試験(1)
大理石で埋め尽くされた床。埃や汚れなどは見当たらない。掃除が行き届いているのだろう。だからこそ、ひび割れた部分やや抉れた箇所が目に着く。
そしてアーチ型のスレンドグラスが立ち並ぶ鮮やかな壁。
スレンドグラス一つ一つに、英雄と謳われた魔術師たちの歴史的な1幕を切り取ったデザインが施されており、それらが太陽の光を浴び神々しく輝いている。
最奥部には5メートルを超えるであろう、魔術師の祖先「sutendga」と「neerdea」の彫刻が生徒達を見定めるようにそびえ立っている。
そんな大広間の中に集められた魔術師の生徒100名。その中にヘレナの姿もあった。
そして綺麗に整列された生徒に向けて、今から行われる昇級試験の説明をする魔術学園の教員が2人居た。1人は生徒に向けて段取りの説明をし、もう1人の教員は用意された机にうつ伏せになったまま微動だにしない。
段取りの説明をしている教員は風魔法を巧みに使い、自分の声を遠くまで聞こえるように拡散している。
「さて、それでは説明した通り、この試験によって自分のランクが別れます。つまり、自分の"今後"が決まるということです。下級魔術師Ⅲからいきなり中級魔術師に繰り上がった生徒もいれば、ずっと下級魔術師のまま卒業していった生徒もいます」
下級魔術師のまま卒業していった生徒という言葉を聞き、クスクスと小さな笑い声が起こる。
「……魔力量とは遺伝から受け継がれる部分が多いので仕方がないところもあります……しかし、魔力を持っているということが、この国にとって優れた存在の証明にもなります。ここに入学された貴方たちは選ばれた人間であるという自覚を持ち、そして今回の試験も手を抜かず、しかと自分の実力を出し切ってください」
一通りの説明を終え、風魔法を解除する。すっとした鼻筋に乗せられている眼鏡を軽く持ち上げ、その鋭い眼差しで机にうつ伏せになっているもう1人の教員を睨んだ。
「おい、ティア教員。いつまでそうしてるんだ」
怒りを抑えたような、あるいは呆れたような声で彼は言った。
「んぅ……もう終わったんですか……? あー、きもちわるぅ……」
箒のようにまとまった1つ結びの髪の束がのそりと動き出す。
持ち上がったその顔はあまりにも白く、目の下には青黒いクマが浮かび上がっている。目には生気が宿ってなく、覗かれたら吸い込まれてしまいそうな漆黒がそこにあった。
「まったく、貴女という人は。生徒たちの大事な昇級試験の前日ぐらい深酒を止めたらどうですか」
生気のない顔を見て大きくため息を吐く。それと同時にまた眼鏡がずり落ちてしまう。
「……眼鏡〜、似合ってないから、止めた方がいいですよ〜?」
ティアと呼ばれた教員は眉をへの字に曲げぷぷぷと笑う。
「……ちっ。るっせーな。これがあった方が知的で頼りになりそうって思われるんだよ。いわば教員のマストアイテムだ。お前も教員としての自覚があるのなら身なりを整えろ。生徒に下に見られるぞ」
眼鏡の位置をまた調整する。その額には青筋が浮かび上がっていた。今にも物理魔法を発動させそうな気配が漂っている。
それを見たティア教員は嬉しそうににやりと笑う。
「お〜こわこわ〜。……まぁあたしはぁ、ガラの悪いヴェイル教員の方が好きですけどねぇ。……あーあと……」
ティア教員はどっこいしょと、重い腰を持ち上げる。
猫背が印象的だか、それよりも目を引くのがその不健康そうな顔に見合わないほどの長身だった。
「あたしは身なりじゃなくて、実力で生徒たちを従わせてますからぁ。それに、ヴェイル教員だってぇ、あたしには敵わない〜……でしょ?」
ヴェイル教員を見下ろしながらそう言った。
不気味に微笑んだその瞳に一瞬、光が映えた。
……がしかし、次の瞬間には床にヘタレ込み口元を手で押え始めた。
「お、おい……? どうした? ……あ、おい!! 待て!!! ここで絶対に吐くなよ!!! おい! 聞いてんのか!! 掃除すんのは俺なんだからな!!!! おい!! おい!!!!!」
風魔法を使って拡散した声よりも、さらに大きな声が大広間に響いた。




