朝
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いやあああああ!!!!
頭の中を劈くような鋭い音に思わず、飛び起きる。
「…………夢……?」
まただ。夢の中の私の悲鳴で起こされてしまった。
これで何度目だろう。
もう10年も前の出来事なのに、音や匂い、あの時の温度まで鮮明に再現した嫌な夢だ……。
――肺が痛む。呼吸が浅くなっていたのか。
寝室の窓から溢れる明かりが未だ薄暗く、重たい空気が漂う。
忘れられるわけない。私が今日に至るまで魔獣に対して――そして魔導師協会に対してどれほどの憎しみや恨みを抱いてきたか。
もしあの時、魔獣が襲ってこなければ。
もしあの時、魔導師協会が上位魔術師を常駐してくれていれば、助かる命だってあったのかもしれない。
結果として上位魔術師が着いた頃には村は全焼、生き残れた人は私を含め、わずか10名ほどだった。
そして何より、今でも後悔していること。もしあの時、私も戦えるほどの魔術師として成長していれば……。
いいや、とヘレンは首を振る。
肩の上で切りそろえられた黒髪が弧を描くように広がった。
あの時の私はまだ6才。逃げ延びるのに精一杯だったのだ。
それに、もし戦えたとしても、あの魔獣を相手にしてたらと思うと……
ぎっ……唇を噛み締めた。噛み締めた部分にじんわりと鮮やかな赤みが帯びる。
――悔いは止めにしよう。
どんなに願ったとしても、過去は変えられない。
今はただ、変えられなかった過去を償うように、あるいはこれから待ち受ける未来に対して、後悔をしないように。私にできること全うするだけだ。
頬を叩き気合いを入れる。息を大きく吸い、そしてゆっくりと吐く。
次に寝癖で外に跳ねた髪の毛をブラシで梳かし後ろ手に1つ結びをした。
まだ日の上りきらない薄暗い朝方のことだった。
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片足を半歩後ろに下げ、胸を張る。杖を持つ腕は標的を定めて真っ直ぐに、そして全身から溢れる魔力を全身から流して杖に伝えるイメージで。これが自分が最も魔力を放出できる姿勢だ。何百回何千回と試行錯誤を繰り返し、ようやくたどり着いた基本姿勢。
――さて。
朝の澄んだ空気をいっぱいに吸い込み、ゆっくりと詠唱を開始する。
それはまるで歌を口ずさむように軽やかに、それでいて狂いもなく正確に。
校外の誰もいない静かな森の中に、ヘレナの詠唱が響く。
その詠唱によって作り出された呪文が杖の周りを螺旋のように走り、そして杖の中に取り込まれるように消えた。
「wfllウィル(風) bcanヴェン(弾)」
詠唱によってイメージした形を勢いよく発射する。
繰り出された風の魔法は、弾丸のように弾け、木々を揺らし土を吹き飛ばし、舞い散る葉っぱすら綺麗に両断した。
木々のさざめきが止んだ頃に、ようやく今日の自身のコンディションを把握した。
「……まずまずってところね」
今日という日のために、何百回と繰り返し詠唱を練習した。魔力の流れもコントロール出来ようになった。
あとは魔力さえ増えてくれれば良かったのだが……これは遺伝的な要素が強いのでそこまで望むことはしなかった。
その変わり、足りない魔力をカバーするために私にできることは全てやったつもりだ。
今日は下級魔術師Ⅲの昇級試験がある。この試験の結果次第では下級魔術師Ⅱ、あるいはさらに高い評価を得ることができれば一気に中級魔術師にだってなれる可能性がある。
私は早く上位魔術師にならなくてはならない。
上位魔術師になって、そして……。
――よし、頑張ろう。
そうしてヘレナは魔術学園の試験が始まるまで朝練を続けた。




