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【コミカライズ原作】およそ100年幽閉されていた魔術師夫婦は世界を巡る  作者: 吉野茉莉


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第一話 途中の始まり ⑩

10

 目を覚ましてぐしゃぐしゃになった涙を右手で拭う。


「おはよう」


 アランが私の頬を撫でる。


「おはよう」


 私もそれに返す。


「顔を洗っておいで」


「うん」


「そうしたら、終わりを始めよう」


「うん」


 アランが部屋を出て行く。


 私も起き上がり、顔を洗いに部屋を出た。


 そこで私は違和感に気がつく。私が普段使う通路は重点的に掃除をしているはずだった。それなのにところどころ壁が欠けているように見えた。床もざらついている気がする。袖に触れる。糸がほつれてほどけていた。それが何を意味しているのか、私にはわかっていた。顔を洗い、アランが待っている食卓に行った。


 食卓にはアランが座っていて、私を見て一度何かを確かめるように頷いた。


「朝食を」


「いや、それはもう大丈夫だよ。なぜ大丈夫なのか、君はわかっているとは思うが」


「うん」


 私はアランに向かい合って座る。


 すぅっと息を吸う。今までと違う空気を吸っているようだった。


「私は、どれくらいいるの?」


「八十三年八ヶ月と二十日」


「そんなに長く……。まって、アラン、それだけ正確に日数がわかるってことは」


「私は君と違って毎日を自覚していたからね」


「そう……」


 アランの答えにもさほど驚かなかった。


 いや、驚いてはいるのだけど、それ以上に、そうだったのか、という納得が先にあった。


「……この城にはもう何もないんだね」


「君は君の魔力が満ちたこの結界内でなら、魔力が尽きるまで生き続けることができる。そして君の魔力はほぼ尽きることがない」


「うん」


 冷静に考えればわかりそうなものだった。誰も入ってこない城に、いつまでも食料があるわけがない。おそらく調理場も食料庫も空っぽで、パンだって肉だってどこにもないのだろう。衣服だって、小物だって、どんなに大切に使っていたとしてもいずれ綻んで朽ちていく。それを私は認識が改変されたまま、いわば見ないふりをしてきたのだ。


 アランが食事を出されて戸惑っていたように見えたのはそういうことなのだ。彼の前にも私の前にも何もなく、ただ食べているそぶりをしていただけだったのだ。


「君は正しく世界を認識した。君が望んだ結果ではなくても、今見えているものが、正しい世界だ」


「結界は?」


 アランが軽く肩をすくめる。


「そんなもの、今やほとんど何の意味もなしていないよ。君がそれを不要だと思うのなら、すぐになくなってしまう」


「アランは、もしかして」


「ずっとこの城にいた。君には見えない世界にいたがね。君の世界に干渉できるまでこれだけかかった。ずっと君を探していた。私が言っていたことはほとんど嘘だ。隣国との戦争はすでに終わっているだろうし、君の家ももう残っていないかもしれない」


「そう、あなたもひとりぼっちだったのね」


「ああ、君に会う日を心待ちにしていたよ。八十三年八ヶ月二十日もね」


 アランが微笑む。そこに恨み言はなかった。


「あなたの望みはなに?」


 アランが私の頭の上、少しだけ遠くを見る。


「私の望みは、『正しい』死を得ることだ」


「正しい……、死?」


「私は一度死んでいる。いや、死んだままだ。君の魔力を取り込んだ私は、この城の中では君と同じく不死に近い存在で、君がここで暮らしている限り終わることがない。終わったことを認識できないからだ」


「よく、わからない、けど」


「もう死んでいることにうんざりしている。私はもう終わりたいんだ。これでようやく叶う」


 そこでアランは溜め息をついた。


「どうすれば、それは」


「なに、君が結界を解いて城の外へ出るだけだ。解くのも簡単だ、そう君が願えばいい。そうすれば私も君も止まっていた時計が進みだす。君は成長して正しく生きることができるようになって、私は正しく死ぬことになる」


「そんなの、よくないと思う!」


 ついテーブルを叩いてしまう。


「よくない? よいかどうかは私が決めることだよ」


「そうだけど、そうだけど、生きられるなら、その方が」


「まあ解釈は任せるよ。君が認識していなかったであろう八十年以上という時間を私は認識していたんだよ」


 私は孤独だった。そうは思っていたが、時間の流れを認識していなかったのだから、毎日を繰り返せていただけだ。それに対してアランは毎日毎日、一人であると実感して暮らしていたのだろう。


「それじゃあ、君の準備ができたら呼んでくれ。私は一旦部屋に戻るよ」


 アランが立ち上がって出て行ってしまう。


 私は一人残され、力が抜けて動くことができなかった。

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