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計画

バタンと荒々しい音を立てて扉が開いた。


「何が起こった!?」


 踏み込んできたのはセドリックだった。背後にはキール帝国の騎士たちが剣に手をかけ、即座に室内を制圧する。張り詰めた空気が一瞬で凍りついた。


 ナタリアは一歩前に出る。


「この方たちは皇帝陛下を害する企てをしました。そしてわたくしの顔に傷をつけようとしたのです」

「嘘だ!」


 床に膝をつき苦悶に顔を歪めながら父親のハインリヒ伯爵が叫ぶ。


「ナタリアが……ナタリアが、儂らを陥れたんだ……!」

「その通りですわ! 私たちは……うっ、罠に嵌められて」


 継母も憎悪に満ちた視線で訴える。


「そうよ……ひどい……痛い……ひどいわ」


 ローザがすすり泣くような声をあげた。


「おねえさまのせいで……こんな……傷跡が残ってしまうわ……人生台無しよ」


 責める声が重なり視線が一斉にナタリアへ向けられた。


 だが、セドリックは動じない。騒ぐ者たちではなく静かに立つナタリアへ澄んだ眼差しを向けている。

 

 そして、その背後。いつの間にかそこに立っていたディードリヒが低い声で口を開いた。


「皇帝陛下はご無事だ」


 淡々と、しかし断定的に言い放つ。その言葉が落ちた瞬間三人の顔から血の気が引いた。


「お前たちの企てはすべて露見している。もう終わりだ」

「な……なんだと……」


 父は言葉を失い、再び呻き声を漏らす。


「く……っ、痛い……」


 ディードリヒは一歩前に出た。


「証言も、物証も揃っている。今さら誰かに罪をなすりつけたところで、意味はない」


 騎士たちが無言のまま距離を詰めると三人は必死に後ずさる。


「あの……セドリック様、まずは応急手当をお願いできますか?」


 自分を傷つけようとした人間でもさすがに皮膚が爛れている姿を見たら放ってはおけない。


 両親とローザは呼び寄せられた救護班によって応急処置を施された。薬を塗られ包帯を巻かれても三人は呻き声と不満を漏らしている。


 騎士たちが手当の済んだ三人を連行しようとすると父は歯を食いしばり「この売女め!」と叫んだ。


 継母は唇を震わせ、ローザも恨みがましい目でナタリアを睨みつける。


 表情を強張らせたセドリックとディードリヒが口を開く前にナタリアは彼らの前に仁王立ちになった。


「わたくしを脅して危害を加えようとしたこと、皇帝陛下のこと、アルバン公国は王国に戻るという世迷言。全て法廷で証言する所存です。もうあなたたちはお終いです。覚悟くださいませ」

「くそっ、いい気になりやがって!」

 

 父親の視線には悔恨も反省もない。あるのは『なぜお前ばかりが』という歪んだ怒りだけだった。


(最後まで同情の余地がなくてかえって良かったわ)


「負け犬の遠吠えにしか聞こえませんわね。ざまぁみろという感想しかありませんわ。お母さまをアルバン国王に売り渡したこと、毒を渡して死に追いやったこと、それらも詳らかになるでしょうね」

「な、なんでそれを⁉」


 父親の顔色が土気色になり、ローザの肩がびくりと震えた。継母も気まずそうに顔を背けている。


 それで十分だった。ナタリアは母親を殺したのは彼らだったという確信を得た。


「騎士の皆さま、どうかこの方々を連行なさって」

「ひどい……おねえさまのせいでこんな……」

「くそっ、こんなはずじゃ……」


 ローザが嗚咽し父が低く呻く。継母は何も言わずによろめいた。


 騎士たちは無言で彼らを促し扉の向こうへ連れ出していく。引きずられる足音が遠ざかるにつれ小部屋には静寂が戻った。


 ナタリアはただその場に立ち尽くしていたが、長年の復讐が一つ節目を迎えたことを実感していた。


     ◇◇◇


「セドリック様、ディードリヒ、皇帝陛下がご無事ということは計画が上手くいったということですわね?」


 ナタリアはそう言いながら感傷を振り払うようにセドリックに視線を向けた。


「ああ。君のおかげだ。アルバン公、アダム公世子、ハインリヒ伯爵家、全員が皇帝暗殺の企てに関わっていた証拠と証言が押さえられた」

「いいえ。どちらかというとディードリヒのおかげですわ」


 ディードリヒは苦笑いしながら頭を掻いた。


「いや、俺だったらあんな計画は立てられなかった。浴槽に毒を流しこめるように見せかけた配管図であそこまでうまく釣る、なんてな」

「しかもその図面はナタリア嬢が描いたものなのだろう? わざと欠陥を残し皇帝陛下には害が及ばないようにした、というのだからたいしたものだ」

「いえ、そんな……。うまくいって良かったですわ。仕込み役の役者さんの手配は全部ディードリヒがしてくれましたから」


 ナタリアが控えめに言うとディードリヒは片目をつぶって笑った。でも、どこかぎこちない仕草がいかにも彼らしかった。


「ナタリアが資金を用意してくれたおかげだ。雇った役者たちは報酬の額に大喜びでしたよ。ハインリヒ伯爵邸を訪ねて『異国で学んだ絶対に露見しない邪魔者を消すやり方があるんですけどね』と伝えたらすぐに飛びついてきたそうだ。ちょっとは疑うと思っていたから驚いたよ」

「あの方たちは自分に都合のいい話ほど簡単に信じますから」


 ナタリアは淡々とそう言った。


「ああ、すっかり信用してハインリヒ伯爵がアルバン公に話を持ちかけたそうだ。ナタリアの図面通りの配管にするため連邦総督邸の改築を申し出て、国民投票の結果が出る前に排除したかったようだが、陛下が浴室を使わなかったので焦って尻尾を出した。セドリック様があらかじめ陛下に自室の浴室を使わないようお願いしていたおかげでもあるんだけどな」


 計画を実行段階まで詰めたのはやはりディードリヒの手腕だった。


「では、やはりアルバン公たちはわざと陛下の服を汚して浴室を使うように差し向けたのですね?」

「ああ。毒の瓶はハインリヒ伯爵夫人とローザ嬢の結った髪の中に隠して屋敷に持ち込んだようだ。警護の騎士はわざと見逃したんだが、まさか腐食の薬液なんていう物騒なものまで用意しているとは思わなかった。ナタリア嬢が無事で本当に良かった。姿が見えなくなったと聞いて肝が冷えた。すまなかった。陛下の方に気を取られて油断した」


 セドリックの口調には本気の後悔が滲んでいた。


「いえ、陛下がご無事で何よりですわ。わたくしはいずれ復讐が済んだら修道院に入るつもりでしたから多少顔に傷がついても問題なかったですし。……でも、結果として無事で良かったと思っています」


 ディードリヒが叱りつけるような真剣な表情を浮かべたので、ナタリアは素直に頭を下げた。


「えーと、それで陛下が入浴しようとなさった時に誰かが毒を流しこもうとしたのですね?」

「ああ、アルバン公の侍従が配管図に描かれた箇所に毒を流しこんだところを現行犯で逮捕だ。しかもアルバン公とアダム公世子がすぐ近くで見張っていた。無関係だという言い訳は通用しないだろう?」


 セドリックが答えた。


「陛下の浴室で湯を使う音が配管を通じて聞こえてきた。万が一本当に毒が浴槽に流れていってしまったらどうしようと不安だったんだが……。それくらい君の配管図はよくできていた」


 ディードリヒの言葉にナタリアは苦笑した。


「それらしく描いただけですわ」

「改築を担当した業者からその配管図も押収してある。アルバン公自らがその通りに施工しろと命じたと証言も取れた。その上、浴槽につながっているように見える配管に実際に毒を流しこんでいる現場を押さえたんだ。殺意は十分に立証できるだろう」


 セドリックが安堵したように息を吐いた。


「あ、それからハインリヒ伯爵家の侍女長のメグがどこかに監禁されているかもしれません」

「分かった。すぐに対処する」


 ディードリヒがきびきびと命令を出す。その姿が頼もしい。


「それで陛下は今どこに?」


 無事で良かったと思いながらナタリアは尋ねた。


「今頃は舞踏会の最後の挨拶をしているところだろう。君のことを心配して付いてくると言っていたんだが、俺たちが絶対に君を守るからって何とか説得したんだよ」


 セドリックの言葉にディードリヒも静かに頷いた。


「では、わたくしたちも会場に行ったほうがよろしいのではないかしら?」

「ああ、そうだな。ディードリヒ、後のことは任せていいか?」

「もちろんです。セドリック様」


 ナタリアとセドリックは足早に舞踏会の会場に向かった。

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