試験(4)
「ヘレナ、この世界は残酷だ。優れた人間だけが生き残り、それ以下の人間は簡単に切り捨てられる。あるいは最初から存在などしていなかったように扱われる」
昔、父がよく口にした言葉。幼かった私が覚えられるほど、何度も何度も語ってくれた。
「けれど、諦めてはいけない。どんな境遇に苛まれようと自分の力を信じて最後まで努力を続けるんだ――いつか必ず自分たちを切り捨てた人間に一矢報いる瞬間が訪れる。その時のために刃を丹念に研ぎ続けるんだ」
父の口調は穏やかだったが、その内に秘めた黒い感情を子どもながらに感じ取ってしまい、当時の私は怖いなと思いながら口を挟まず聞いていた。
今になって思う。父は一矢報いることが出来たのだろうか。
いいや、きっとできなかった。
だから、私は今、ここにいるんだ。
父の思いを背負って、この魔術学園に。
「それでは〜次はぁ……ヘレナ・アトレーナ」
ティア教員が私の名前を呼んだ。
息を吸いこみ、肺を思いっきり押し込む。そうすることで、重心が安定するように感じられる。
次に息を吐き出し、軽くなった体で前へ出た。
例えばこれが、下級魔術師である私たちを見捨てた上級魔術師に一矢報いる物語の最初の1歩だとしたら。
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アトレーナ。これは私の名前ではない。出身地の地名だ。名を馳せた貴族にならないと固有の名称を授かることはできない。
なので平民は出身地の名前を姓として授かる。
しかしこのアトレーナという地名もあの日失われた。そう、10年前に魔獣に襲われて。
アトレーナは魔獣に滅ぼされた村として世に名が知れ渡った。そしてアトレーナを名乗るということは平民の生き残りを自負するということになる。
貴族社会の魔術師の中ではそういう存在は異端、あるいはタブーとして捉える人もいる。
気にならないといえば嘘になる。ここにいる全員に嫌悪的な視線を向けられている気がする。
囁き声が呪詛のように聞こえる。
さっきまでの威勢はなくなり、まるで断頭台に向かうような気分だった。蒼白になった顔を下に向け障壁の前で立ち止まる。今にも吐きそうだ。
黒いローブに付いたフードを深々と被る。私に向けられた視線も嫌悪感も全て遮断するように。
「はい〜、それではヘレナ・アトレーナ、試験を開始しますぅ」
そんなことは気にも止めない様子で、ティア教員は試験開始を告げた。
ボロボロになった杖をそっと握りしめる。
この傷の一つ一つに思い入れがあり価値がある。
この杖が私の続けてきた努力を刻み続けてくれた。
私はこんなに頑張ったんだ。
……よし。いつも通り……いつも通りに……。
片足を半歩後ろに下げ、胸を張る。
杖を持つ腕は障壁に標的を定めて真っ直ぐに、そして全身から溢れる魔力を腕から流して杖に伝えるイメージで。
――アトレーナ……?
――アトレーナって、あの生き残りか?
――なんでそんなやつがこの学園に?
風魔法は空間を支配して発動する魔法だ。そのため周りの音が風に乗って嫌でも私の耳に届く。
気にするな。私はこいつらとは違う。ここまでの道のりは私だけのものだ。生まれつき魔力に恵まれて楽をしてきたやつらとは違う。私の邪魔をするな。
――下級魔術師が何してんだ。
――アトレーナ姓なんてまだいたのか。
――下級魔術師なんてあの時死んでればよかったのに。
詠唱を続ける。何も聞こえないふりをして。
一語一句間違えないように。丁寧に。そして美しく。
一つ一つの工程を完璧にこなす。
ヘレナの周りに風が纏い始め、ローブをはためかす。今朝の朝練よりも強くそして荒々しい風。
深く被ったフードが風圧で飛ばされた。
巻き起こった風に乗って、水滴が宙を舞った。
私だって、あの時魔法が使えれたら――
私だって、生まれつき魔力が多ければ――
私だって、私だって!!!
そこでヘレナは目を見開いた。
しまった……魔力のコントロールが――。
暴走した思考は魔力の散乱に繋がる。あの障壁を壊すにはまとまった魔力をぶつけないと。
今からなら――ダメだ……魔力を無駄に漏出してしまっている。
嫌だ……こんなところでミスするなんて。
立て直さないと……。
さぞかし滑稽に見えるだろう。下級魔術師が勝手に暴走してあまつさえ泣き顔まで晒して。
もう……いいや。
ふと、客観視した自分があまりにも愚かで、杖まで繋げようとした魔力がプツンと切れてしまった。
そしてその場に崩れ落ちた。
「ヘレナ・アトレーナ……辞退というとこでよろしいでしょうか?」
ティア教員の呼び掛けに、首を縦に振る。
「ではぁ、下級魔術師Ⅲということで……」
試験場に笑い声が起こる。それも嫌味を含めた笑い声。
聞きたくない。こんなところに居たくない。
フードを深々と被り、そして走り出すようにヘレナは部屋から飛び出した。
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「ねぇ!!! 待ってよ!!!!」
教室を飛び出してすぐに誰かが私を呼び止めた。
中性的な男性の声だ。
「君、ヘレナ・アトレーナって言うんだっけ……」
彼も慌てて部屋を飛び出したのか、息が整わないまま話し始めた。
「僕は……アルマ・スタンル。下級魔術師Ⅲで、そして学術師の見習い」
私を呼び止めたのが意外な人物だったので、思わず息を飲んだ。
「私に……なんか用?」
同じ下級魔術師Ⅲとして慰めに来たのだろう。
だとしたらムカつく。
「君の魔法を見て確信したんだ!!」
アルマは興奮気味に顔をぐっと近づけた。
「ちょっと近い近い……」
ぐっと腕を前に出して押し返す。
「君とだったら、きっと……」
そういうとアルマは自分の胸の前に拳を作り、ぎゅっと握りしめる。
「僕と……付き合ってください!!!」
彼の紅潮した頬がまるでチークのように見えて、思わず女性のように見えてしまった。
「…………は?」
……告白された……? なぜ……?




