カッシア出発前日
近日中にはカッシアを出発して進軍する、という日の午後。
私はカッシア男爵城下の町にある、教会に来ていた。
自発的にというよりは、ギルシュさんが最近ここに通い詰めているので、それについて行った形になる。
それほど長い時間ではないこともあり、付き添いはカインさんだけにしていた。
しかし教会へ到着したところで、最後に町を一回りしていたレジーとアランに出会い、彼らも一緒に教会の中についてきた。
そこは正確に言うと、教会の裏庭だ。
遊んでいるのは、今回の戦で親を亡くした子供たちだ。
カッシアに戻って、ギルシュさんが即始めたのがそういった子供たちを保護している場所に手を貸すことだった。さすが、みんなのお母さんを目指しているだけある。
子供たちも、最初は親兄弟を失い、住む場所も無くして呆然自失状態だったようだ。気丈な子供だけが教会の修道女を手伝って、年少の子供の面倒を見る以外には黙って座り込むか、時折思い出しては泣くばかりだったそうな。
ギルシュさんは、戦災孤児を拾っては、自分の村に連れてくるということを繰り返していたので、そういった子供に慣れていた。
教会の修道女は、彼のおかげで子供たちが一気に明るくなったと感謝していた。
ギルシュさんに「一緒にどうかしら?」と誘われて行った私も、少しは子供たちの遊び相手として役に立ちたいと考えた。
そこで思いついたのがこれだ。
「やぁ、僕はホレスくんだヨ!」
私が甲高い声を作ってアテレコすると、打ち合わせ通りに右手を上げて見せる師匠。
ちょいと腕が細かく震えてカチカチ言っているけれど、見なかったことにする。
「みんな仲良くしてネ!」
私の声に続けて、師匠は手を振ってはくれた。そのまま動きがストップする。
くるっと華麗に一回転してみせて! と頼んだはずなのだが、師匠の矜持が許さなかったのかもしれない。
この世界にはない土偶人形は摩訶不思議なのだろう。興味津々の子供たちが、師匠の傍ににじり寄ってくる。
「これ陶器のお人形?」
「ホントに自分で動いてんのかよ」
先頭にいた男の子が指先でつんつんと師匠をつついた。
師匠は、カタカタと怒りで震えている。けれど言質をとられているので反抗できない。
子供の相手なぞ朝飯前じゃあああ、と言ったのは師匠である。私の売り言葉に買い言葉だったのだけれど。
「お前……悪魔のような奴だな」
「悪魔じゃないよアラン。良い思い付きだねって言ってほしいわ」
それを見ていたアランがやや気の毒そうにしている。なので私は悪魔じゃないと訂正しておいた。
70近い年まで生きた人が、今更言を翻さないよね? と退路を断ったりもしたが、それでもやると言ったのは師匠である。
隣では、レジーが久々に笑いの発作が来たのか、言葉もなく肩を震わせていた。
そして子供たちは、約束通り自分でかしゃかしゃと歩きだした師匠を、鴨の雛のようにおいかけながら、無慈悲な言葉を口にする。
「お人形さんなんかしゃべってー」
「なんだ歩くだけかよつまんね」
「本物なら側転してみせろよー」
と、例え動ける師匠でも、形態的に無茶な要求をしてくる始末。
カシャンと音を立てて立ち止まった師匠が、もう沸点に到達したらしい。
「……くうっ、もう、限界じゃあああああっ! 誰がガキの面倒など見るかああっ! わしゃ子供が苦手なんじゃあああっ!」
「ぎゃあっ、人形が怒ったああっ!」
「呪われる!」
「オバケこわーい!」
腕を振り回して飛び跳ねて怒る師匠の姿に、子供たちが一斉に逃げていく。
「まて! 貴様ら訂正せんかっ! わしはお化けではなーい!」
「いやーん悪魔の人形が追いかけてくる!」
「うえーん!!」
たちまち鴨の行進が、ちょっと大きな遮光器土偶と子供の追いかけっこに発展していた。
「かわいいわねぇ、お人形さんに本気で怯えられるのなんて、あの年頃くらいまでよねん」
眺めながらほのぼのとしたコメントを口にするのは、ギルシュさんだ。
「いや、アレ怖いだろ。昼間でも突然追いかけて来たら、僕は逃げるぞ?」
アランの言葉に私も同意したい。特に夜なんてめっちゃ怖いだろう。けれど自分のしたことが発端なので、私は賢く口を閉ざした。
「でも今日で、慰問も最後よねぇ。司祭様達に挨拶してくるわねん」
ふう、とため息をつきながら、ギルシュさんは少し離れた場所に立っていた教会の修道女さんと司祭さんの所へ向かった。
それを見送りながら、レジーがつぶやくように言う。
「今後は、教会は保護されてるかもしれないけど、子供たちの状況も悪そうだね」
この世界は解明できない自然現象が山ほどある。
だからこそ、原因として神々の存在をある程度信仰しているので、教会はルアインも保護するだろう。その分だけ、各国とも重要人物を教会に匿わせることはよくあることだ。中に入ってしまえば、手を出しにくいからだ。
だからこそ、教会の出入りなどは監視されることがある。心ある修道士がいても、子供の保護などさせてもらえない。子供たちは路頭に迷い、餓死していくこともあるだろう。
「早くどうにかしたくても、無理を押せば兵を維持できないから限界はあるけれど……。キアラ、君の記憶ではこの後、デルフィオン男爵の軍とぶつかるんだったんだよね?」
レジーの言葉にうなずく。
「私が知っている状態だと、デルフィオン男爵の軍がこっちに向かってくることになる。ルアインへの恭順を示せとかいって。ルアインにそうしろって言われてのことらしいんだけど。ただルアインが、王都まで占領し終わった翌年の出来事になるから、状況が違うしどうなるか……」
今までの状況は、ルアインが王都を陥落させた後でも前でも酷く変わりはしないものだった。全てエヴラールからアラン達が攻めてくることによって、動く事態ばかりだから。
けれど今後は違う。
「先方がどう出るか、だな。ルアイン、サレハルド、そしてルアインについた貴族達」
続けたのはアランだ。
「個人的には、現時点だとサレハルドが一番気になるね。トリスフィードに引きこもったままでいてくれるなら、協定でも結んであの土地を一時的に放棄することで、サレハルドとの戦いを無視できるんだけど」
「一緒に従軍してきて、それはムリなんじゃないか?」
レジーの意見に、アランが渋い表情をする。
「あとルアインが完全に支配したとは言えない状況で、デルフィオン男爵や他の貴族がどう出るか、だね。王都が陥落した後は、王妃達がこちらを脅威に思って、他の領地の兵を送ってくるようになるかもしれない。……デルフィオン男爵は、ご令嬢が解放されればルアインに従いたくないんだったんだよね?」
レジーの言葉に私はうなずく。
デルフィオン男爵は、娘が人質に取られたことで、ルアインに与することを選んだ。ルアインとしても、ソーウェンとカッシアの抵抗が激しかったので、デルフィオンと戦うのもある程度で手打ちにしたかった、という事情があってそれを受け入れたという経緯だったはず。
デルフィオンはカッシアを占領したところで、こちらに攻め込んでくる。もちろんルアインにせっつかれてのことだ。
アラン達は同国人同士の戦いになることで、とても辛いと感想を漏らしていた。前世の私も心から同情したんだよね。
「デルフィオン戦。何回かぶつかる間に……王妃の侍女が魔術師として参戦するんですよね」
ゲームのキアラ・クレディアスだ。
そう思うと、デルフィオンの地というのは、なかなか複雑な気分になる土地ではある。
「代わりに、クレディアス子爵が出てくる可能性もあるだろう」
アランの指摘に、私はうなずく。
そもそもトリスフィード伯爵領を攻撃する時に、クレディアス子爵が関わっていたのは分かっている。あれから時間が経っているので、一度は王都に戻っているかもしれないが、まだ周辺にいる可能性だって無いとは言えない。
「クレディアス子爵がどんな魔術を使うのかはわからないけれど、なんとしても倒さないと」
決意を込めてそう言った私を、レジーは何か言いたげな表情で見ていた。
城へ戻った後は、カインさんと師匠を交えてクレディアス子爵への対策を話し合った。
「しかしのー、相手の能力がわからんことにはなー。ヒッヒヒヒ」
子供たちと追いかけっこをしてお疲れの師匠は、テーブルに足を伸ばして座り、ややなげやりな調子で言う。
まぁ、確かにクレディアス子爵が炎使いなのか、水使いなのかとかがわかれば、どう対応するのか決めやすくていいのだけど。
「何かこう、魔術師の噂とか聞いたことないんですか? 近くまで接触したんですし」
私の方は、相手が魔術師だとかわからない時期に、ちらっと顔を見ただけだ。話もしていないので人となりも伝聞でしかしらない有様だ。
でも師匠はどうかと思ったのだが、パトリシエール伯爵が主に接触を持った相手で、クレディアス子爵とは顔を合わせていないので、どうしようもないようだ。
「用心深いんじゃろ。魔力押しで戦うタイプならば、堂々と儂の前に出てきて、威圧してくるだろうがなぁ、フヒヒヒヒ。契約の石を飲まされた後ですら出て来んのだから、よほど能力を知られたくなかったんじゃろ」
「では、型どおりの能力を持っているわけではない可能性も?」
カインさんの問いに、師匠は土偶の体で器用に肩をすくめてみせる。
「もしくは隠ぺいすることで、万が一にでも儂が全力で潰しに来た時に、対抗しやすいようにしたかったんじゃろ。儂が飲まされた分では、師弟ほどの強い拘束力はないだろうからのぅ。それもあって、仲間にもできん、拘束力も強くない相手だからと、役目を果たさせたら始末してしまおうなんて思って、儂を殺そうとしたんじゃろ、ヒッヒヒヒ」
そうだった。師匠は契約の石の主である子爵がいない上、見張りも兼ねていた兵士が殺されたので逃亡をしようとしていた。
そのとき矢を射られて殺されたのだ。
師匠という魔術師が、どうあっても仲間にはなってくれないだろうと思って、そんな手に出たのだろうと思う。うっかり野放しにして、ファルジアの味方をされても困ると考えたのだろう。
とにかく判断材料が少なすぎた。
だから子爵が出て来たら、なるべく速攻で土で潰すか抑え込み、それで間に合わなければ、カインさんに止めを刺してもらうか、という話になった。
私という魔術師がいる以上、子爵が戦うなら、かならず私にぶつかってくるはずだから。私と一緒にいるのなら、カインさんも魔術師との戦闘に巻き込まれるのだ。
ただ解せないのは、ゲームで子爵が出てこなかった理由だ。
できれば、同じようにこれからの戦いでも子爵が現れないことを祈るばかりだ。
そんなことを考えていた夕食後のこと。
ソーウェンとデルフィオンの領境で哨戒をしていた部隊から、進軍する敵を確認したと早馬が来た。
敵はデルフィオンに駐留していたルアイン軍とデルフィオン男爵の軍だという。
そしてサレハルドの旗も確認できたらしい。




