【アップ✨】2026年5月10日主日公同礼拝/讃美歌とMynoteもあります☕️
初めまして、天川裕司です。
ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。
また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。
どうぞよろしくお願い致します。
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
お暇な時にでもぜひどうぞ♬
【アメーバブログ】
https://blog.ameba.jp/ucs/top.do
【男山教会ホームページ】
https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/
【YouTube】(ユメノ記)
https://www.youtube.com/@%E6%98%9F%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%82%B1%E3%83%A9-v5x/videos
【ノート】
https://note.com/unique_panda3782
【YouTubeドラマにつきまして】
無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、
お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。
基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。
創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪
出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬
でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、
どうぞよろしくお願いします(^^♪
【本日のメッセージ】
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=2z6QY7Gnlmc&ra=m
【ブログ】
https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12966443471.html
聖書と讃美歌を閲覧できます。お気軽にお立ち寄りください(^^♪
聖書
『イザヤ書』(第四三章八〜一五節)
『ヨハネの黙示録』(第七章九〜一七節)
『アモス書』(第六章一二節)
讃美歌〜♫
讃美歌164番
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=FiLT9J94q94&pp=ygUV6K6D576O5q2M77yR77yW77yU55Wq&ra=m
讃美歌534番
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=wD-5VVZfZLA&pp=ygUV6K6D576O5q2M77yV77yT77yU55Wq&ra=m
2026年5月10日 礼拝説教 聖書箇所
大声でこう叫んだ。「救いは、玉座に座っておられるわたしたちの神と、小羊とのものである。」
ヨハネの黙示録7章10節
わたし、わたしが主である。わたしのほかに救い主はない。わたしはあらかじめ告げ、そして救い を与え あなたたちに、ほかに神はないことを知らせた。
イザヤ書43章11,12節
はじめに
日本キリスト改革派教会創立80周年記念信徒大会(主題「神の国を今ここに」)の恵み を覚えつつ、「召天者記念礼拝」をささげる「今日」。信徒大会でも逝去者を含めて引退教師の労 苦が思い起こされた(モーセ120歳(申命記34章7節))。
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信徒大会のもう一つの主題は、「現実と夢」「ほんとうの希望」であったのでは。ヨハネ黙示 録は、パトモス島に流刑にされた使徒ヨハネに示された「神の啓示」。苦難の中で、一人の使徒に 示された、キリストの幻が、告げられる。そこで、告げられる「白い衣を着た大群衆」は、大声で 「救いは、玉座に座っておられるわたしたちの神と、小羊とのものである」と叫んだ。信徒大会の 一つのクライマックスは「告白的賛美」(暁の日)であった。特別賛美グループと一人のゴスペル シンガー(兼:作詞作曲ギタリスト)によって力強く賛美された歌(創作)は、「開けない夜の東 の空」「白み始める暁の日」を歌い出し、希望の日の近いことを告げる。今日という日の現実的告 白は、「我らは贖いの実」「我らは希望の内にある」という確固たる賛美。「小羊」とは、「贖い 主イエス・キリスト」。「我ら」「キリストに贖われた者たちは、贖いの実」として、救いの希望 を受け継ぐ。ここにある歌は、勝利の歌。
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「主に感謝せよ、その慈しみはとこしえに」と、ヨシャファトの勝利の礼拝歌が、今日を記念 する告白の賛美としてささげられた。「翌朝早く、彼らはテコアの荒れ野に向かって出て行った。 出て行くとき、ヨシャファトは立って言った。『ユダとエルサレムの住民と、聞け。あなたたちの 神に信頼せよ。そうすればあなたたちは確かに生かされる。またその預言者に信頼せよ。そうすれ ば勝利を得ることができる。』彼は民と協議をしたうえで、主に向かって歌をうたい、主の聖なる 輝きをたたえる者たちを任命し、彼らに軍隊の先頭を進ませ、こう言わせた。『主に感謝せよ、そ の慈しみはとこしえに』」(歴代誌下20章20,21節)。英訳の歌詞で「Give Thanks to the Lord For his steadfast love endures forever!」と賛美された。この「endure」に込められた思いは、苦難の中 でも、主がご自身の民を持ち堪え続けられる、主の堅忍。
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ヨハネ黙示録7章の「贖われた大群衆」による賛美は「救いは、玉座に座っておられるわたし たちの神と、小羊とのものである」との勝利の歌。それは、苦難の中にある地上の教会における希 望の歌。「だれにも数えきれないほどの大群衆」は、「見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の 違う民の中から集まった」者たちであり、「白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座 の前と小羊の前に立って」、この歌を大声で叫んだ。主イエスが、エルサレムに入られた時、人び とは、手になつめやしの枝を持って迎え出て、「ホサナ、主の名によって来られる方に、祝福があ るように、イスラエルの王に」を叫び続けた。今や、十字架と復活における贖いの御業を成し遂げ られた「神の小羊」でいます「主イエス」は、御自身の贖われた大群衆を代表する「長老の一人」 が「使徒ヨハネ」に問う。「この白い衣を着た者たちは、だれか。また、どこから来たのか」。ヨ ハネが、「わたしの主よ、それはあなたの方がご存じです」と答えると、長老は、ヨハネに言っ た。「彼らは大きな苦難を通って来た者で、その衣を小羊の血で洗って白くしたのである」と。こ の「大きな苦難を通って来た」とは、主が定められた苦難の時を、信仰の試練として忍耐して来た という事。「新しい契約の仲介者」でいますキリストの血によって贖われた、聖徒たちの堅忍。
おわりに
主の言葉を告げたアモスは「馬が岩の上を駆けるだろうか 牛が海を耕すだろうか。お 前たちは裁きを毒草に 恵みの業の実を苦よもぎに変えた」(アモス6章12節)と警告した。今 日、「贖いの実」を変質させず、忠実に、誠実に、「白い衣を来た」まことの教会を建てる事が、 わたしたちに主から与えられた召命。キリストの賜物のはかりに従って、主の栄光をたたえたい。
(Mynote)
二〇二六年五月一〇日(日曜日)、今日も兄弟姉妹共に礼拝を守れる事を神様に感謝する。
(子供メッセージ)
『スコットランド教会新カテキズム』
「安息日を覚えて、どの様な奉仕を捧げますか。」
「神様の御言葉を聞き、読む事、神様に祈り、神様を賛美する事、聖なる会合を持つ事、天の御国を瞑想する事、そして敬虔と慈愛の業を行う事です。」
「敬虔」とは、心からの祈りと従順を保つ事である。イエス様は、全ての罪人(人間)をその罪から救う為に、十字架に付けられ、死にて葬られ、陰府に下り、三日目に死人の内より甦り、天に上り、全能の父なる神様の右に座し給えり。この事に依り、イエス様は人として地上に遣わされ、罪人が罪人としてその罪の中から救われ、(イエス様の様に)天に救われ、神様の元にて永遠の御国(天国)に入る事を確約された。誰でも神様がイエス様を通して教えた信仰に生かされるなら、イエス様が先駆けて教えたこの罪(十字架)からこの様にして救われる事が示された。この事は、神様がイエス様を通して、全ての人に確約した救いの為の御計画に在る。この事を信仰に生かされる上で憶え、神様を畏れ敬い、賛美し、クリスチャン同士で力を合わせ励まし合い、天の御国を思い、信仰の業に歩む事が大事である。「クリスチャン同士」と記したが、このクリスチャンとは全ての人が今から成れる存在であり、神様とその人との一対一の関係で示される契機により、初めからそのクリスチャンに成れる質が具えられて居る(と信じる)。
(公同礼拝)
『イザヤ書』(第四三章八〜一五節)
『ヨハネの黙示録』(第七章九〜一七節)
「私より前に造られた神は無く、私より後にも無い。ただ私のみ主である。私の他に救う者は居ない。」(『イザヤ書』第四三章一〇〜一一節)
「私は神である、今より後も私は主である。我が手から救い出し得る者は無い。私が行えば、誰が、これを留める事が出来よう。」(『イザヤ書』第四三章一三節)
「彼らは大きな患難を通って来た人達であって、その衣を小羊(イエス様の事)の血で洗い、それを白くしたのである。それだから彼らは、神の御座の前に居り、昼も夜もその聖所で神に仕えて居るのである。御座に居ます方は、彼らの上に幕屋を張って共に住まわれるであろう。彼らは、もはや飢える事が無く、乾く事も無い。太陽も炎暑も、彼らを侵す事は無い。御座の正面に居ます小羊は彼らの牧者となって、命の水の泉に導いて下さるであろう。また神は、彼らの目から涙を悉く拭い取って下さるであろう。」(『ヨハネの黙示録』第一四〜一七節)
「その衣を小羊(イエス様の事)の血で洗い、それを白くしたのである」とは、罪は黒として、その罪から白(神様の正義)に救われる事を示す。イエス様が十字架に付けられ、死にて葬られ、三日目に甦られた事に依り、全ての罪人である人間は神様の下に生かされる兄弟姉妹であり、その罪から救われ、神様が示す正義に歩める事が確約された。詰り全ての人にとって、神様がイエス様を通して教えた信仰に生かされる事が大事になる。正しい(神様が全ての人に教えた正義に依る)信仰に生かされる事で、全ての人は罪から救われ、天の御国へ入る事が確約され、その為の努力(信仰生活)を憶える事が出来る。人が人生に於いて、真の救いに至るのはこの信仰のみに依る。他の信仰ではない。
「私より前に造られた神は無く、私より後にも無い。ただ私のみ主である。私の他に救う者は居ない。」
「私は神である、今より後も私は主である。我が手から救い出し得る者は無い。私が行えば、誰が、これを留める事が出来よう。」
この御言葉を憶えねばならない。その信仰が成らないのである。人は主観により、多くの神々を作り上げるが、それ等の全ては偶像であり、何の救いも与えない。初めから人の罪により生まれた産物であり、その偶像は全て人を罪の内に留める。
【ゴスペル『暁の日』の歌詞】
明けない夜の 東の空
白み始める 暁の日
明日の悩みは 明日に任せ
行き先さえも 知らぬ旅へ
雲の柱を追い 荒野の道を逝く
空を翔け行く 鳥の様に
野に咲く花の 色香の様に
明日の悩みは 明日に任せ
行き先さえも 知らぬ旅へ
火の柱に続き 道なき道を逝く
我らは 贖いの実
我らは 希望の内にある
Give Thanks to the Lord
For his steadfast love endures
forever!
主に感謝せよ 慈しみはとこしえに
(『歴代誌下』第二〇章二一節)
聖なる 聖なる 聖なるかな
雲の柱を追い 荒野の道を逝く
火の柱に続き 道なき道を逝く
我らは 贖いの実
我らは 希望の内にある
「endures」とは「持ち堪える」と言う意味であり、これは主(神様)がその人を守り、信仰に於いて健やかに、支えて下さる…となる。
この『ヨハネの黙示録』の箇所は、クリスチャン(信仰に生かされる者達)が、神様の愛と恵みに依り、イエス様を通して罪から救われる場面であり、その経過である。
「馬は岩の上を走るだろうか。人は牛で海を耕すだろうか。ところがあなた方は公道を毒に変じ、正義の実をにがよもぎに変じた。」(『アモス書』第六章一二節)
人は様々な主観・常識・空想(妄想)の自由によって、神様が初めに人に与えたものを、様々な形と内実に変えてしまう。そして変えたそのものを、その欲望と妄想により、この地上で「確かなもの」にしてしまう。そうして動かず、落ち着こうとして居る。初めから未来永劫に至り、神様がイエス様を通して全ての人に教えた真実は一つである。信じねば成らないその信仰は一つである。誠の主の救いに立ち返る様に。
【日本キリスト改革派 男山教会】
https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/
【最寄りの教会検索用】
https://www.rcj.gr.jp/
Table Café~
榎本保郎牧師 ミニ説教1 「まず第一にしなければならないこと」
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=q0lc_w0zV-I&t=9s
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、あなたを愛された。」
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=ZCHD8AliT0Y
ハーベスト・タイム・ミニストリーズ
https://www.youtube.com/@HarvestTimeMin?app=desktop
ユメノ記
https://www.youtube.com/@%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%83%A6%E3%83%A1-v5x
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
お暇な時にでもぜひどうぞ♬




