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ライバル?

「それで何が目的ですか?」


 軽やかな足さばきで踊りながらナタリアがセドリックに尋ねた。


「何が?」

「セドリック様は何の意味もなく行動する方ではありませんから?」

「単に君と踊りたかった、と言ったら?」

「それを信じられると思います?」

「信じてもらわないと。本当にそれだけだよ」

「まさか……」

「俺はさ、生涯結婚する気はないんだ」

「はぁ、わたくしには関係のないことですが一応理由を伺っても?」


 踊りながら二人は密やかに会話を続ける。その姿をあちらこちらから非難がましい視線が追いかける。


「家族を持つ自信がなくてね。俺の父親は最低のクズ野郎で関わる人間をことごとく不幸にしてきた。身体的な暴力だけでなく言葉の暴力も酷かったな。俺だけじゃなく母や妹も被害者だった。だから家族っていうものがよく分からないんだ」

「……」


 思いがけなく深刻な話にナタリアは言葉を失った。セドリックは苦笑いを浮かべる。


「でも、俺たち以上に苦しい思いをしてきた人間がいる。俺はその人に償うために生涯を捧げると決めたんだ」

「それは皇帝陛下のことですか?」


 なんとなく思いつきで言っただけなのだが、セドリックは困ったように微笑んだ。


「まずいな。君はいつも勘が良すぎる」

「詮索はしませんわ」

「助かるよ」


 前世で読んだラノベ『転生した聖女は傷だらけの暴君を癒したい』を思い出して、ナタリアにはセドリックの正体がわかった気がするが今は黙っておこう。


「だから、その人が素直になれるように俺が起爆剤になったらいいなって思ったんだ」

「起爆剤?」


 きょとんと首を傾けるナタリアの耳元に顔を近づけて「思った通りだ」と囁いた。カイルもそうだがセドリックも無駄に声がいい。ナタリアの頬が紅潮した。


 タイミング良く音楽が終わり周囲からバラバラと拍手が起こった。セドリックとナタリアは手を取り合って優雅に会釈をする。


「おい!」


 その時、背後から声がして振り返ると何故か服を乱れさせたカイルが息を切らしながら駆け寄ってきた。


 突然舞踏の場の中心に現れた皇帝に、周囲の招待客は呆気に取られて口をぽかんを開けている。


「おやおや、必死だね? 皇帝陛下?」


 セドリックがニヤニヤしながらナタリアの手を放すと、カイルは彼女の手を取ってずんずんと歩き出した。


「へ、へいか? どうなさいました?」


 カイルは黙ってバルコニーに通じる扉を開き、そのままナタリアを外に連れ出した。


「……君はセドリックに好意を持っているのか?」


 真面目な顔で向き直るとカイルが尋ねた。


「は!? 何の話ですか?」

「セドリックは君に好意を持っていると思う」

「好意って……上司としては尊敬していますし、信用できる方かも、って最近になってようやく思えるようになりました」

「それだけ、か?」


 驚いて目を見開くカイル。


「はい」

「でも、セドリックのような完璧な男に心を惹かれたりはしないのか?」

「完璧……? まぁ、王子様みたいだなと思うことはありますが」


 カイルの肩がびくりと揺れた。


「育ちがいいから品があるしな、優しいし、面倒見がいいし、俺も随分助けられてきた。いざというときに頼りになる。それだけじゃない。社交も上手だし女性を喜ばせる話術も持っている」


 キール帝国の皇帝が何故か拗ねた顔でセドリックをべた褒めする。


「君だって男として選ぶなら俺なんかよりセドリックだろう?」

「いえ、男性として選ぶなら陛下ですわ」


 思わず本音が漏れてしまい慌てて両手で口をふさぐがもう遅い。


「え? 俺?」


 カイルの端整な顔立ちが真っ赤に染まった。ナタリアの頬も熱くなる。まさか前世のシャチのようでカワイイから、などと本当のことを言うわけにもいかない。


「えっと、わたくしは……えーと、黒と白のコントラストが似合う殿方が好きなんです!」


 苦し紛れに出た言い訳はめちゃくちゃだが、カイルは妙に嬉しそうだ。自分の髪をつまみあげ、全身黒の衣装を眺めている。


 その黒い衣装の一部が濡れていることにナタリアは気がついた。色のせいで気がつきにくいが胸元から腿までべっとりとした液体で濡れている。


「陛下、何があったんですか?」


 カイルがアルバン公と面会していたことを思い出し、ナタリアの顔色が変わった。


「いや、心配ない。事故、だったんだと思う。気楽に話せるようにとアルバン公が飲み物を用意してくれていたんだが、俺にグラスを手渡す時に運悪く躓いてしまったようだ。甘いリキュールだと言っていたからべたべたするが……」


 あのアルバン公が用意した飲み物を簡単に信用していいのか? ナタリアの胸がざわついた。


「心配するな。彼らから普段以上の敵意や殺意は感じなかった。それに連邦総督邸に持ち込む飲食類は食器まで含めて全て事前に厳しい検査を受けなくてはいけない。毒や危険物を持ち込むのは至難の業だろう」

「それはそうかもしれませんが……」

「アルバン公とアダム公世子は平謝りだったよ。部屋で体を洗ってきてください、設備を新しくしたので、とか言っていたな。彼らが浴室や配管を新しくしたんだろう?」

「はい。そのようにセドリック様から聞いておりますが……」


 ナタリアは眉をひそめた。


「俺は毎朝剣の鍛錬をした後に外の井戸で体を洗うだろう? だからまだ部屋の浴槽は使ったことがないと言ったら……」


『皇帝陛下のために快適な浴室を設えました。使い心地がどうだったか教えてください』


 アルバン公とアダムが笑顔で勧めたという。


「取りあえずは部屋に戻って着替えてくる。ついでに湯も浴びてこよう。俺の出番は舞踏会の最後に挨拶をするだけだから問題ない」

「アルバン貴族との社交などは……」

「悪いな、興味ない。アルバン公の治世が否定されたばかりで俺や帝国への反感もあるだろうし。……ナタリアはどうする? 疲れているなら君も自室に戻って構わないぞ?」

「え、いいえ。わたくしはもう少し……」

「またセドリックと踊るのか?」


 カイルの顔が少し曇った。


「え⁉ いいえ! わたくしはダンスはもう……。ただ、いろいろ気になることがあるので」

「そうか。ダンスはしなくてもできるだけ信用できる人間の近くにいてくれ。セドリックか……ディードリヒは来ていないのか?」

「今夜ディードリヒも舞踏会に参加すると聞いていたので探してみますわ」

「そうか。気をつけろよ」

「はい。陛下もどうか油断召されませぬよう」

「ああ」


 軽くナタリアの頭にぽんと大きな手のひらを載せた後、カイルは会場を出ていった。

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