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ダンス

 華やかなはずの舞踏会がお通夜のような雰囲気に包まれたが、弦楽器の演奏が再開すると救われたように人々の緊張が緩んだ。


 唯一不穏な敵意を帯びているのはアルバン公とアダムであったが、ハインリヒ伯爵家の面々がそこに加わるのが目に入った。


 自分の両親と異母妹のローザが憎々しげに自分を睨みつけているのでナタリアはさりげなく視線を別の方向に移す。


(わたくしのせいじゃないわよね……? いい加減、全部自業自得なのだと学んでくれないかしら)


 しかし、理不尽な恨みつらみが自分に向けられる可能性もある。用心しなくては、と思っていた矢先にカイルが耳元に顔を近づけた。


「気をつけろよ。あいつら、何かたくらんでいるかもしれない」


 話の内容よりも囁くような低い声の色気に当てられてナタリアの頬がカッと熱くなる。


「わ、わかっておりますわ!」

「顔が赤いぞ?」

「ここはちょ、ちょっと暑いので……」

「大丈夫か?」


 自分の色気に無自覚なカイルが大きな手のひらをナタリアの頬に当てる。麗しい尊顔が至近距離に迫り、そんなことをされたらますます赤面してしまう、とナタリアは立ち上がった。


「陛下! 踊りましょう!」

「ん? ああ。でも本当に大丈夫か?」

「大丈夫ですわ! ちょっと体を動かしたくて」


 カイルとナタリアが広間に降りていくと音楽が静かに転調した。黒い革手袋に指先を重ね、ナタリアは舞踏の輪の中心へと入っていく。


 その瞬間、金色のドレスが淡く光を放ち、二人の周囲だけが別の空間のように映った。金の繭にはやはり不思議な力があるのかもしれない。


 カイルの動きは無駄がなく正確だ。ナタリアの足取りも自然と調和し、淡く光る裾が円を描いて床を撫でるたび、金の光が波紋のように広がった。


「なんてお美しい……」

「お似合いですわね」

「まだ皇帝陛下には皇后がいらっしゃらないのでしょう?」

「もしかしたら……ねぇ? ナタリア様と親しくしておいたほうが」

「ねぇ、あのドレス……! どこで手に入れたのかしら? 今度は絶対にはわたくしも……」

「あの悪女の手綱を握るとは皇帝陛下もさすがですな」

「側室でも構わない。娘を売りこめば……」


 羨望、打算、そして嫉妬の感情が空気に滲み出している。好き勝手かまびすしい貴族たちの視線が二人に集中しているのが分かった。


「周りに気を取られるな。俺だけを見ていろ」

「……陛下は無自覚に女たらしでいらっしゃいますよね?」

 

 思わず口から本音が漏れてしまった。カイルの顔が焦ったように紅潮する。


「は!? 何を言っている? 自慢じゃないが俺はずっと女性とは縁のない生活をしているんだぞ?」


 本気で戸惑うカイルにナタリアはふふっと笑った。


「冗談です。そうですね。今は踊ることに集中しましょう」


 朗らかに笑うナタリアにカイルも優しく微笑みを返した。


 ダンスで旋回するたび金色のドレスが光を弾き、広間の中心を支配していく。自分たちに視線が集中しているのを感じてもまったく気にならなくなった。


 音楽の最後の音が静かに消えるとカイルは一拍の間を置きナタリアを半歩前へと導いた。広間の視線が再び二人へと集まる。


 彼は皇帝としての威厳は崩さぬまま完璧な角度で礼をした。続いてナタリアも応える。


 金色のドレスの裾を静かに広げ、光に包まれて身を沈めるその動きは優雅でありながら揺るぎがない。文句のつけようもない二人の所作に広間に沈黙が落ちた。


 やがて、ためらいがちな拍手が広がり始める。


「はぁ……非の打ち所がございません。素敵でしたわ」

「ため息が出ますわね」

「優雅のお手本のようなダンスでした」

「キール帝国の皇帝がこのように洗練された紳士だったなんて……。噂なんてあてになりませんわね」


 素直な賞賛の声が聞こえてくる。しかし、同時に視界の端に苦虫を嚙みつぶしたようなアダムの顔と悔しそうに顔を歪めるローザが見えた。


 カイルにエスコートされて演壇上の席に戻るとセドリックが冷たい果実水を用意して迎えてくれた。


「さすが気が利くわね。ありがとう」


 セドリックからグラスを受け取るとナタリアは一気に果実水を飲み干した。ライムとレモンの酸味と冷たさが体を動かした後の喉に心地良い。


 カイルも果実水を飲みながらセドリックと何やらキール語で話し込んでいる。


 視線を感じてナタリアがふと顔を上げるとこちらを注視していたらしいセドリックと目があった。


「ナタリア嬢、約束は覚えていますよね? 一曲お相手をお願いいたします」


 さすが連邦総督。手を差し伸べる姿も堂々としていて品格がある。


「ナタリア、無理して踊らなくてもいいんだぞ?」


 何故か眉間に皺を寄せたカイルにナタリアは笑顔で首を振る。


「全然嫌ではありませんし、セドリック様にはお世話になっていますから」

「そ、そうか、それならいいんだが……」

「そうですよ。皇帝陛下。それより陛下と一対一でお話しになりたいとアルバン公閣下より要望がありました。一対一は危険なので護衛はつけますが、別室を用意しましたのでそちらへどうぞ。ナタリア嬢のお相手は俺が立派に務めますから」


 片目をつぶりながらセドリックが告げるとカイルは苦々しい表情を浮かべた。


「お、お前は……ナタリア嬢に変なことをするんじゃないぞ!」

「変なことってなんだい、陛下?」

「皇帝陛下、どうかわたくしのことはご心配なさらず。セドリック様はいつだってとても紳士的ですわ」

「くっ……いいか? 抜け駆けはするなよ!」


 何を言っているのか分からないが、カイルは何度も名残惜しそうに振り向きながらアルバン公と面会するために別室に向かっていった。


「それでは姫君、どうかお手を」


 セドリックのクリーム色がかった手袋の上に指先を置く。カイルと対照的に今日のセドリックの衣装は全身が白い。すらりとした体形と王子様のような爽やかな容姿にピッタリの礼服である。


 先ほどから若い令嬢たちがセドリックに熱い視線を送っているのは気づいている。


「セドリック様と踊りたい令嬢はあちらに沢山いらっしゃるようですが……?」

「俺の立場は微妙でね。特定の令嬢と親しくなりたくないし、そう思われたくもないんだ」


 ナタリアなら後腐れも面倒もないということか。


「ま、いいですわ。一曲だけでよろしいですわね?」

「ああ、光栄だよ」


 キラキラの王子様のようなセドリックに導かれるナタリアに対して、嫉妬の視線が矢のように放たれているが今さらどうでもいい。


「皇帝陛下だけでなくセドリック様にまで媚びを売って!」

「色目を使うことくらいしかできないくせに……」

「どうやって取り入ったのかしら?」

「悔しいわっ! どうしてあんな悪女が!」


 たかが悪口程度、ナタリアは意にも介さない。澄ました顔でセドリックにエスコートされ、堂々と踊りの輪の中に滑り込んだ。

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