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舞踏会

「何か変ですか?」


 舞踏会は連邦総督邸で行われる。その控室で、ナタリアは自らのドレス姿に目を遣りながらキール帝国皇帝カイルに尋ねた。


「いや、美しすぎて目が離せなかった」

「またまたご冗談を」


 笑って応じるが思いがけなくカイルは真剣な顔で答える。


「本当だ。その……金色の繭のドレスもよく似合っている。やはり正解だったな」

「気前が良すぎますわ。もしわたくしのドレスを作るために購入されると知っていたらあんなに……」


『吹っかけなかったのに』と言いかけて慌てて口をつぐんだ。沈黙は金、だ。しかしカイルは楽しそうに笑うばかり。


「君のおかげで先の戦争では最小限の戦力で勝つことができた。あれくらい吹っかけたうちにも入るまい」


 カイルの笑顔がやけに甘すぎる気がしてナタリアは返答に困った。


「有難いお言葉です。祖父もどうか陛下にお礼をお伝えくださいと申しておりました」


 祖父もパトラ村の職人たちもナタリアのドレス姿を拝むようにして堪能すると満面の笑顔で村に帰っていった。あまり長く留守にするわけにもいかないのだろう。


「パトラ村はキール帝国としても大切にしたい。絹や織物産業を帝国でも広めていきたいと思っているからな。彼らは深い知恵と経験を持つ貴重な人材だ」


 皇帝自身がパトラ村の価値を正しく認めていることを知り、ナタリアの胸に静かな喜びが広がった。


「それに……今夜の舞踏会は面白くない事態になるだろうからな。せめてエスコートする令嬢の美しさだけでも楽しませてくれ」


 カイルの口調は軽いが表情は強張っている。今夜の舞踏会で国民投票の結果が公表される予定だ。


 当然のことだがその結果に不満を持つ者は多いはず。カイルが針のむしろに座らされるのは避けられないだろう。


 敵意に囲まれて竜紋が痛みだす可能性も高い。せめて彼を支えられるように今夜は頑張ろうとナタリアは心の中で気合を入れた。


「君に会うと不思議と気持ちが落ち着くんだ」


 皇帝カイルがアルバン公国の連邦総督邸に到着したのは約一週間前のこと。アダムが申し出た屋敷の修繕のおかげで多少古びた印象のあった連邦総督邸は新築のように磨きあげられた。


 あのケチなアルバン公が費用を出したことも驚きだが、カイルは屋敷が綺麗になったことにもまったく関心を示さない。


相変わらず死んだ魚のような目で仕事に邁進していたが、ナタリアが食事を用意する時だけは瞳を輝かせていた。


 ヘッドマッサージやブラッシングにも大人しく応じる皇帝カイルの姿にセドリックは毎回噴き出しそうになるのを堪えているようだった。


      ◇◇◇


「さぁ、今夜は戦いだ。君の援護を期待している」

「もちろんですわ! わたくしにお任せください!」


 胸を叩いて請け合うとカイルが少年のような笑みを浮かべた。


「キール帝国に帰ってからもずっと君に会いたかった。どうしているだろうと気になっていた」

「な、なにをおっしゃるのですか?」


 ナタリアの心臓がどきんと跳ねた。こんなことを言う人ではなかったはず。でも、とげとげしかったシャチに懐かれるのは悪い気分ではない。


「わたくしも陛下はどうなさっているかしら?と思うことはございました」

「本当かっ⁉」


 やけに嬉しそうな顔をして黒曜石のような瞳をナタリアに向ける。何をそんなに喜ぶことがあるのだろう?


 とんとん


 その時、ノックの音がして連邦総督邸の侍従が二人を呼びにきた。


「そろそろよろしいでしょうか?」

「ああ」


 カイルは短く答えると手袋をした手をナタリアに差し出した。彼女はそっと自分の手をのせると凛々しい笑みを浮かべて励ますようにカイルを見つめる。


「陛下、参りましょう」


 二人は舞踏会の会場に向かって歩き出した。


      ◇◇◇


 舞踏会の会場は天井高く広がる大広間だった。


 中心には巨大なシャンデリアが吊り下げられ、無数の燭台が放つ光を受けて宝石のような輝きを散らしている。


 磨き上げられた大理石の床は鈍い光を反射し、色とりどりのドレスの裾が幻想的な波紋を描く。


 壁際には金細工を施した柱が等間隔に並び、その間を埋める深紅のタペストリーにはキール帝国の紋章と古き英雄譚が織り込まれていた。


 香炉から立ちのぼる甘く重い香りが空気に溶け、弦楽器の音楽とともにゆるやかに漂ってきた。同時に皇帝カイルの登場を待つ招待客たちの囁き声、衣擦れの音、控えめな笑い声が折り重なる。


 ナタリアはカイルの腕に手を添えてその光と音の中心に足を踏み入れた。


「皇帝陛下、御入場!」


 その声が響いた瞬間ざわめきは断ち切られ、広間に集うすべての者が一斉に膝を折った。


 音楽も止み会場が静まりかえる。


「面を上げよ」


 カイルの一声に礼をしていた招待客たちは一斉に頭を上げ、整然とその場に立ち並ぶ。ナタリアは招待客の視線が一斉に自分たちに集まったのを肌で感じた。


 淡く発光する金色のドレスを纏ったナタリアは、まるで柔らかな光そのものだった。


 オフショルダーから覗く白い肩は月光を受けた白磁のように滑らかで、鎖骨の影がほのかな陰影を落としている。


 胸元から裾へと静かに広がるAラインのシルエットは歩みに合わせて微かに波打ちながら淡く煌めいた。


 生地に織り込まれた光は決して眩しすぎることなく、彼女の動きに寄り添って優雅に揺れている。


 シンプルだが優美な線を描く裾が床に触れる寸前でふわりと浮くと、ナタリアの存在がまるで妖精か精霊のように見えた。


 二人はゆっくりと大広間の奥正面に設えられた演壇に登った。


 ナタリアの隣に立つ皇帝カイルは対照的な黒の礼服に身を包んでいる。


 装飾を極限まで削ぎ落とした漆黒の衣は見事な威圧感を放っている。艶やかな黒い布地は無駄のない鍛え上げられた体躯とシルクのような銀髪を際立たせていた。


 黒い革手袋に包まれた彼の手に導かれてナタリアは演壇の上の椅子に腰を下ろした。皇帝自身も隣の玉座に座り長い足を無造作に組む。


 尊大な振る舞いだが彼の眼差しは冷静で鋭い。無表情で人々を見据えるその姿は場を制する迫力があり、招待客は圧倒的な存在感の皇帝と妖精のようなナタリアの組み合わせにため息を漏らしながら見惚れるしかなかった。


 その時、最前列にいたアルバン公とアダムが一歩前に出た。


「皇帝陛下、この度は再び行幸を賜りアルバン公国を代表して心より歓迎を申し上げます。お加減はいかがでしょうか? 体調など崩しておられませんか?」


 以前よりは若干態度が良くなったアルバン公と愛想笑いを浮かべるアダムが深々とお辞儀をする。


 国民投票の結果次第で、本当にアルバン公の座から引きずりおろされるかもしれないとさすがに自覚したのかもしれない。


 カイルは立ち上がり、アルバン公とアダムに対して軽く会釈をした。


「幸い健康そのものだ」

「さ、さようでございますか……それは良かった」


 アルバン公とアダムの顔に若干の失望が浮かんだ、ような気がした。


 気づくとカイルの脇にセドリックが立っていて光沢のある大きな封筒を手渡している。これが国民投票の結果なのだろう。


 カイルは既に結果を知っているはずだが、緊張した面持ちで封筒を開いた。


「アルバン公国の民衆による国民投票が一昨日行われた」


 美しいアルバン語でカイルは朗々と述べた。特段大きな声を張りあげているわけではないのに広間の隅々までよく届く。


 アルバン公とアダムの顔が強張った。


「国民投票の結果を発表する。アルバン公とアダム公世子の治世を支持する者は約一割。残りの九割の国民は不支持という結果だ!」


 大広間に集う貴族らの表情は曇り、思わずというように大きなため息が漏れた。


「な、なぜだ!? くそっ、くそっ! 愚民どもめ! よくも……」


 アルバン公が悔しそうに呻くとアダムも真っ青な顔を歪めて大きく舌打ちした。


「まったく大金を払ってわざわざ雇ったのにムダ金か……役立たずめ! 愚民はあくまで愚民ということだな」


 カイルが冷ややかな笑みを浮かべる。


「貴殿らのそのような態度が民衆に伝わったのだろうな。ちなみにキール帝国の政策を支持する者は約七割、不支持は約三割だ」

「「くっ!」」


 アルバン公とアダムが憎々しげにカイルを睨みつけた。

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