思いつかない・・・
内容もしっかり考えずに書き始めたものです。意味不明なところがありますがかんべんして下さい。
〜目に見えていた世界は、偽りのセカイだった〜
オレンジ色に染まる廊下。
昼間の騒がしさの欠片もなく、どことなく寂しげな雰囲気。
すれ違う生徒にも気力が感じられず、今日一日の疲れが見てわかる。
あ! 今日もやってるな。
階段を上り始めた葉加瀬巴は、いつもと変わらない旋律が聞こえることに気が付いた。
いや、いつもより研ぎ澄まされている。
微かに聞こえるピアノのメロディーに、階段の中腹辺りで暫し足を止め聞き入った。
目を閉じ、耳を澄ます。
いくら聞いてもあきない、そんな不思議な旋律。
―――♪――。
――♪――。
・・・・・・。
・・・。
・・・あれ?
不意に音が途切れてしまった。
まだ曲の途中だというのに、微かに聞こえていた音はなくなってしまった。
不安になり、もどかしさがこみ上げてくる。
どうしたんだろう・・・?
行き場を失った不安は3階の音楽室へと足を急がせた。
音楽室のドアの前に立ち、深呼吸をして息を整える。
す〜・・・は〜・・・。
汗でジットリとした手を恐る恐るドアへとのばした。
ガラガラ・・・。
古めかしい音と共に、空を彩っていたオレンジ色の光が射し込んできた。
一瞬目がくらんだがそれでも必死に彼の影を探す。
彼がいつも座っている窓側のピアノのイスに目をやった。
「ん? どうしたの? 巴・・・」
ピアノのイスに座っていた彼が声を掛けてきた。
相当焦った顔をしていたのだろう。彼は驚いたような、心配したような、そんな表情をしている。
「ふぅ〜、よかった!」
巴は相馬望の安否を確認し、安堵の息を漏らした。
「どうしたんだよ? そんなに急いで」
望が気になって訊ねてきた。
「うん。ちょっとね。・・・急にピアノが聞こえなくなっちゃったから・・・」
このとき、巴は前に起きたある事件を思い出していた。
それは、ちょうど一年前のことだ―――
その日は雨が降っていた。
コンクリートに打ち付ける雨は激しく、狂ったかのような土砂降りだ。
巴はいつものように帰ろうと、職員室での用事を済ませて教室を出た。
廊下から見える限りでは傘は役に立ちそうにない。
「はぁ〜・・・」
自然と溜息が出る。
だが、それは雨が降っているからではない。
巴が入学してきたのはちょうど一ヶ月前。
現在高校一年生。
いわゆる五月病というやつだ。
未だにクラスに馴染めず、顔と名前が一致しない生徒が何人か居る。教師の名前も覚えていないくらいだ。
「はぁぁ〜・・・・・・」
さっきより深い溜息をしながら生徒玄関へと向かう。
すでに下校時刻は過ぎており、校内に残っている生徒は見当たらない。
誰も居ない廊下は自分の寂しい足音だけが聞こえた。
ツカツカ・・・・・・。
階段の手すりに手を掛け、一段目を下りた・・・。
(・・・〜♪〜)
微かに聞こえる音。
ピアノの音だ。
その音は雨音にかき消されることなく巴の耳に届いた。
人をひきつけるような澄んだ音色。
足を止め、聞き入ってしまうほどだった。
誰が弾いているんだろう・・・?
こんなにも人をひきつけるピアノを誰が弾いているのか、巴は興味をそそられた。
―――♪――。
――♪――。
・・・・・・。
・・・。
あれ・・・?
音が消えてしまった。
やめちゃったのかな?
巴は気になり、ゆっくりとピアノが聞こえていた音楽室へと向かった。
ジットリとした空気の中、音楽室の扉の前に立つ。
ピアノのイスに座っているであろう誰かを想像し、ドアに手を掛け、ゆっくりとドアを開けた。
「・・・・・・!?・・・」
巴は驚いた。
イスに座っている誰かより先に、イスの横に倒れている生徒に目がいった。
胸を押さえ、苦しそうにもだえている。
「・・・ウッ・・・グッ・・・」
苦痛に歪むその表情からは汗が染み出していた。
巴は暫し混乱するが、とにかく助けなくては、という衝動に駆られ生徒のもとへと駆け寄る。
「大丈夫!?」
その生徒は巴の問いに答えられない状況だった。
背中に腕を回し、半身を起こした。
「すぐに先生呼んでくるから!」
今の状況がどれだけ深刻なものか、巴でさえすぐにわかった。
巴は教師を呼びに職員室へと走っていった―――。
それからその生徒は救急車で病院へと運ばれた。
命に別状はなかったが、危険な状態だったそうだ。
その生徒と巴のクラスは同じだということがあとからわかった。
元々心臓の弱い生徒らしく、少しばかり内気で友達も特にいなかったらしい。
巴はこの事件をきっかけに望と仲良くなり、今の親しい関係がある―――。
「あぁ、ちょっと疲れちゃってね・・・」
望が演奏を中断した理由を自分の手を見ながら言ってきた。
どうやら長時間ピアノを弾いていたので指が疲れたらしい。
「そっか、・・・で? 今日は何か弾いてくれるの?」
巴が微笑みながら訊ねた。
このごろ望は色々な曲を弾いてくれる。
ベートーヴェンの「悲愴」や、「運命」など。
音楽に特別興味があるわけでもない巴は、曲のすごさなどは正直よくわからない。
クラシックはなおさら・・・。
だが、望のピアノを聴いているうちに巴にも少しわかったことがある。
今までは誰が弾いても同じに聞こえたが、ここ最近は違う。
弾く人によって、音の響き、やさしさ、いきおい、やわらかさ、など・・・色々なものが違って聞こえるようになった。
望のピアノはとにかくすごい。
そんなに何人も聞いたわけじゃないが、望のピアノはずば抜けていると思った。
望の話によると、中学生のときに出たコンクールでは、何度か優勝しているらしい。
なぜ優勝できたのか、望は疑問に思っていたようだが、こんなに弾ければ納得できる。思うに、他の出場者とは天と地ほどの差をつけて優勝したのであろう。
審査員の驚いている顔が思い浮かぶ。
「ごめん、今日はもう帰るよ・・・あんまりやりすぎてもいけないし」
申し訳なさそうな顔もして言う。
顔色がかんばしくないようだ。
「・・・いいのいいのっ! そんなに無理に頼んでるわけじゃないんだし。・・・じゃあ、一緒に帰ろっか?」
巴と望の家は同じ方向にあり、望のピアノが終るといつも一緒に帰っている。
「ごめん・・・、今日は病院に寄っていかなくちゃいけないんだ・・・クスリも切れかかってるし・・・」
「・・・そっか。じゃあ、私も病院までついてくよ」
「え? そんな・・・わるいよ。かなり遠回りになるし、それに・・・」
望は言葉の最後のほうを濁した。
言いにくいのだろうか、沈黙が続く。
「それに?」
巴が望の顔をのぞきこむようにして訊ねた。
「・・・あっあぁ、なんでもないよ。や、やっぱりわるいから先に帰ってよ」
あわてた素振りを見せるが、巴はなにか変だと感じた。
「そんなに気つかわなくてもいいのに。帰っても暇だし。まあ、そこまで言うならしかたないけど」
「うん、じゃあボクは病院行くから・・・。じゃあ」
軽く手を振って音楽室を出て行った。
「うん。じゃあまた明日」
音楽室には巴だけがとりのこされた。
こんな日常が何日も続いていた―――。
望は元々心臓が弱い。
そのためクスリが手放せないらしい。
前に起きた事件は、望が教室にクスリを忘れたかららしい。
うっかりしてて、と笑っていたが笑いごとじゃないのは明白だ。
ひとつ間違えば命に係わる重大なことのはず。
なぜ笑っていられるのか、不思議でたまらない。
性格上の問題なのかもしれない。
でも、わからない・・・。
今日一日の授業が終り、いつものように音楽室のドアを開ける。
ガラガラ・・・。
だが、いつもイスに座っている望の姿はなかった。
望が学校を休むことは多々あるが、確か今日は学校に来ていたはずだ。
「あれ? 帰っちゃったのかな〜・・・」
望が何も言わずに帰るとは考えにくく、すぐにその予想は消えた。
望は二週間後にピアノのコンクールがあると言っていた。
コンクールが近いのに練習をしないなんておかしい。
「ん〜・・・」
考えてもなにも浮かばず、巴の足は下駄箱へと向かった。
「・・・・・・・・・・・・」
望の靴が在るか確認する・・・が、見当たらない。
「おっかし〜な〜」
特に思い当たるふしもない。
とにかくこの日は帰るしかなかった。
まあ、明日聞けばいっか?
だが、次の日も望は来なかった。
また休んだな、と軽く流した。
軽い気持ちで、多々あることだと・・・。
次の日も、次の日も、望は来ない。
これでもう五日は学校に来ていない。
こんなにも続いて休むなんて、いままでなかったことだ。
さすがに心配になり、担任の教師に訊いてみた。
「葉加瀬・・・お前、何言ってるんだ・・・?」
教師が心配そうな表情をした。
職員室内の教師が数名こちらを見る。
どの教師もけげんそうな顔をしている。
「え? だから・・・望君はどうして休んでいるのかを・・・」
「葉加瀬、お前・・・ちょっとついて来い」
イスから立ち上がり職員室を出た。
その後を巴が追う。
着いたのは使われていない教室。
教師に言われるがまま入った。
教室内はほこりっぽく、うすく足跡がつく。
二人はイスに座り、向かい合う格好になった。
「葉加瀬、相馬はいつから休んでいる?」
腕組をして唐突な質問をしてきた。
そんな質問はいうまでもない。
「先週の木曜日です・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・。
外は雨が降っていた。
遠くでは雷が鳴っている。
土砂降りまではいかないが、それなりに強い雨だ。
先ほどまでは走っていたが疲れて歩き始めた。
雨は巴の体温を奪い、心までも冷たくさせた。
何も考えたくない。
何もしたくない。
何も見たくない。
何も聞きたくない。
頬を涙が伝う。
雨のせいでどれだけ自分が泣いているのかわからない。
わからなくてもいい。
ウソだと思いたい。
いままでウソだと思っていたから・・・。
担任の教師は、すでに望は生きてはいないと言った。
目の前が真っ白になった。
じゃあ、先週の木曜日に・・・? と訊いたら、信じられない答えが返ってきた。
「・・・・・・半年前だ・・・」
気を失うかと思った。
言葉がなにもでない。
胸が苦しくなり、息ができなくなった。
いままでの望は・・・?
だって、先週まで居たじゃないか。
ピアノの弾いていたじゃないか。
私と話をしていたじゃないか。
なんだったんだ・・・?
望・・・五日だと思っていたのが、半年も経っていたのか?
いや、違う。
確かに先週だった。
では、なぜ先週は望が居たんだ?
教師は居なかったと言っていた。
でも、確かに居た。
望は半年前、病院で短い生涯を終えた。
心停止だったそうだ。
そこに私も居たと教師は言った。
そんな記憶ない。
思い出せといわれても思い出せない。
そんな記憶、ないのだから。
人間は記憶をしまい込むという。
自分にとっての衝撃的な出来事。
認めたくない記憶。
扉を閉め、絶対に開かないように鍵を掛ける。
それなのかもしれない。
自覚はない。
そんなこと、絶対に認めたくない。
半年前からの望は、自分が勝手につくり出した架空のノゾム・・・。
認めたくない・・・だけど、実際はそうなのかもしれない。
望の死を受け入れられず、自分の中で架空のノゾムをつくり出していたのかもしれない。
それは、自分の中で望が大切な、掛け替えのない存在になっていたからであろう。
だが、それは望の死が受け入れられない、惨めで弱い自分でもある。
望という死んだ者の存在を引きずり、いつまでもすがりついている。
そんな・・・惨めで・・・孤独で・・・儚く・・・弱い・・・自分。
今は、冷たい雨に打たれていたかった。
いつまでも・・・。
いつまででも・・・。
「巴」
え? 望・・・?
どこからか聞こえる声。
それは、まぎれもなく望の声だ。
空間に響きわたり、場所は特定できない。
「巴、こっちだよ」
次に聞こえてきた声は空間に響きわたらず、すぐ傍から聞こえてきた。
場所を特定するのはたやすかった。
振り返り、そこに望が居るということを確認する。
「望・・・どうして・・・」
そこには望が確かに居た。
いつもと変わりなく、そこに存在している。
「巴・・・ボクは、君に謝らなければいけないことがあるんだ」
「え・・・?」
巴は何のことだかさっぱりわからない。
思い当たるふしもない。
「ボクは、君の負担になっていたみたいだね。相馬望という存在が居たから君を苦しめてしまった。それなら、最初から居ないほうがよかったね」
望が謝罪の言葉を言った。
「何を言ってるの? 私は望が居なきゃ駄目なの。あなたが居ないと、不安でどうしようもなくなるの。あなたが傍にいないと、私・・・」
今の気持ちを精一杯望に伝えた。
胸が苦しくなり、涙が止め処なく流れ出してきた。
唇を噛み締めて耐えるが止まる様子はまったくない。
「わかってるよ」
「え・・・?」
「ボクも同じ気持ちだから・・・、巴と同じだから」
言葉が出ない。
咽になにかが詰まっている感覚だ。
嗚咽だけがもれる。
「でも、ボクはもう居ない存在だから。巴とは居られない・・・」
気のせいだろうか、一瞬望の表情が曇ったように見えた。
「どうして? 前みたいに私の傍にいてよ。ピアノ聞かせてよ」
なんとか言葉を絞り出した。
「わかっているはずだよ。巴はもうボクを引きずっていちゃいけない。新しい道を歩きださなければいけない」
「そんな、望を忘れることなんて・・・」
「なにもボクを忘れることはない。巴がボクを忘れることはないと思うし、これからも君の中に居るよ」
望が笑いながら言った。
「ほら、早く起きなきゃ。起きて君自身の道を進まなくちゃ」
「う、うん」
巴が自信のないような返事をする。
「じゃあ巴、ガンバってね・・・」
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
体のだるさを感じながらも半身を起こす。
どうやら自分の部屋のようだ。
ひどい頭痛がする。
熱っぽいようだ。
ガチャ。
突然ドアが開いた。
「巴、やっと目が覚めた」
ドアを開けたのは母だった。
「もう、昨日びしょ濡れで帰ってきたと思ったら、突然玄関で倒れちゃうんだもの。心配したんだよ」
巴は昨日のことを思い出す。
・・・あれは・・・夢だったのか・・・?
「ほら、まだ熱が下がってないんだから、寝てなさい」
「・・・うん・・・」
その日は体を休めた。
その日のうちに熱も下がり、頭痛もすっかりよくなった。
次の日、巴は学校が休みにもかかわらず学校へと赴いた。
三階の音楽室へと向かう。
ガラガラ・・・。
ドアを開けると、そこには望がいるような気がした。
いまにもピアノの旋律が聞こえてきそうだ。
イスに座り、ピアノのカバーを静かに開ける。
ここに来れば望に逢えるような気がした。
「・・・望・・・私は、私なりにがんばるよ。だから、いつまでも一緒に居てね・・・」
微笑みながら言った。
すると、確かにそこには望が居た。
「うん・・・。ボクは、いつまでも君と一緒に居るよ・・・巴・・・」
―――――。
―――。
―。
〜目に見えていた世界は、偽りのセカイだった〜
意見ありましたら一言でいいのでお願いします。