表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された鍛冶錬金師は、数値を信じるギルドを見限って静かに最強になる 〜評価されなかった生産職ですが、使った人だけが違いに気づきます〜  作者: 神崎タクミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
91/91

第91話 番外編 使いやすい、は数字にならない

※本編完結後の番外編です。本編のある時期、カイルの工房を、かつての客が訪ねてくる——そんな一場面です。物語の結末や設定には触れていません。ただ、数字にならなかったものの話です。

 工房の朝は、音から始まる。


 炉の低い唸り。

 金属を打つ、乾いた音。


 カイルはその日も、いつも通りに手を動かしていた。


 特別な仕事ではない。

 すり減った刃を直し、歪んだ留め具を戻す。

 誰かが明日も使う道具を、明日も使えるようにする。


 それだけだ。


「客よ」


 ミレアが、扉の方を顎で示した。


 カイルは手を止め、布で指先を拭う。


 扉の前に立っていたのは、見覚えのない男だった。

 いや——正確には、そうではない。


 年季の入った革鎧。

 肩の傷は古い。

 前線に立っていた者の、立ち方だった。


「……ここが、カイルの工房か」


 低い声。

 確かめるような口調だった。


「はい」


 カイルは短く答える。


 男は少し迷ってから、腰の得物を鞘ごと外した。

 手斧だった。

 柄は使い込まれ、黒く光っている。


「これを、覚えてるか」


 カイルは受け取り、目を落とす。


 一目で分かった。


 自分が打ったものだ。

 まだギルドにいた頃。

 名も残らない、量産の一本。


「……はい」


 刃を確かめる。

 欠けはない。

 留めも、緩んでいない。


 ずいぶん使われている。

 それでも、壊れていなかった。


「覚えてるか、じゃ悪いな」


 男は、ばつが悪そうに言った。


「あんたのことは、名前しか知らなかった。工房の奥にいる、生産職。……それだけだ」


 カイルは何も言わない。


 男は続ける。


「坑道で、はぐれた」


 一拍。


「装備は限界だった。仲間とも逸れて、水もなかった。……普通なら、そこで終わってる」


 カイルは手斧を握ったまま、聞いていた。


「でも、これだけは、最後まで折れなかった」


 男は、手斧を指さした。


「岩も、金具も、殻も——全部これで割って、出てきた。何度も無茶をした。折れて当然だった」


 一拍。


「折れなかった」


 静かに、男は言った。


「だから、生きてる」


 工房が、静かになる。


 炉の音だけが、残る。


 カイルは、刃をもう一度見た。


 数字なら、言える。

 鋼の配合。

 焼きの温度。

 重心の位置。


 だが、この男が言っているのは、それではない。


「……壊れない設計に、しただけです」


 カイルは、それだけ言った。


「派手なものでは、ありません」


「ああ」


 男は頷いた。


「派手じゃない。切れ味が凄いわけでもない。……正直、支給されたときは、はずれだと思った」


 一拍。


 男は、少しだけ笑った。


「でも、使いやすかった」


 その言葉に、カイルの手が止まる。


 ——使いやすい。


 昔、そう言った者がいた。

 評価表にも、報告書にも載らない言葉。

 数字にならないと、切り捨てた言葉。


 証明できなかった、と思っていた。


 違ったのかもしれない。


 証明する必要は、なかった。

 ただ、使われればよかった。

 こうして、誰かの手の中で。


「……直しますか」


 カイルは、努めていつも通りに訊いた。


 男は首を振る。


「いや。まだ使える。あんたが今、そう言った」


「はい」


 カイルは、手斧を鞘に戻し、返した。


「まだ、使えます」


 男は受け取り、腰に戻す。


 それから、少しだけ迷って、言った。


「……礼を、言いたかっただけだ。それだけだ」


 言い終えると、逃げるように背を向けた。


「また来る。今度は、直しに」


「はい。お待ちしています」


 扉が閉まる。


 工房に、また炉の音だけが残った。


 ミレアが、作業台に頬杖をついていた。


「よかったわね」


 からかうような声。

 だが、目は笑っていなかった。


「……数字には、なりません」


 カイルは、ハンマーを取り直す。


 ミレアは、肩をすくめた。


「知ってるわよ」


 一拍。


「でも、残るのよ。そういうのは」


 カイルは答えなかった。


 ただ、次の一本に、手を伸ばした。


 窓の外は、いつも通りの朝だった。


 特別なことは、何も起きていない。


 ただ、壊れなかったものが、今日もどこかで、使われている。


 それだけで、十分だった。


本編完結後の番外編でした。

第1話でカイルが切り捨てた「使いやすい」という言葉を、今度は人の口から返してみたかった、という一話です。本編の結末には、何も足していません。ただ、数字にならなかったものの話でした。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ