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朝食

「なぜそんなに金に執着するんだ?」

 

 いきなり直球の質問が来てナタリアは一瞬答えを躊躇した。


「……」

「婚約者相手にも金貸しをしているそうだな?」

「頼まれてお金を貸しているだけですわ」

「金利まで取るとか?」

「慈善事業をしているわけではありませんから」

「パトラ村の管理官としてかなりの報酬を受け取っているはずだが? 何のために金を貯めているんだ?」


 随分突っ込んだ質問だがナタリアは落ち着いた声で答えた。


「人生の問題の九割はお金で解決できますわ。蓄えが多すぎることはありません」

「その若さで人生を分かったようなことを言う。婚約者にも容赦なしか?」

「元、婚約者です。金利も無しにお貸しすると際限なく借り続ける方でしたので」


 本当ならアダムになど大切な金を貸したくなかった。


 しかし、遠乗りに行くために新しい装束と馬が欲しい、金がないなら税率を上げると言い出し、周囲がどれだけ止めても説得に応じようとしなかったため仕方なくナタリアが貸すことにしたのだ。


 他にも似たような理由で貸した金はかなりの額にのぼる。


 結婚したら財布が同じになるのだから帳消しだろうと甘い考えでいたので結婚しようがしまいが借金は借金だと通告したところ婚約破棄という暴挙に出たのであった。


 愚かとしか言いようがない。


「元、ね? セドリックから話は聞いている。あの莫迦に借金を返済させるために帝国が協力してやってもいい」

「それは有難いお申し出です」


 皇帝から圧力をかけられたら、さすがにあの莫迦も借金を返す気になるだろう。


 しかし、無料ただで助けてくれるはずがない。


 『対価は何か?』と考えていたところ、カイルがおかしそうに笑った。


「お前は無表情なのに考えていることが手に取るようにわかる。そうだな。代わりにパトラ村で今何が起こっているかを教えてもらおうか」


 びくりとナタリアの肩が揺れる。


 なぜ露見したのだろうと一瞬考えたが、帝国の騎士団が常駐しているのだ。


 秘密を隠し通せるわけがなかった。


 仕方なくナタリアは金色の繭と伝承の話をした。


「加護? どんな加護があるんだ? 富と幸運なんて曖昧なものだけじゃ分からん」

「申し訳ありません。悪意をはじくとも言い伝えられておりますが、田舎の小さな村のことですのでまともな記録も残っておらず……」

「なるほどな。その金の繭はどうするつもりだ?」

「……村長もまだ決めていないようです」

「俺が全部買おう。価値があるものなのだろう?」

「それはもう……。他に類を見ない金色の絹になりますのでその価値は計り知れないと思います」

「よし、商談成立だな。あとで事務官と相談してくれ」

「待ってください! まずは村長に相談しないと! いくらなんでも横暴です!」

「お前が説得しろ」


(一方的ね……。いいわ、高値を吹っかけてやるから)


 売りたくないと言っても無駄なのは分かっている。


 アルバン公国に奪われるよりは高値で買ってもらったほうが村にとってもいいかもしれないとナタリアは自分を納得させた。


      ◇◇◇


 翌朝、ナタリアは寝台から飛び起きて身支度を整えると厨房に向かった。


 飼育係にとってきちんとした食生活は基本中の基本である。


 体の大きなシャチはとにかくよく食べた。


 彼らの食欲に比べたら『無』に等しいカイルの食事に懸念を抱いたナタリアは、じっくりと料理長と献立の相談をした。


 カイルは睡眠時間以外、基本的に仕事をしている。


 食事の時間も惜しんでいるようなので、仕事をしながら食べられる献立を考えたのだ。


「おはようございます」

「おはようございます! ナタリア様。ご指示いただいた通りに調理したつもりですが……」


 厨房では料理長が既に皇帝の朝食を準備してくれていた。


 仕事しながらでも片手で食べられるサンドイッチをお願いしたのだが、具材はせっかく思い出した前世の記憶を活用することにした。


 卵サンド。この世界にはマヨネーズがないので、夕べレシピを料理長に渡し、刻んだゆで卵にあえるように頼んでおいた。


 ローストビーフサンド。ローストビーフは存在するがそれをパンにはさむという発想はこの世界にはない。


 薄切りのローストビーフにディジョンマスタードを塗ってルッコラと一緒に挟みサンドイッチにする。


 フルーツサンド。生クリームにイチゴとバナナをパンにはさむ。カイルは甘党であることも確認済みだ。


 一口サイズに小さく切ったサンドイッチに紅茶の用意をしてティーワゴンにのせるとナタリアはカイルの執務室に向かう。


とんとん


 部屋をノックすると返事はないが、ごほんっという咳払いが聞こえたのでナタリアは扉を開けた。


「おはようございます、陛下。よく眠れましたか?」

「ああ」


 書類に目を落としながらも相変わらず瞳は死んだ魚のように曇っている。


 構わずにナタリアはワゴンを机に近づけた。


「失礼します。お仕事しながら片手で食べられる朝食です!」

「……」


 制止されなかったので、ナタリアはカイルの右側にある書類を慎重に移動させながらサンドイッチの皿を置きお茶を入れた。


 爽やかなアールグレイの香りが周囲に漂い、カイルが思わず仕事の手を止めた。


「いい香りだ」

「ええ。お食事も召し上がってくださいね」

「君は食べたのか?」

「え? いいえ。この後、厨房でいただきますわ」

「そうか」


 どことなくがっかりしたような風情にナタリアは首を傾げた。


「おひとりだと寂しいですか?」

「そんなことあるわけないだろう!」


 顔を赤くしながら卵サンドを口に運んだカイルが「うっ」とうなった。


「どうしました? お口に合いませんでしたか?」


 もぐもぐと咀嚼してゴクリとのみこんだカイルは驚いた顔でナタリアを見返した。


「美味いな。なんだこれは? アルバン公国の伝統料理か?」


 ナタリアは心の中でガッツポーズを作る。


「いいえ、これは偶然知った外国の料理ですわ。お気に召して良かったです」

「ああ。美味いし簡単に食べられる。肉もいいな」


 そう言いながら次々にサンドイッチを口に運んでいく。


「果物はめったに食べないがこうすると美味いものだな」

「甘いものは心を落ち着かせてくれますわ」

「そうかもしれない」


 カイルはあっという間に用意した朝食を食べ終えると紅茶も飲み干した。


 食が細い、というより食べることに興味がないとセドリックが心配していたが、今日の朝食は気に入ってもらえたようだ。


「良かったですわ。食器をお下げします。わたくしの朝食が終わりましたら謁見のお仕度のお手伝いをさせていただきますね」

「仕度くらい一人でできる」

「はい。では、わたくしは最終確認だけさせていただきますわ」


 ティーワゴンを押して部屋を出きながら笑顔を向けると、カイルは口をつぐんだ。


 今日の午後にアルバン公と公国貴族らとの初めての謁見の儀が控えている。


 アルバン公と同じ空間にいることを想像するだけで気分が悪い、が仕事は仕事だ。


 仕方がない。


 厨房に戻りゆっくりと豪勢な朝食をいただき食後のデザートとお茶まで楽しんだ後、ナタリアは再びカイルの執務室に戻っていった。

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