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私は敵になりません!  作者: 奏多


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茨姫は微笑む

 だけど、アランと同年代の友達の貴族ってゲームにいただろうか?


 ゲームの記憶は所々曖昧だ。

 攻略順路とパーティー編成と、騎士をどこに配置するとかまで覚えてるってのに、他が微妙で困る。

 あの時は本当に、いち早くクリアするのが楽しかったんだよ……台詞も半分くらい読み飛ばしたし。勝つことが楽しくて楽しくて。


 そんな私の記憶では、アランの仲間になる人というとお年を召された男性か、酸いも甘いもかみ分けた頼りがいのありそうな青年期終了間際の人だったような……。


 内心で唸りながら考える私を連れて、レジーはまず森の奥へ向かった。

 森の外縁を廻る道から、万が一にも姿を見られないようにするためだろう。

 馬車が暴走して乗ったままになったパトリシエール伯爵の配下が、森の外縁を廻って元の地点へ戻ってきたら、見つかってしまうかもしれないものね。


 私はレジーに大人しくついて行った。

 森の中を歩くなんて、人生でそうそうないことだ。

 前世では夏休みとか、山登りなんかで木で囲まれた場所を歩きはしたけれど、なにせ静電気を発生させる変な草が生えてる世界だ。知識がある人に従った方がいい。

 案の定、触ると怪しい紫の煙を吐く草があって、レジーが慌てて手を引いて逃げてくれた。


「君、なんで、あんな怪しい物を、わざわざ、触るの……」

「ご、ごめんなさい」


 さすがに息を切らせたレジーに、私は謝る。

 触った草というのが木に蔓で巻き付いていて、ブドウみたいな実が生っていた。

 しかもなんか甘い香りがして、美味しそうだなと触れたところでレジーが私の行動に気付き、ブドウっぽい実がはぜて紫の煙が噴射された直前に引き離してくれたのだ。


「あれ……毒なんだよね。軽いけど、しびれるんだよ」

「しびれ……うわぁ」


 こんな森の中で痺れて動きが鈍くなったら、間違いなく獣のサンドバックになってしまう。


「お、お世話かけました……」


 私も言葉の合間にぜいぜいと言いながら謝る。本当に最近は謝ってばかりだ。


「まぁ、今後気をつけて」


 ため息交じりながらも、レジーはそう言ってくれた。

 迷惑だとか、本当にわかってるのかとか責めて来ない彼は、けっこう寛容な人だ。実家はいわずもがな、これが伯爵家だったとしても「せっかくいい生活をさせてるんだから言うことを聞け!」と八つ当たりに物を投げつけられてもおかしくないところだ。


 しかし走ったせいで喉が乾いた。

 ただでさえ直前に雷草で悲鳴を上げたりしたので、声がガラガラになりそうだ。水がほしい……と思った私は、ふいにバチっという放電の音がかすかに聞こえて辺りを見回す。


「こんな森の中にまで雷草がいるのかな?」


 レジーにも聞こえたようで、雷草を探すように首をめぐらせた。

 やがて私よりも目がいいのか、レジーが見つけたようだ。


「……あっちだ」


 今度こそは勝手な行動をさせまいと、強く手首を掴まれたまま移動する。

 やがて見つけたのは、


「水!」


 森の中。ごく低いくぼみになった所に、岩と木の間からさらさらと流れ出す水と、滝壺のように水が溜まった場所があった。

 それをなんでか、雷草が輪になって囲んでいる。


「ああ、そうか。増えすぎたから、生息範囲を広げようとしてるんだね」

「え、これ、開拓準備?」


 輪になって水場を交通規制してるだけに見えたのだが。


「雷草も水は必要だからね。開拓するにも水を確保しながら仲間を少しずつ呼び寄せて、ある程度溜まったら、光を遮る木を少しずつ焦がして行くんだ。そうして開墾するって聞いたよ。私もこれを見るのは初めてだな」

「でも、森の中から木を焦がしていったら、うっかり火事になりません? 雷草も丸焦げになるような気が」


 火花を散らして電気を発生し焦がすのはわかるが、炭になった木は熱を持っている。倒れた先で乾燥した木や枯葉があったら、引火するだろう。


「そのための水でもあるんだよ。時々辺りを湿らせていって、延焼しないようにするんだ。時には運悪くそのまま火事になって、雷草ももろともに炎上するんだけど」


 やっぱりリスキーな開拓方法だな、雷草。

 これのせいで山火事が起きるという話は聞いたことがあるけど、これでは当然という気がする。


「じゃあ、これって迷惑ってことですよね」

「そうだろうね」


 相づちをうつレジーに、私は「ならば」と提案する。


「この雷草、どけたいですよね」

「どうやって? 剣だと雷草の電気で、こっちの手がしびれてしまうよ?」


 レジーの驚いたような表情に、私はふふふと笑う。

 そもそも私に剣が振るえるわけがない。だから別な方法を試したいのだ。


 なにせ水があります。

 電気があります。

 ……実験するべきだと思う。

 しかも上手くやったら、すぐ水が飲める! おまけに湧き水! 煮沸しなくても安全だなんて素敵すぎる。


 喉が渇いて仕方ない私は、急いで大きな石を探した。ちゃんと持ち上げられる程度の石を見つけたが、苔むしている。探し直し、それよりもやや小さいが、表面が乾いたものを発見。

 今度はそれに生えていた蔦をくくりつける。

 柔らかいものを選んだので、しなやかでつり下げてもすぐにはちぎれなさそうだ。


 石を抱えた私は、湧き水近くの木の根元に移動するが、雷草は「ここは通さん!」みたいな感じで動かずにバチバチして縄張り主張をするのみで、動きはしない。

 レジーが困惑の表情を浮かべる中、私は蔓の先を持って振り子のように動かし、湧き水の溜まった場所へ放り投げた。


 勢いがついているおかげで、石が落下すると大きく水が跳ね上げられた。

 それは周囲の雷草に降りかかり――。


「思った以上に派手だったな……」


 水たまりの周囲には、炭化した雷草のなれの果てが転がっていた。それも指先で触れるともろっと崩れる。

 かかった水のせいで、火花を上げるほどの電気が本体に通電し、黒こげになってしまったのだ。

 横たわる草の燃えかすに、私は思わず合掌。


「なむなむ……成仏してちょうだいね」


 つぶやいてしまうのは、自立移動する草だったからだろうか。

 そんなことを考えつつ、私は早速湧き水に手を伸ばす。

 口に含むと実にマイルド。冷たくておいしゅうございました。


「レジーも飲んだら?」


 そう言って振り返ると、レジーは困惑を通り越して呆然としていた。

 私に呼ばれてもしばらくじっと黙っていたが、やがて笑い出す。

 彼は水を飲んでからも、まだくすくすと笑い、それから尋ねてきた。


「君、伯爵家の養女だって言ってたけど、前の家は平民? それとも騎士の家とか?」


 たぶん、私の振るまいがやたら乱暴だったから、貴族の子供じゃないと思ったのだろう。隠す必要もないのでさらっと話す。


「ほとんど平民同然でしたね。準爵士の家でした」

「それなら土地を持ってるんだね」


 準爵士は土地持ち貴族の端くれだ。王家の財政を補填するため、王様がお金と引き替えに売った貴族位です。ドームや施設のネーミング権みたいだよね。


「ある程度は……。でも年々切り売りするような有様だったみたいです。でもそれほど貧しかったわけではないみたいでしたね」


 全て伝聞と推測なので、曖昧な言い方しかできない。

 完全に貧しくなっていたら、使用人を雇ったり絹の服を季節毎に新調するのも迷うはずだ。一方で使用人の数は、半年ごとに1人のペースで減っていた。じわじわと資産が減っていたのだろう。

 そんなだったから、私を養女にするかわりに金銭の提供をするといわれて、すぐに差し出したのだろう。


「キアラって名前は元の家族がつけたままのもの?」

「そうです。私がまだ文字も読めないほど小さかった頃に亡くなった、母がつけたそうで」


 急に私のことを聞きたがるレジーに付き合って、私は休憩がてら、近くの乾いた倒木に座った。レジーも隣に座ったので、内心ちょっとだけ、気恥ずかしい気がする。


 だって今の私の年齢って、前世の中学生くらいなのだ。前世でも共学とはいえ思春期なのでお互いに意識してしまって離れる年頃だ。

 でも今世は、そもそも同年代の男子とあまり関わらなかったんだよな。

 継母にいじめられてほとんど家の外には出られなかったし、伯爵家では厳しく使用人達と区別されて、遊ぶとかそんな感じじゃなかったし。

 学校は基本的に女の子としか話さない環境だもんな。


 ……なんか、前世の記憶がうっすらとでもなかったら、私コミュ障になってもおかしくなかったんじゃないの?


「君は元の家族のことはあまり話さないね。……亡くなったお母さん以外は、君にあまり優しくなかったんだね」


 避けていることだけで、レジーは察したようだ。

 でも「優しくなかった」と言われて、私はほっとする。大抵の人というのは、家族はお互いに思い合っていると信じている。だから愛情を持てない場合もあることを、理解してはくれないのだ。


 わりと乳母任せの貴族でさえ、皆、家族は自分の事を思っている。何かあっても、愛情が損なわれることはないと考えているようなのだ。

 あげくに美しい家族の形を押しつけようとする。「そんなことはないわ、きっとお父様だって愛情があるはずよ。だって家族だもの。最後には理解しあえるはず」と。

 そうされないことが、すごく安心できた。一方で、それを理解できてしまうレジーは……。


「レジーも、優しくない家族がいるのね?」


 私が言うと、レジーは柔らかく微笑む。


「理解してくれる人がいて、嬉しいよ」


 その瞬間、彼との間に信頼感が結ばれたような気がした。

 他の人には理解してもらいにくい感情を、分かち合える唯一の人になったからかもしれない。

 もちろん、レジーが私と同じことを感じてくれたかどうかはわからない。けれど、


「キアラの話、もっと聞きたいな」


 私を知ってくれようとするくらいには、レジーは私に心を許してくれたと感じた。

 そんな風に、少しほんわかとした気持ちになった時だった。


「あら、私が来なくても良かったみたいね」


 足音もしなかった。

 気配も声を出されるまで気づかなかったのに、その人は唐突に出現していた。


 湧き水の溜まりを隔てた向こうに、青みがかった銀色の髪の少女が立っていた。

 梳られた艶やかな髪は、真っ直ぐに黒みの強い赤の長衣にかかって、腰まで伸びている。

 紫色の宝石みたいに大きな瞳も綺麗で、うっとりするほど白い肌の中、薄赤の唇が動くのを、私は固唾を飲んで見つめてしまう。


「最近、草が増えすぎたのか、縄張りを森の中まで広げようとしてて困っていたのよ。なにせあの草、木を黒焦げにして開拓するでしょう? うちのペットがやけどしたら困るし、森を焼かれたらもっと困るものね」


 まるで知り合いに話すかのように語り出す少女の姿に、私は何度も瞬きする。

 ……うん、実物だ。

 絵をリアルにしたらこうなるだろうっていう感じだった。


「……茨姫」


 彼女こそ茨姫だ。

 この森の中で生活しているっていうのに、宮殿から出てきたのかよ、と言いたくなる綺麗にセットされた髪や衣服。

 絵で見た時はそれほどじゃなかったけど、むっとする枯葉の匂いの中では、違和感がすごい。


 とたんに、馬車から落ちたり、石をぶん投げたりとさんざん暴れた私は、自分の身繕いがしたくなる。絶対、髪ぼさぼさだよ……。教会学校の制服もさぞかし汚れてるだろう。

 そそくさとスカートを払う私を、茨姫は驚いたように見ている。

 あれ、何かしたっけ?


「あなた……私のことを知ってるの?」


 尋ねられて、ようやく意味がわかった。名乗ってもいないのに、相手の正体を言い当てたのだから驚かれたのだろう。

 慌てて私は言いつくろう。


「あの、この森には茨姫が住んでるって聞いてましたし、森の中に急に現れた人を見て……きっとそうだろうと」

「あなた、私の顔を見てそう言ったように見えたけど……」

「いえいえ、滅相もございません」


 違いますよーと主張し続け、ようやく茨姫は納得してくれたようだ。

 多少、疑いの残る表情をしていたが、彼女自身も私に見覚えがないので追及しようがなかったのだろう。茨姫は私から視線を移した。


「……っ」


 茨姫がレジーを見て息を飲む。

 その眼差しが向かうのは、レジーだ。

 ――しまった! レジーは茨姫の対象年齢外だ!


「あの! 彼はちょっと発育がいいだけで、まだ十二歳なんです!」

「…………」


 レジーが一体何を言い出すんだ? と言いたげな顔をしている。

 うう、変なこと言ったとは思ってるんだよ。けど、ここで恩人のレジーを茨でぐるぐるにされたあげく、適当に放り出されたら困るんだ。

 茨姫が無言でじーっと私を見つめる。


「あなた、やっぱり私の知り合いか何か?」


 またしてもぎくっとした。うあああ。茨姫が年少男子の観賞が趣味だなんてこの世界の人は知らなかったんだった!


「いえいえ。噂を聞いて、そうかなーって。あははは」


 最終的に笑って誤魔化そうとした。

 すると茨姫は、うっすらと笑みを浮かべたのだ。


「そう……あなた、そうなのね」


 よく聞き取れないけれど、何か不穏そうなことをつぶやいたらしい表情になっている。美少女がそういう顔をすると、本当に悪女みたいに見えるので怖いですよ。


「まぁいいわ。とにかく雷草の駆除をしてくれてありがとう。手間が省けて良かったわ。それで貴方達は、森を抜けたいの?」


 雷草を倒したおかげで、どうやら茨姫は私達に好意的なようだ。


「えっと、仲間とはぐれたというか。仲間の傍に遭いたくない相手がいるんで、別行動をとって、森の外縁を歩いてこそこそとついていこうとしているというか……」

「貴方は本当に茨姫なのですね?」


 そこでレジーが茨姫に直接話しかける。

 私は緊張した。だって守備範囲外の年齢の男子が話しかけて、茨姫の機嫌が直滑降で落ちていっては困る。

 しかし心配はいらなかったようだ。


「そうよ。私はこの王国の原初から終わりまでを見つめていく者。私が幼い姿をしているから疑わしいのかしら? でも私はずっとこの姿を保っているだけよ」


 彼女は静かに答えて微笑む。

 お、わりに友好的だった。

 茨姫は、本当にレジーが12歳説を信じてしまったのだろうか? 首をかしげつつも、丸く収まっているので藪をつつかないようにする。


「あの、それじゃ先を急ぎますんで、これで失礼します」


 前世の記憶の量が増えたせいか、日本人的にぺこぺことしながらその場を去ろうとした。


「あなた方が合流したいのは、ここから100メル先の森の側に停まっている馬車かしら? 幌馬車と箱馬車の二台でしょう?」

「? 見えるんですか?」


 茨姫はふふ、と笑う。


「森の中と、すぐ近くならば私は知覚できるのよ。住処においたをするモノがいたら、すぐに片付けなければなりませんもの」


 言われて私が想像したのは、森の木々に人感センサー付きのカメラが設置されている光景だ。

 たぶん茨姫の知覚って、警備システム並みなんだなと私はうなずき、レジーは驚いていた。


「森の中で起こったことは全てわかると?」

「そうよ?」


 当然のことのように茨姫は答えた。


「その気になれば、森の外のこともわかるわよ? 王族にどんな花嫁が来たのか。花嫁の故郷のことなんかもわかるわ。王都に暮らす人のことも、これから行く先のこともね。それ相応の代償があれば、知りたい事を教えてあげるわよ?」


 全てを見通す魔女のように語る茨姫に、レジーは表情を固くする。

 なんだろう。

 とにかく引き離した方が良さそうに思えたので、私はレジーの手を引いて茨姫の前から立ち去ろうとした。

 すると、レジーは我に返ったように私に苦い笑みを見せ、茨姫に暇を告げて先へ歩いて行く。


「じゃあ本当に、これで失礼しますね」


 私も追いかけていこうとしたのだが、


「ああ、あなた」


 呼び止められた瞬間、私の手に冷えた指先が触れる。

 ぎょっとして振り返ると、いつの間にかうっすらと微笑む茨姫が私のすぐ側にいた。


 え、テレポーテーション!?

 しかも握らされたのは、小さな磨りガラスを丸めたような赤い石のペンダントだ。端の方にじわりと染みるような黒い色が入っていて、なんか不吉そうだ。


「女の子だけに、特別にあげるわ。無くしたら……どうなるかわからないわよ?」

「え……ええっ!?」


 なんか怖い代物を持たされた? それに呪いの品っぽいこと言われてるんだけど!

 でもここで逆らったら茨姫の機嫌をそこねて、森の中から出してあげないとか言い出しそうで困る。

 だから愛想笑いをして、私はその場を逃げ出した。


 その時は、どうして茨姫がそんなものを私にくれたのか、意味がわからなかった。

 私が彼女の真意を私が知るのは、ずっと後のことである。

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