記憶の穴
「――――っ…………ん……」
眠気を覚えながらも、目を開ける。
すると――天蓋……だろうか? 寝具に沿うように、水色のカーテンが僕を囲んでいる。
僕が寝ている寝具の感触は、とても柔らかい。良いベッドなのだろう。
だけど、そんなことより。
ここは……どこだろう? いや――それよりも、もっと重要なことが分からない。
――僕は、誰だ?
……奇妙な感覚だ。
今まで培ってきた知識は覚えているのに、自分が何者で、誰と関わり、どんな人生を過ごしてきたのかを全く覚えていない。
僕は、何をしたら良いのだろう? 僕は、何がしたかったんだろう? ――そんな、もどかしさを覚えた。
――トントントン…………ガチャ――
ノックの音がして、扉が開かれたような音がした。足音が近づいてくる。
何者か分からない足音に身構える。
……誰だろう? 僕の家族だろうか? それとも――
足音が止まったかと思うと、カーテンが開かれた。
その正体は、真紅のドレスを着た赤髪の少女だった。
「……っ――ジンク…………ジンク!!」
「うわっ!」
僕を見て動揺したかと思うと、すぐさま抱き着いてきた。ジンク……それが僕の名前だろうか。
驚きはしたが、良い人そうで安堵した。……だけど、それと同時に悲しくなった。
彼女に、僕が記憶喪失であることを告げなければならないのだ。
僕は抱き着いた彼女が落ち着きを取り戻すと、問い掛ける。
「……あの……どうしたんですか?」
「どうしたんですかって……どうして急に敬語を使うの? 私とあなたの仲じゃない」
僕の言葉に笑って返した。冗談だとでも思ったのだろう。
彼女の言葉から、僕と深い関係である事が窺えた。
数瞬、躊躇いながらも、更に問う。
「……あなたは、どなたですか?」
「…………え?」
彼女は目を見開き、呆気に取られたようだった。
「すいません。……僕、本当に何も覚えてなくて……」
彼女は僕の言葉で我に返ると、目元に涙を浮かばせ、頭を伏せた。
「そんな……やっぱりっ……ジンクはっ…………」
息を詰まらせながら言うと、彼女は泣き叫んだ。まるで、溜めていた悲しみが溢れたように。
「――ごめんなさいっ……ごめんなさいっジンク――」
「…………」
そんな彼女に、僕は声を掛けれなかった。
――泣き出してから暫し。
「……その……ごめんなさい。急に泣き出しちゃって……」
「いいえ。気にしないでください」
「別に敬語じゃなくて良いわ」
彼女は苦笑すると、思い出したように顔を上げた。
「そう言えば、まだ、あなたの質問に答えてなかったわね」
「いいえ。無理に答えなくても――」
「大丈夫よ。あなたが無事でいてくれるだけで、私は嬉しいもの。それに、あなたには記憶を思い出して欲しいし」
言って、彼女は微笑んだ。少しは、前向きな気持ちになっただろうか。
彼女は胸に手を当て、続ける。
「私はレイネ。レイネ・アルグラントよ。後、あなたにすぐ抱き着いたのは――あなたが……目覚めたのが、その……嬉しかったから……」
彼女――レイネさんは途中、目を逸らした。
「……そう、なんだ」
場が少し沈黙する。少し、気まずい。
「そ、それで、僕はどれくらい意識が無かったの?」
「1週間よ」
「1週間⁉」
そんなに気を失っていたのか。……どうして気を失っていたんだ?
と、僕の疑問に答えるようにレイネは話す。
「実は……あなたを狙っている集団がいてね……その集団にあなたは攫われそうになったの。記憶喪失はその集団によるものだわ。ここまで強力な魔法となると――恐らく魔道具を使ったのね」
「魔道具……魔法を使えない人が魔法を使うための道具……だよね?」
「……あら? ――もしかして、知識はある程度覚えているのかしら?」
「うん。多分、大体は。あっでも、人の名前とかは、全然覚えてない」
「そう……」
レイネは黙考するように顎に手を当てた。
「とりあえず、この別荘を案内するわ。あなたを守るために暫くここで生活してもらうし、色々見ている間に何か思い出すかも知れないから」
「……うん。分かった。――別荘?」
「そうよ。ここは私の別荘なの」
それから、僕はレイネに別荘を案内された。僕のいた部屋は3階の東側奥にあり、その階には執務室や書庫、執事やメイド専用の部屋、2階には大きな厨房やダイニングルーム、1階は多くの来賓用の部屋が設けられていた。そして、外には多くの花で飾られた広大な庭――…………本当に別荘なのだろうか?
家名とこの施設から察してはいたけど、やっぱりレイネは貴族令嬢だった。
「どう? 何か思い出せそう?」
「ごめん。何も思い出せない」
「そう……やっぱり、そう簡単にはいかないものね」
レイネは苦笑交じりに言った。
「外に出た方が記憶を思い出せるんじゃないかな?」
「そうしたいのは山々だけど、敵がどこにいるか分からない以上、あなたを外出させるわけにはいかないわ」
「そうだった。外には敵がいるんだった」
「もう……記憶のことより、自分の身を案じなさい!」
渋い表情で僕を指さす。少し怒っているようだけど、何だろう……むしろ、少し可愛いような――
「何見てるのよ」
「いや……何でもないよ」
僕の答えに、レイネは訝し気な表情。
なるほど。レイネは表情が分かりやすいのか。
「まぁ、安心して。兵士たちがあちこちにいたでしょ? アルグラント家の精鋭と、叔父様が手配した国軍の兵士が守護してくれてるの」
「そうなんだ……」
――ああ……やっぱり、分かりやすい。彼女の優しさが、表情に滲み出ている。
彼女が微笑むのを見て、そう思った。
記憶を失う前の僕は、彼女の何だったのだろうか――
「――お嬢様っ!!!!」
唐突に、男の叫び声が響いた。
声のした方を向くと、慌てた形相の兵士2人がこちらに向かって走っていた。
兵士たちは眼前に着くと、レイネに跪く。
「何があったの?」
「申し訳ございません! 先日、ジンク様を襲ったと思われる一団が邸内に侵入しました!」
「何ですって!?」
レイネは驚愕した表情を見せると、表情を強張らせる。
あれだけの兵がいたのだから、当然だろう。
「警備は万全のはずなのに……――クロード、ノルア。あなたたちはジンクをお願い。私は援護に向かうわ」
「なりませんっお嬢様! 御身に何かあれば――」
レイネが掌を出し、兵士の言葉を止めた。
「分かっているわ。安心なさい。厳しいと判断したら、撤退するわ」
「……承知しました」「どうか、御武運を」
「ジンク。また後でね」
言って、彼女は駆け出す。
僕は返事を躊躇った。
――また後で? レイネが戦っている間、僕は逃げていて良いのだろうか? いいや、駄目だ。それはできない。僕のために動いてくれる彼女を放っては措けない。
魔法の知識は残っているし、戦い方も分かる。経験は覚えていなくても、力になれるはず。
決心するや否や、僕はレイネの後を追った。
「待って!! 僕も戦う!!」
僕の叫びにレイネは振り返る。
「駄目よ!! あなたが戦場に出てしまえば、敵に捕まるリスクは高まるのよ!?」
「分かってる!! 分かってるけど……!!」
説得するための言葉が思い付かない。
彼女は逡巡を滲ませながら、僕の後ろへ視線を向けた。
「クロード、ノルア!!」
「はっ!!」「承知しました!!」
「うわっ!」
どうやら、僕に追いついていた2人に確保されたらしい。
「ジンク様、どうかご容赦を」
言って片方の兵士が僕を抱えると、もう一人の兵士と共にレイネとは逆の方向へ走っていく。
僕は結局、彼女が駆けていくところを見る事しかできなかった。
「ジンク様、着きました」
兵士に連れて来られたのは、僕が目を覚ました部屋の前だった。
「……どうしてここに?」
「ここがジンク様にとって最も安全なのです。ジンク様へ悪意を持つ者を入れないよう結界を張っています」
「……なるほど」
結界を長時間張るだけでも難しいのに、更に特定の条件による効果発動……僕は随分と厳重に守られているようだ。
そんなことを思いながら、2人と共に中へ入る。
中には誰もいないと思っていたけど、先客が1人いた。
レイネと同じくらいの背丈だろうか。一つ結びされた銀髪の少女がこちらを見た。
「誰だ!!」「ジンク様、我々から離れずに!」
叫びと共に僕の前に立った護衛2人は、少女に向けて剣を構えた。
一見、白いワンピースを着た可愛らしい少女に見えたけど……よく見ると、腰に短剣を携えている。――まさか、彼女が僕を狙う集団の一味……?
だけど、僕を見据える彼女の表情には、憂いと焦りが滲んでいた。
表情そのままに、彼女は叫ぶ。
「――ジンク!!」
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