第一話 途中の始まり 幕間
魔術。
一千年前に突如登場した、人智を超えた、しかし人にしか扱えない技術。
おとぎ話では、この世界ではないところから来た人間が、この世界を魔術のあるものに書き換えたのだという。私たち魔術師は、それと“契約”をすることで魔術を行使している。その存在を本気で信じている魔術師は少ないものの、“契約”なしでは魔術が成り立たないことも事実だ。
才能あるものはこれを修め、解体し、先へ進み、世界への理解を高めていく。
かつては私もそうだった。今はどうか。
窓から外を見る。
私の人生でもこの数年は慌ただしい時期だった。魔術師協会の上層部が刷新され、とばっちりでエチカ師匠が国家魔術師の資格を剥奪され、同時に行方をくらませてから二年。
更にそれから、エチカ師匠の弟子だったという理由で私が何もない、誰も訪れないこの城に飛ばされてから一年が経った。ということは、私がマリアと離れてから一年か。この一年、私はほとんど誰とも会話をしていない。月に一度、近くの小さな街へ食料などを買い出しに行っているだけだ。協会から渡された支度金はまだ三年分はあるだろう。ようは、この期間に進退を決めろという意味だ。協会に忠誠を誓い中央都市に戻るか、身分を返上し、野に下り一介の魔術師として生きていくか。前者ではエチカ師匠の研究を引き継ぐことはできないし、後者も、おそらく、研究というものからかけ離れた生活になるだろう。
どちらにせよ、私にはもう意味のない人生だ。
そう思っていたところに、協会から一通の通知が来た。
発見された新しい魔術師候補の開発について。
育成ではなく開発という言葉が気になったが読み進める。
近く戦争が西方の国と行われる。その際に魔術師の改変能力を利用することが決定された。現場指揮官として招集する。拒否される場合は国家魔術師の身分は返上すること。
くだらない。
魔術を人殺しの道具に使うとは。
協会も落ちぶれたものだが、私をわざわざ選任させるのは彼らにも僅かな抵抗心があるからだろう。
続きを読み進める。
ついては、大規模な改変の供給源として以前発見された魔術師候補の利用を検討する。彼女から魔力を抽出することを優先事項として、貴殿の研究を活用せよ。抽出、保管、利用が成功するのであれば、彼女の状態は問わない。
自分たちで否定をしたエチカ師匠、私、マリアの研究に利用するなど、協会もかなり行き詰まっているのだろう。つまり、正攻法では無理だと。
書かれている彼女の詳細を読む。
莫大な魔力を持ちながら、何一つ魔術を使えない人間。
彼女のことについては、昔三人で話題にしたことがあったな、と思い出す。
師匠に言わせれば、この人間は外部との接点を持たない、ということだ。魔術師が魔術を使うには自身の魔力と自然に存在する魔素とを結びつける必要がある。このかけ算が表に出てくる魔術だ。この接続能力が人にはあり、それは外部からの影響を受けるということでもある。それがまったく存在しない人間は魔術が使えるかどうかに関係なく、存在しない。もしも存在するとするならば、それはこの世界に存在するあらゆるものから孤立している、ということだ。
師匠が聞いたら喜んだだろう。
あのとき、三人で話していた解決法は……
彼女がやってくるのは一ヶ月後。
それまで準備をしておこう。
「はじめまして、君がエミーリアだね」
馬車から降りた彼女を私は迎える。
彼女は小さく頷いた。
「私はアラン、君を魔術師にするための大事な役を与えられた、たぶん最後の魔術師だ」
彼女は魔術師、という言葉にわずかに肩をびくつかせた。
「最後……?」
「そう、私がそれを成功させるからね」
「私は、魔術を使える……?」
「きっとね。それに、私は君に魔術を教えるためにいるわけじゃない。君を『魔術師』にするためにいるんだ」
「違うの……?」
彼女が顔を上げる。絶望に溢れ、それでも希望を捨てきれない顔だ。
「その違いを、私は君に教えようと思う」
「うん……」
「お父様ですね」
後ろに立つ父親に声をかける。
「わかっています。もしも実験が失敗すれば、当初の予定通りに」
彼女を、ここに幽閉する。
彼女がここに来て三日経った。
「質素なものしかなくて申し訳ないね」
彼女は首を振った。
「どうして、何もしないの?」
「まだ疲れているだろう? 夜もろくに眠れていない」
「それは、そうだけど、他の人は」
「他の凡庸な魔術師と比較されると困るね。私は私のやり方がある、君に専用のやり方だ」
「専用……」
「そう、私にしかできない、君だけに使える、とっておきの方法だ」
「どんな?」
「それを事前に君に伝えると効果がなくなってしまう。だが、そうだな、信頼関係は大事だ。認識結界については知っているね」
「うん」
「まあ、それに関することだ。私の認識結界に君を招待する」
彼女が肩をふるわせる。
似たような実験は他の魔術師でも行われていたのだろう。
「私の認識結界は攻撃的なものではないよ。君に危害を与えることはできない。とても弱い結界だ。だからこそ、君に効果がある」
「こんばんは、エミーリア」
ベッドから起き上がった彼女に声を掛ける。
「あの……」
「ここが君の世界か」
周囲を見渡す。ベッド以外は何もない。だだっ広い白い空間があるだけだ。終わりも見えない、ただの白。これが彼女の気持ちを表している。
「私の認識結界は、厳密には『私の結界』ではない。他人の見ている夢に侵入、干渉する例外的な仕組みを持っている。面白がった人はいたが、魔術師としてはあまり優秀ではないね」
彼女のそばに一歩歩み寄る。
「なんでもいいから魔術を使ってごらん」
「でも……」
彼女が両手を握って胸元に持っていく。
「魔術の最も重要な考えは、できる、と思うことだ。できると思えないものは、魔術として成り立たない。魔術というのは想像力の発現だからだ。教科書の序章に書いてあっただろう。君が君の世界でさえ魔術が使えないのなら、君自身が魔術を使えると本当は信じていないからだ。それなら私が君に教えることはない」
「う……」
「少なくとも、私は信じているよエミーリア。さあ、なんでもと言っても困るかな、火を呼び出すのにしよう。誰でも最初に学ぶ魔術だ」
私は指を立てる。
「契約を」
そこに火を灯す。
彼女は私をしっかりと見て、両手を前に出し、小さな声で、
「契約を」
と言った。
彼女の目の前で巨大な炎が出現して私に触れるまで迫ってきた。
「わわわ」
慌てて彼女が手を閉じる。
「そこまでやれとは言っていないが……、まあいいとしよう。これで証明ができたね、君は君の世界でなら魔術が使えるんだ」
「それは……」
「つまり、どの範囲を君自身だと認識するか、それが問題なんだ」
「でも……、私の夢の中だけで」
「それを私がなんとかしよう」
ゆっくりと近づき、私は彼女の頭に手を乗せる。
「目を閉じて」
指示に従って、彼女はぎゅっと目を閉じて下を向いた。
「君の世界を拡張する。すべてが君の世界だ」
私が彼女の魂に触れたとき、私が宣言した通り彼女の世界があふれ出した。
時は流れ、別な世界の軸から彼女を観測してから八十年八ヶ月二十日後。
「ああ、君は気づいてしまったのか」
「うん」
「アランがヒントをくれた」
「そうだね」
彼女はあのときの記憶をどれくらい思い出しているのだろうか。
「魔術の基礎は、認識の改変、そして、できると強く思うこと。私は、内側だと思ったものに作用して魔術を使うことができる。だから、私はアラン、あなたを内側だと認識すればいい。そうすればあなたは私の一部になって、生き続けることができる」
「きっとね」
「私が死なない限り、私が魔力を供給し続ける限り、アランも死なない」
「そうだね。それが君の選択であれば」
これは私の贖罪だろうか。
いいや、これからが私の始まりにもなるだろう。
「一緒に行こう」




