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26歩 癒やし

少女の指し示す先へと騎士たちが剣を抜き放ちながら駆け進む。

使命と忠誠を感じる眼差しで。


「皆さん、お気をつけて! なにかあってもわたしが必ず癒やします!」


少女の表情は気品と気迫に満ちていた。その声には責任と慈愛が感じられる。

騎士たちが少女の声に呼応するみたいに雄叫びをあげた。幼そうに見える少女に対してなんの疑いもなく信頼を寄せているように思える。


それほど広くない石壁の通路に脇道は少ない。

奴隷商の黒ずくめたちが逃げ場所を求めてる。そんな状況判断をしているうちにあっという間に距離を詰める騎士たち。

戦いが始まった。


魔道具らしい光る杖を騎士たちの数人が携えていて光源がなくなることはなさそうだった。


魔法と武器の戦い。多勢に無勢。

とは言っても戦うためには空間が必要。通路に一度に立てる広さは限られるから実際に交戦する人数は5、6人程度。

騎士よりも黒づくめの方が数段実力がありそうだったけど数の多さには敵わない。騎士の一人を倒しても次がいる。そのうち決着がつくと思う。


怒号と悲鳴が静かだったはずの古代遺跡に響き渡る。

倒された騎士が後衛の騎士に引きずられて離れる。少女が駆け寄ってひざまずいた。

その手から柔らかくあたたかく見える光が放たれて騎士の体を包んでいる。

少女が唱えた言葉で治癒をされているみたいだった。


とても柔らかさを感じる可愛らしい女の子だった。少し離れていても分かる。

絹のような漆黒の髪がふんわりと編まれている。

金糸を施されたローブが神々しく感じる。あの感じは街の教会で見たことがある。

聖衣だ。

金糸こそあるけれど質素に感じる装いが女の子の気品と気高さを表しているようにも感じる。


はあ。息を吐いた。

頭の中いっぱいになっていた、殺す。という思いが萎んでいく。殺せはしなかったけど。

胸に垂れた血を手でぬぐった。わたしの心臓は少しだけ落ち着いていた。


少し眺めてしまっていた自分に気づいた。

これなら黒ずくめたちはおしまいだろう。どさくさに紛れて逃げてしまおう。

偶然近くに落ちていたわたしのドレスを着た。黒地の仕事着のままじゃまずいかもしれないし。

急に動いてわたしに気づかれないように、明かりの届かないところまでそろそろと後ずさる。戦場の動きに気をつけながら。


「待ってください」


優しさも感じる少女の凛とした声。

わふ。気づかれてた。

治癒魔法?を終えた少女が立ち上がってこちらを見てる。

黒尖晶石ブラックスピネルのような瞳の輝きに強い意志を感じる。


わたしを見据えたままツカツカと石の舗装路を突き進んでくる。戦いが行われている真っ只中を突破するように。

右も左も剣が振るわれているのに動じてない。騎士たちを信じてるんだ。

柔らかくて可愛らしい顔をしているのにその表情は勇敢に感じる。


見惚れちゃった。時間にしたらそんなでもない。

身構えたら少し離れたところで少女の足が止まった。背の高さがわたしとあまり変わらない。年齢もきっと同じくらい。


暗がりにいるからわたしの顔ははっきり見えてないはず。それでも、わたしの視線と少女の視線が混じる。

まるでわたしの中の黒くて暗い感情を見抜いて打ち破るような輝き。

その清らかな眼差しにたじろいでしまう。


「とても素敵な瞳をしていらっしゃいますね。まるで太陽の光のようです」


わたしがルプスお母さまに感じたことと一緒の言葉。ルプスお母さまの瞳は黄玉トパーズのようだった。その瞳は元々青かったわたしの瞳を変質させて受け継がれている。


「ですが……なんでしょう。瞳の奥に青い輝きを感じます。まるで自らの道標みちしるべを心に決めた菫青石アイオライトのように美しいです」


息を吸い込んだ。

向こうから聞こえる争いが遠い世界みたいだった。

わたしがこの世界で生まれ持った瞳の色は青。そして心に決めた道。

ほんとに見透かされてるみたいだ。


「ずっと怖い思いをされていたと思います。我々は獣人の皆さんを守りたいのです。わたしはセイア・サオトメ。あなたの名前を教えていただけますか?」


え? 頭に伝わる名前が早乙女聖愛だった。

漢字だ。懐かしいのかも? もしかして……日本人?


「あ、あの……」


どうしよう。どの名前を名乗ればいい?

今回用意したベル? 通り名のルプス? アーヤはダメだよね?


もしも日本人ならなにか話を聞けるかも?

ううん。自分自身の記憶がほとんどないわたしにとって、前世の話なんか聞いても意味がない。わたしはもうこの世界の住人なんだ。この女の子が言った通り、わたしにはやるべきことがある。


「セイア様!」


唐突な声にびくりと体が震えた。

騎士の一人がこちらに走ってくる。戦いは終わってた。黒づくめたちが全員血まみれで倒れてる。

息が残っている黒づくめや隻眼が縄で拘束されている。


「息はありますよね! 治癒をしますので安静にしてくださいませ!」


騎士に振り返って声を上げるセイア。

その声からはとても心配している気持ちがあふれてる。悪人だけどちゃんと癒やすんだね。

一歩二歩とセイアの足がわたしから遠のいていく。目の前の怪我人は放って置けないのかも。


いましかない。

背を向けて全力疾走した。二本足で。わざと足音を立てながら。


「あ! 待って!」


セイアの制止の声は聞かない。聞く必要もない。

いろいろ心配なことはあるけど、この状況じゃ逃げるしかない。

みんなを追いかけなきゃ。


「追いかけます!」

「彼女を保護してあげてください!」


背後から騎士の数人の足音が聞こえた。

追いかけられる状況は変わってなかった。

この人たちは耳長ウィンたちが地下水路へ逃げた事実を見ていない。みんなが降りたあたりを走りすぎながら確認したら地下へ続く入り口は見当たらなかった。ちゃんと塞いで行ってくれたんだ。

それなら。


建物が崩落していた方へと向かう。光の魔法が届かない闇へと向かう。

石の建物の中に侵入したところで気配を決した。足音を立てずに真っ暗な闇を走る。


なんのための建物か分からないけど通路は続いてる。螺旋階段を見つけて上へ上へと駆け上がる。最上階を抜けて屋上へと登り切った。登った感じかなり高い。

隣の建物に跳び移った。


地下水路のほかの入り口はわたしにも分からない。探せば見つかるかもしれないけどいまは無理。あまり離れすぎても良くなさそうに思う。

少女と騎士たちがいなくなるのを待つしかない。


屋上のへりに立って見下ろした。騎士たちがあたりの探索をしてる。地下への入り口には気づかれていない。

セイアが倒れている黒づくめに治癒魔法?を使っている。


セイアの癒やし。

命の危険がありそうな人たちから治してるのかな?

拘束されている黒づくめたちの傷がそれなりの時間をかけて治されていく。


首筋に手を当てて感触を確かめた。少し渇いた血の感触と傷のない肌。

セイアの癒やしを眺めながら考える。

わたしの首を斬り裂いた剣先は気道にまで届いてたと思う。頬の傷は口の中にまで達していた。どちらも体の芯で感じていた。

シュワシュワする雫のような感触があって、あっという間に治ってた。


孤児院の子どもたちが怪我をすれば治るまでに時間がかかるのをちゃんと見てた。

それが普通だということを思い出す。


『なかなか治らないなあー』


包帯をぐるぐるに巻いた指をさするチェーンの顔がつの口をしてた。

おしゃれが好きな彼女は服も自分で縫製する。数日前、ロウソクの淡い灯りが消え入りそうな間に間に裁断バサミでうっかりと深めに指を切ってしまったそう。


『指が使えないと縫い物ができないからしんどいよー』


夕食を食べるためにフォークとナイフを駆使するのも大変そう。


『大……丈夫? アーヤが切ってあげる……ね』


固いお肉の塊を細かく切ってあげる。


『ありあとー。アーヤは怪我してもすぐに治るからうらやましー』

『そ……うかな?』

『そうだよー。ここって昨日擦りむいたばっかりじゃない? もうつるつるできれー』


畑仕事で男の子とぶつかって転んだときに膝を擦りむいていた。

チェーンがわたしの膝をさわさわと指で撫でてる。


『わふん!? こそばいよー!』


ぞわぞわして身をよじってた。


『あはは。アーヤ可愛いー』


ぎゅぎゅっと勢いよくチェーンに抱きつかれて、ナイフで切ってる途中のお肉が飛んでいった。

もったいないよー。

なんて思いながら、チェーンと一緒に椅子ごと倒れた。フォークがくるくると宙を舞って倒れたわたしのおでこにコツンと刺さってから落ちた。


『痛ったー』

『だいじょぶー? あ。血が出てるー。ごめーん』

『うん。平気だよ?』


おでこをさするともう痛くない。小さな傷口が塞がってる。


『あれ? 傷ないね? 血だと思ったのはお肉のおつゆかなー?』


チェーンが不思議そうにわたしを見てた。


こんな感じで小さな怪我をしても当たり前に治っていた。当たり前になりすぎてあまり気に留めることはなかったんだよね。


いままでにも不思議に思うことはあったけど……。

今回のことは決定的だよね。


黒づくめが言っていた。

『治癒魔法を重ねがけすれば』と。

つまり大きな傷をすぐに治すには何度も魔法を使わないといけないということ。


あの日。妖精郷で大火傷を負ったはずなのに目覚めたら治ってた。

繭の中に閉じ込められていたわたしは魔法なんてかけられていない。


わたしは普通じゃない。絶対に。

なんで?

思い当たることがある。


花の妖精トゥリックが言っていた。

『天宙世界樹の雫はどんな怪我も治したり、生命の活力を上げてくれるからね! えっへん!』と。


ルプスお母さまが言っていた。

『赤……子のときからずっと。こ……んなに飲んだやつは誰……もいないだろうな』と。


妖精女王様が言っていた。

『トゥリックらのイタズラにも困ったものだ。加護はともかく天宙世界樹の雫をこれほど与えるとは』と。


赤ちゃんのときから毎日ずっと口にしていた。宴のときには妖精たちみんなから飲まされて体が熱くて熱くておかしくなるかと思った。

もしかしたらそれが原因?

考えても分からない。


どれくらい待ったろう。騎士たちがきた道を引き返していく。

最後に残った数人の中にセイアがいた。


え?


振り返って見上げている。わたしがいるところを。

だけど視線が合うことはない。あちらからは絶対に見えないはず。魔法の光はここまで届いていない。彼女に夜目が効くとも思えない。

勘がいいのかも。

小首を傾げて背を向けると騎士たちと一緒に歩いて行った。


石の舗装路を照らしていた明かりがどんどん遠くなっていく。曲がり角をゆらゆらと照らす光の残滓が闇になった。

ここにはわたし一人。

古代遺跡という暗い暗い廃墟の闇に紛れた狼のわたし。


わたしは狼だと改めて思った。

歯に指を当てる。

尖った感触。前にはなかった手触り。牙がある。まだそこまで尖っているわけじゃない。まだ尖る。そんな予感がする。


見上げた。

高すぎる天井に施された幾何学的な装飾が微かに見える。


道標。

セイアの言った言葉。

闇の中にも道はあるのかな。


そんな意味のないことを考えた。


「み……んなを追いかけなきゃ」


きっと耳長ウィンが泣きながら先を進んでる。

洞窟で一匹。ルプスお母さまを待っているときはいつも不安で怖かった。

戻ってこないかもしれない。そう思うと怖くてたまらなくなることはよく知ってる。


屋上から飛び降りた。石壁を蹴り渡って降りてゆく。着地も音を立てることはない。地下水路へ続く蓋を開けて降りてゆく。

誰もいないよね?

あるのは暗い暗い闇だけ。


「ルプス!」

「ウィン!?」


闇の中から耳長ウィンが現れた。待っててくれたんだ。なんで逃げてないの? と思うわたしに抱きついてくる。

あふれる涙があったかい。

耳長ウィンの向こうに4人の姿が見えた。土の妖精美少女をのぞいてみんな笑ってる。


耳長ウィンの橄欖石ペリドットのように輝く黄緑色の瞳が涙で濡れている。

短い時間だけど感じる絆。

闇の中に光はあった。


暗い闇から光のある地上へ。

わたしたちは歩いていく。

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