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24歩 化け物

「そんなの嫌なの!」


土の妖精美少女が小声で悲鳴をあげた。さすがに大声を出す気はないみたい。


「さらに地下に水路があるのかい? どうして分かるのかな?」

「僕は水の精霊と友だちなんだ。だから地下にいる精霊たちの声が聞こえるんだよ。入り口も分かるよ」


龍人ロンの穏やかな質問に答える鬼人オルコが優しく答えて指を差し示している。その方向に入り口があるんだね?


「崩落の危険はないのかい?」

「どうだろ? だけど崩落しかかってる建物の中を行くよりもいいんじゃないかな?」


上も下も崩落の危険があるってこと? でも行ってみないと分からないよね?


「追っ手は騎士かもしれないのよね? この国の騎士団ならわたしたちを保護してくれないかしら?」


わたしに確認をするように視線を向ける耳長ウィン。


「や。はっき……りは分からない。早くし……ないと。近づい……てるから」


そう答えることしかできなかった。


「人族は信用できないよ。たとえ保護されたとしてもその後、すぐに家に帰れると思うかい? うらはここがどこかも知らないしね」

「それもそうね。逃げるしかないわよね」


肩を落としている耳長ウィンの目に涙が溜まってる。

心配。立ち上がって耳長ウィンに駆け寄った。


「だいじょ……ぶ。きっとなん……とかなる」

「……うん」


わたしよりほんの少し背の高い耳長ウィンの頭をポンポンしたら抱きつかれた。体が震えてる。そうだよね。怖いよね。わたしも怖いからきゅっと抱きしめ返す。

そして体を離してから微笑み合った。

もう一度、石の舗装路に耳をつける。


「急……いだ方がいい」


さっきと違う音がはっきりと聞こえる。これは……別の集団? あまり重い音がしない。隠密スキルを使ってるように感じる。だから気づくのが遅れた。ていうことは……。


「ある程度、地下水路を進んだらまた上に戻ればいいと思うよ。崩落してるところを抜ければいいだけなんだからね」


鬼人ロンの言葉に耳長ウィンと土の妖精美少女も納得したみたい。狐人クウコはずっと無言で龍人ロンにしがみついたままだった。龍人ロンはお姫様抱っこしたまま気にもしないでいる。なんだか手慣れてる?


「なんでもいいから早く行くの!」


待ちきれない土の妖精美少女が音を立てないように足をあげては何度も石の舗装路を踏み踏みしてる。黙ってれば可愛いのに感情を隠せないタイプだね。


「よし。それじゃオルコ。案内よろしくできるかい」

「もちろん」


視線を交わしたみんなが歩みを進める。わたしは耳を石の舗装路につけたまま。

耳長ウィンがわたしに視線を戻した。


「ルプス? 行こうよ?」

「……きた」


石の舗装路から耳を離す。とうとう追いつかれたんだ。

少し離れた曲がり角から人影が現れた。全身黒づくめに剣とランタンを持ってる。奴隷商の方だった。だけど足音はほかにも聞こえてた。そっちももうすぐここにくる。


どうしよう。

この五人は戦えるの? 龍人ロンは力に自信があると、鬼人オルコは特技を、耳長ウィンは魔法が使えるって言ってた。けれど戦ってたら後続に追いつかれる。そしたらどうなるかもっと分からない。


狐人クウコが高い悲鳴をあげて龍人ロンにさらにきつくしがみついている。あんなんじゃ戦えない。耐え切れなくなったのか全身で絶叫をあげている土の妖精美少女はわたしよりもずっと小さいしなんとかできると思えない。鬼人オルコがいないと道案内ができない。


「ルプス。戦う、つ、つもりだよね? わ、わたしも、た、戦うから!」


長い耳を垂れさせているウィンが涙を流しながらわたしの隣に戻ってきた。声が震えてる。

無理だよ。

そんなにビクビクとした弱腰じゃ足手まといになる。最初に逃げるときも泣いていた。魔法が使えるとは言ってたけど争うのが苦手な子なのは間違いない。


わたしだって怖い。そもそも訓練だけで初めての実戦だし。

そう思うと怖くて足がすくんでしまう。

わたしは幼いころから怖がりだ。いつもルプスお母さまの影に隠れてた。狩りをするときだってピスィカにばっかり頼ってた。

ヴァイゼ孤児院にやってきてからも怖がってばかり。


だけど。

あの日を思い出せ。

あの絶望を思い出せ。

燃え落ちる妖精郷を。

ピスィカにされた仕打ちを。

ルプスお母さまの……最期を!


暗くて黒い思いが心の中を支配していく。

まるで闇に喰われるみたいに。

のどの奥から滲み出るような憎しみがもやとなって口から漏れている。

その事実に初めて気づきつつ、ほんの少しも疑問に思わず気にも留めなかった。


「ルプス! わたしも魔法で戦う!」


耳長ウィンの声に振り返る。

泣きじゃくってる。

怖いのに恐怖に負けないように踏ん張ってる。

その橄欖石ペリドットのように輝く黄緑色の瞳は希望にあふれる未来を信じているように感じた。


この子たちを守りたい!


口から漏れていた黒いもやが消えてなくなっていた。


「があああああ!」

怒れる狼の咆哮(ウルブスロアー)


殺意と怒気を込めて雄叫びをあげた。

ビリビリと空気が揺れ……あんまり揺れなかった。ルプスお母さまみたいにうまくできなかった。ほんとは気絶させたり恐怖心を植え付けて追い払ったりするんだけど。

けど少しは効果があったかな?

黒ずくめたちの足が少し止まった。


「早く行……って!」


あれ? 耳長ウィンの方が怖がってる。


「早く!」


2回目の呼びかけで我に帰った耳長ウィンが鬼人オルコに引っ張られていく。鬼人オルコの判断は間違ってないと思う。


「ルプス!」


耳長ウィンの瞳がわたしを心配してる。視線が切れて手を引かれながら走っていく。


みんなの背中を見送った。

怖くても戦う!

アーヤはがんばる!


四つん這いになった。ここは暗いからきっとわたしの姿は見えづらい。わたしは狼の獣人として思われてる。狼の戦い方をしても問題ない。

フォンセとルレイル先生の言葉を思い出す。周囲の環境に合わせて考えろと。


それほど広くない石壁の通路。迫り出した2階の底が見える。向こうはランタンを持ってる。消せばきっと見えなくなる。


「がるる!」

狼の疾風(ウルブスゲイル)


四つん這いで疾った。石の舗装路から石壁に駆け上がって疾る。あんなランタンの明かりだけじゃわたしの姿を簡単には追えないはず。通路の反対側の壁に跳ぶ。着地してもう一回跳ぶ。舗装路。石壁。迫り出した天井。順番をめちゃくちゃに跳んだ。


「どこだ!?」

「消えたぞ!?」


消えてない。わたしはここ。

一人目の足元にわたしはいた。ランタンの明かりがわたしの金色の瞳に輝く。男と視線が合った。


「ひいっ!」


石の舗装路に手をついてランタンを蹴り上げる。ドレスのスカートが舞う。ガラスが割れて炎と油が飛び散った。

ランタンは残り二つ。壊してしまえばこっちのもの。無理に倒す必要はない。逃げればいい。


「闇を払え! 光のとばり!」


魔法!

閃光がわたしの目を焼いた。眩しい。なにも見えない。夜目に意識を集中していて目が眩んだ。


「ぎゃん!」

痛いっ!


わたしの頬に感じる灼熱のような熱さ。微かに見えた剣閃。斬られたんだ。


「がるるるるる」


後ろに跳び退って唸った。頬から顎に血が垂れてポタポタと石を赤く濡らしていく。


「顔に傷をつけたらまずいだろ!」

「そんなこと言ってる場合か!? あの目を見ろ! ガキでも危険だ!」

「お、おい。あれ……」

「嘘だろ。傷が治ってく!?」


わたしの頬にできた裂傷がシュワシュワと雫があふれるように音を立てていた。自分では見えていないけど痛みが消えていく。傷口が治っていってる。あっという間に。

幼いころから不思議とわたしの怪我はすぐに治る。妖精郷でひどい火傷を負ったはずなのに治っていたのは自分でも不思議だった。

視界も元に戻ってる。


「あいつらが逃げるぞ!」

「追うんだ!」


振り返ったら地下へと続く穴に入っていくところだった。強い光のせいでみんなの姿が見られてる。行く先を知られてしまった。

食い止めるか、気絶させるか、それとも……。


相手は6人いる。全員武器を持ってる。裏オークションで雇われている男たちが弱いなんてことは絶対にない。そんなに簡単にできることとは全然思えない。

さっき、ランタンを壊すんじゃなくて一人でも倒しておけばよかった。そんな後悔はなんの役にも立たない。


「こいつはどうする!」

「囲め!」


ジリジリとわたしに向かってくる。それに合わせて後ろに下がる。

自分の息がフーフーと荒い。

魔道具の狼耳としっぽがわたしの心に反応して恐怖の感情を表してる。


だけど。みんなを守りたいという強い気持ちは消えてない。

伏せていた狼耳がピンと立ち上がる。


「魔法で捕えろ!」

「心縛れよ四肢を蝕め!」


ビリビリと肌に感じる圧力。体の周りで魔法の発現が起きてる。

危険!


「捕らえたぞ!」

「いや待て!」


頭上でドレスだけが魔法の網で縛られてた。

邪魔なドレスを脱ぎ捨てて咄嗟にしゃがんだ。地を這うような姿勢で。

ドレスの下に身につけていた黒地の仕事着があらわになってる。隠密用だけどドレスを着る必要があったから腕と脚は白い肌が露出してる。


とにかく足を止めないと。一人を倒せばきっと怯むはず。

四つん這いで突進した。剣を構える男の直前で真横に軌道を変える。石壁の低い位置に着地して跳んだ。狙いは男たちの中で一番端っこにいる男。その手前にいた男を死角にした。小さな体をより低くしたわたしの行方を追えていない男の脚をめがけて突進した。


「がう!」


小さく吠えた。こちらを向いた男の膝に頭突きをした。ゴキリと鈍い音がして男が膝を抱えて倒れる。

すぐに後ろに跳び退ろうとしたわたしの脇腹に強い衝撃を感じて弾き飛ばされる。


痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い!


男の手には棍棒が持たれてた。

痛くて意識が飛びそうになるのを我慢。空中でくるりと一回転して飛んだ先の石壁を跳ね返るように蹴った。棍棒を振りかぶったままの男の顔面を足裏で蹴飛ばした。もう一度、男の顔面を蹴って石壁に跳んだ。そのまま石壁を疾って距離をとる。


男は倒れたまま動かない。残りは4人。


「炎の礫よ 連なって焼き尽くせ」


一人の男が両手を斜めに広げた。手と手の間にいくつもの炎の塊が燃え盛ってる。わたし目がけて次々と打ち出される。

当たるもんか!

逃げるわたしの行手を狙って炎の礫が軌道を変えながら飛んでくる。

追いかけてくる!


「逃すか!」


剣を持った男が逃げた先にいた。誘導されたのかもしれない。

剣の切っ先が避けるわたしの急所を追ってくる。

ダメ。

避け切れない。

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