、何の弊害が起きるというのだろうか。
「サレハルドはルアインの属国じゃないから。何か目的が一致したから連合して侵略してきているけれど、ルアインのために動いているわけじゃないからね。トリスフィードをもらっても、もう少し南まで領地が欲しいと思うかもしれないし、それをルアインも警戒しているんだろう」
ルアインは西進して王都を落とすことを優先したけれど、そのために残したルアイン貴族の兵力は、それほど多くはない。サレハルドが何かを目論んで動いたとしても、抑えるのがやっとの数なのだろう。
だからサレハルドに後ろを見せられなかったのだ、というのがレジー予想らしい。
「でも、この間の森では一緒にいたみたいだよ?」
「共通の敵がいる間はね。ファルジアに対しては、既に同調してことに当たると決めてある分、行動しやすかったんだろう……さて、そろそろ見えてくるんじゃないかな」
私達は、既にデルフィオン領境から、二日離れた場所に来ていた。
連れているのはレジーの騎士達と騎兵ばかり50騎。プラス私とカインさんだ。
最初、レジーだけで行くと言っていたのだが、さすがにそれでは心もとない……もとい、死亡フラグを回避したと安心したとたんに射られた実績を持つレジーを、少数で送り出したくない私が、ついていくと言い張ったのだ。
アーネストさんに関わる情報を一番知っているし、何より少数しか連れていけないのなら、私はいい戦力になる。
そんなわけで同行を主張し、協力すると言っているカインさんは反対せず、さらにジェロームさん達にもぜひにと言われて、レジーに同行してきたのだ。
ちなみにカインさんは、今のところ大人しい。
ギルシュさん達お目付け役がいなくても、彼は以前のようにきわどいことはしなくなった。
軍の方が魔術師くずれとぶつかった時のため、ルナール達が居た方がいいだろうと思い置いてきたのだが、問題がなくて私は内心ほっとしていた。
それと同時に、カインさんが自ら言った通り、妹の面倒を見る兄のように接してくれるので……ちょっと楽しいなと思ってしまっている。
前世が一人っ子、今世は一人っ子同然だったので、いまいち兄妹っていうのがどういう感じなのかわからないけれど。
疲れたかと気安く声をかけてくれたり、大丈夫と言ったら「いい子だ」と背中を軽く叩かれるというのが、なんともいえず……うれしい。
カインさんの方は、それだと女の子相手にはちょっと乱暴だと思うのか「つい弟のつもりになってしまいますね」とこぼしていたが。むしろ私はこれでいい。
こっちの方が、カインさんと近い感じがするのだ。
「まぁ、わしゃわかっとるがの……ヒッヒッヒ」
とその様子を見た師匠が笑っていたけれど。なんだんだろうなぁもう。
そんなこんなでここまで来たのだが、アーネストさんがいるフィナード家の土地というのは、わりと何の変哲もない場所に見えた。
町が見える丘に私達は経っているのだけど、町へ下る斜面から畑のある川の傍までが、妙に草が禿げてる場所が転々と広がっている。
「何かいます、殿下」
レジーの騎士グロウルさんが進行を止め、私達は斜面をじっと見つめる。
すると、ひょこっと草が生えてない場所の土が盛り上がり、引っ込んだかと思うと、そのまま大きな穴が開く。
見れば、そんな場所がいくつも出来ていく。
と思ったら土が掻き出されるように盛り上がって、また穴が塞がれた。
「土ねずみですね」
グロウルさんと一緒に、レジーの前に出た砂色の髪の騎士フェリックスさんがそう断じた。
とたんに、一つの穴からひょこっと頭を出した動物がいた。
ふわふわの黄金の毛。つぶらな黒い瞳。小さな手。
大きさだけは人間ほどもあるけれど、間違いない。ハムスターそっくりだ。
「かっ、かわいい……」
きゅるんと潤んだ黒い瞳に、思わずうっとりしてしまうと、レジーがくすくすと笑い出した。
「キアラ、あの大きさでも可愛いんだ?」
「だってあの顔、もう可愛さで一杯でしょう!」
どんなに大きくたって、あのハムスターのごときあどけない顔立ちが、全てを吹き飛ばしてくれる。そう力説する私に、横から声が割り込んだ。
「なんでもいいが、あいつらがいるんじゃ、街道も穴が開いているんじゃないのか? ウヒヒヒ。町まで行けるんかいの?」
「あ……」
師匠に言われて見れば、確かに丘を下る街道も、思いきり穴が開いてる。
でも心配はない。私がいるのだから。
「じゃ、街道だけ穴埋めさせてもらいましょう」
馬から降り、私は地面に手をつく。そうして街道の土を固く変えて覆っていく。これで馬が通っても大丈夫なはずだ。
ただ、川まで全部を、一気に覆うことはできなかった。
「私、先の方を固めてきますから、ゆっくりついて来て下さい」
そう言って、私は先を歩いた。
「一応、念のために降りて行こう。敵影も見えないから問題ないだろうし」
レジーの提案で、全員が馬から降りて歩き出す。
そのすぐ先を、私がてってこ小走りに進んだ。そうして固めた場所が途切れるところで、もう一度膝をついて地面に右手を当てる。
無事、川に架かった橋までを、固めたその時だった。
不意に柔らかくて重たいものが、私にから抱きついてきた。
「キアラ!」
「殿下!?」
叫ぶ声が聞こえた時には、視界は土だけになり、真っ暗になる。
「え!?」
叫ぶ間も、私は柔らかな毛に覆われたまま、穴の底へと連れ去られたのだった。




