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『転生した聖女は傷だらけの暴君を癒したい』

「どうした? 大丈夫か?」


 カイルに声をかけられてナタリアは自分が考えにふけっていたことに気がついた。


「申し訳ありません。ついぼーっとしてしまいました。えーと、殺したい人間は両親ではありませんわ……。いえ、もちろん生きていてほしいとは思いませんが」

「なんだそれ?! 結局死んでほしいってことじゃないか?」


 思わずカイルが噴き出した。


「あの人達は大嫌いですが殺したいほどではございません」

「もっと深い恨みがあるというのか? 復讐か?」

「そうかもしれませんわね」


 これ以上話すつもりはない。ただカイルは納得したように一人頷いている。

 

(皇帝カイルが先代皇帝を殺した理由も復讐だったから共感しているのかしら?)


 ナタリアは前世に読んだラノベ『転生した聖女は傷だらけの暴君を癒したい』のストーリーを思い返した。


      ◇◇◇


『キール帝国』は強大な専制国家だった。


 絶対的権力を握る皇帝は欲望のおもむくままに行動し、多くの人々を踏みにじる。


 しかし、不幸なことにそんな暴君を諫められる者はいなかった。


 皇帝が気まぐれに手をつけた侍女が男児を産み、赤ん坊の左手の甲には生まれつき竜紋の痣があった。


 一頭の竜が円を結ぶように身をくねらせている紋である。


 竜紋の痣がある人間はいずれ国の頂点に立つという伝承があった。


「この赤子が国の頂点にだと!? 儂を滅ぼすつもりか⁉」


 自分もいずれ死ぬ、ということを受け入れようとしない皇帝は、息子のカイルに取って代わられる未来を妄想し怒り狂った。


 皇帝は産まれたばかりの赤ん坊に暗殺者を送りこんだ。


 身を挺してカイルを守った母親は惨殺され、その隙に逃げた乳母が隠れて彼を育てていた。


 しかし、カイルが十歳の時に乳母も殺され皇宮に連れていかれる。


 一方、学者が歴史を紐解くと竜紋のある皇子が若くして死ねば国が衰退するという史実が見つかり、廷臣達が必死にカイルの命乞いをした。


 その結果、殺される代わりに利用されるようになった。


 竜紋を持つ者は最強の戦士になるとも言い伝えられている。


 彼は問答無用で国家のために戦う一兵卒にさせられたのである。


 しかし、カイルは母と乳母を殺された恨みを決して忘れず復讐の機会を窺っていた。


 そして十五歳になった時、皇帝を殺し自らが皇帝となったのだ。


 情勢が不安定な中、クーデタ騒ぎに乗じて隣国のアルバン王国が突然キール帝国を攻撃してきた。


 そうして両国の血みどろの戦いが始まる。


 キール帝国は強大な軍事国家であったが、アルバン王国には山が多く複雑な地形のためなかなか進軍できず攻めあぐねていた。


 暴力的なクーデタのせいでカイルがキール帝国内の支持を得られず、国をまとめられなかったことも原因の一つであろう。


 戦争が長期化すると国民の生活は苦しくなり、傷ついた兵士達が続々と戦場から運び込まれてくる。


 そんな中、アルバン王国には治癒魔法を用い傷ついた人々を救う聖女フローラの姿があった。


 運命に引き寄せられるように聖女フローラと出会った皇帝カイル。


 彼の凍りついた心が少しずつ癒され、最終的に両国は和平条約を結び戦争を終結させる。


 そして真実の愛に目覚めた二人が結ばれるという物語であった。


(本の中では、戦争が長々と続いた挙句、キールとアルバンの引き分けに終わったのよね)


 物語とは異なる現実を思い出しナタリアの表情は強張った。


 今のこの世界ではアルバン王国(当時)があっという間に敗北し、キール帝国の天下になっている。


 実はアルバン王国が簡単に負けた原因はナタリアにあった。


 キール帝国がアルバン王国に進軍を始めた頃、彼女が真っ先に心配したのはパトラ村のことであった。


 むやみやたらに進軍されたら町や村が被害に遭う。


 パトラ村だって例外ではない。


 戦争は偉い人たちだけで勝手にやってほしいとアルバン王城内部への秘密の通路を手紙にしたため、キール帝国の皇帝に届けてほしいと偶然出会った帝国軍の斥候の少年に手渡したのであった。


 アルバン王国は卑怯にも不意打ちでキール帝国を侵略しようとした。


 いくら政情不安定だったとしても軍事的に優位を誇る帝国に勝てるはずがない。


 愚か者のアルバン国王のせいで国民が苦しむのはまっぴらだという気持ちもあった。


 今考えると無謀なことをしたと思う。


 しかし、奇跡的にその手紙は皇帝のもとに届いたらしい。


 皇帝自らが率いる小部隊が電光石火の速さで王城に侵入、隠れていたアルバン国王を捕獲し全面降伏を引きだしたと聞いている。


 普通に考えればアルバン国王は処刑されていたはずだ。


 しかし、皇帝カイルは予想以上に寛容であった。


 アルバン国王がアルバン公となり、公国がキール帝国の属国になった以外、処刑された者はいない。


 カイルはやみくもに人を殺す皇帝ではないとナタリアが確信しているのはそのためである。 


 多くの貴族が憎悪しているキール帝国と皇帝だが、我が国で迷惑しているのはそれまで贅沢三昧だった貴族だけで、帝国の厳しい法律のおかげで腐敗が少なくなった結果、民衆の生活はむしろ向上しているのだ。


 それにパトラ村は無事に保護され、ナタリアが管理官として任命された。


 無論、帝国への納税が義務になったが、必要な修繕や輸送などは帝国が手配してくれるし絹の加工に使う道具なども安く仕入れられるようになった。


 物語の筋書きは大きく変わってしまったかもしれないが、ナタリアは後悔していない。


 おかげで両国とも一般市民の犠牲を出さずにすんだのだ。


(戦争なんて何も悪いことしていない人達が殺されたり略奪されたりするんだから早めに決着がついて良かったのよ。でも……運命の恋人との出会いを邪魔してしまったのは申し訳なかったわ)


 戦争の負傷者はほとんどいなかったので聖女フローラの出番はなかった。


(皇帝陛下と聖女フローラが出会った時にはせめて結ばれるよう応援するわ。お世話係を引き受けた理由の一つもフローラに会った時に良い印象を持ってもらいたいからだし……。もっとも肝心のフローラがどこにいるのか分からないんだけど)


 怪訝そうな表情を浮かべるカイルにナタリアはにっこりと微笑みかけた。

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