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ダンスの約束

 メグからの長い手紙を読み終えて、ナタリアはふぅっと大きく息を吐いた。


 手紙によると最近ハインリヒ伯爵邸にどう見ても胡散臭い連中が頻繁にやってくるという。


 しかし、父親のハインリヒ伯爵は揉み手しそうな勢いで歓迎しているとか。


(よっぽど旨味のある話を聞かされたのね。莫迦みたい)


 明らかに堅気ではない男達だが、服装はパリッと高級でメグら使用人にもそれなりに愛想を振りまいているらしい。


 彼らは何種類もの薬草が入ったカバンと何やらよく分からないパイプや筒を持ち込んでは応接室で何時間も話し込んでいるそうだ。


(パイプ……)


 探りを入れるためにティーワゴンを持って応接室に入った時にはテーブルに大きな配管の図面のようなものが置かれていて、メグの姿を見た途端に慌ててその図面を隠したという。


「なるほど……」


 ナタリアは独り言ちた。


 さらに『毒』という不穏な単語も耳に入ったそうだ。


 近いうちにアルバン公とアダムがハインリヒ伯爵邸を訪問するとも記されていて、ナタリアはわずかに眉間に皺を寄せて立ち上がった。


「ディードリヒと話をしないと」


      ◇◇◇


 あいにくディードリヒは再び長期出張に出ているらしい。


 すぐに尋ねたいことがあったのだが、いないのでは仕方がない。


 諦めたナタリアは祖父やパトラ村の職人と共にお蚕さまの絹づくりに全力を注ぐことにした。


 そのおかげか、お蚕さまの絹は信じられないくらい美しく仕上がった。派手さのない金色でクリーム色に近いのだが淡く光っている。


「こんなに美しい絹は生まれて初めて見ます。染色したのではないのですよね?」


 受け取った仕立て屋の手は軽く震えていた。


「染色はしていません。天然の色なんです」


 ナタリアが説明すると彼女は深く頭を下げた。


「このような重大な仕事を賜り、心から光栄に存じます! 一世一代の覚悟で絶対に素晴らしいドレスに仕上げてみせます!」


 瞳を潤ませて仕立て屋は叫んだ。


 彼女らを玄関口で見送った後、ナタリアは急ぎ足でセドリックの執務室に向かう。


 ディードリヒの居場所についてセドリックはなかなか教えたがらない。


 税務監査は秘密裏に行う必要があるのは理解できるのだが、ナタリアは毎日のようにセドリックにディードリヒの居場所を尋ねることにしていた。


 とんとん


「どうぞ」


 ナタリアが執務室の扉を開けると、驚いたことに元婚約者のアダムがセドリックと向かい合う形でソファに腰かけていた。


 衝撃で言葉を失うナタリアにセドリックがとりなすように話しかけた。


「ナタリア嬢、ちょうど良かった。アダム公世子と来年の国民投票と皇帝陛下の行幸に関する打ち合わせがあってね。アダム殿が君と話がしたいとおっしゃっているんだよ」

「わたくしと?」


 今日のアダムは今までのような傲慢な態度ではなく、地味な服装で身を縮こませながらナタリアに向かって深く頭を下げた。


「すまなかった、ナタリア!」

「え……と?」


 ぽかんとしながらアダムの顔を見つめると、彼は熱心にナタリアに語りかける。


「俺はお前に甘えすぎていた。ずっと謝りたかったんだ。だから借金も全額返済しただろう?」


 得意げに胸を張るが『借金を返すのなんて当たり前のことじゃない』という感想しか浮かばない。


「ローザとも別れた。お前とやり直すことも視野に入れて……」


 ナタリアの顔がゴキブリを目にしたかのように歪んだのを見て、アダムは諦めたように肩を落とす。


「わたくしがアダム様との婚約に同意することは未来永劫、たとえこの世界からアダム様以外の男性が消滅したとしてもあり得ないことですわ」


 二人の会話を見守っていたセドリックの口元が若干緩んでいる。真面目な顔で噴き出しそうなのをうまく隠しているようだ。


「……そうか。そんなにダメか。俺は」


 肩を落とすアダムは珍しいがナタリアには同情の気持ちも湧いてこなかった。


「お話しはそれだけですか?」

「あ、ああ」


 アダムは神妙な顔つきで頷いた。


「皇帝陛下行幸の話し合いもほぼ終わりましたね。他に何か議題はありますか?」


 セドリックがビジネスライクに尋ねると、アダムは熱心に身を乗り出した。


「あ、そうだ。大切なことを忘れていた。この連邦総督邸は昔アルバン王国の王族が所有していた屋敷です。歴史はありますが非常に古い。来年、キール帝国皇帝陛下が滞在される前に大幅な修繕が必要になるでしょう」

「修繕?」


 セドリックが首を傾げる。


「はい。屋敷の塗装や配管など、職人を入れて新しい設備にしたほうがよろしいでしょう。皇帝陛下に快適にお過ごしいただくものですので、父アルバン公が修繕費を捻出しても構わないと申しております」

「それはまた……気前の良いお申し出ですね。あまりに珍しすぎて何か裏でたくらんでいるんじゃないかと疑いたくなりますよ」


 一瞬、アダムの目が泳いだ気がした。


 しかし、すぐに堂々と胸を叩いてアダムは断言した。


「皇帝陛下のためならアルバン公国は総力を挙げて歓迎申し上げます! ぜひ快適に過ごしていただくためにもこの屋敷の修繕や改築をさせていただきたく……」


 セドリックが困ったように笑う。


(どう思う?)


 目配せをしながらナタリアの意見を窺うセドリックに、彼女は覚悟を決めた。


「そうですわね。アダム様がそこまでおっしゃるのであれば……。アルバン公国として皇帝陛下を歓迎申し上げ、忠誠心を示すためにも良い機会かもしれませんわ」


 セドリックは目を軽く見開いた後、ゆっくりと頷いた。


「ナタリア嬢がそう言うなら……お願いしようかな」

「もちろんです! 職人も全員こちらで手配いたしますから!」


 アダムが頬を紅潮させて熱心に言葉を重ねる。


(まったく変わり身が早いというかなんというか……)


 ナタリアはセドリックの好奇心丸出しの視線を無視しつつ優雅に微笑んだ。


      ◇◇◇


「さて、ナタリア嬢。何をたくらんでいるのか説明してもらいましょうか?」


 アダムが帰った後、セドリックは腕を組んでナタリアに迫った。


「いいですわよ。でも、まずはディードリヒの居場所を教えてくださいませ」

「なるほど。ディードリヒも一枚噛んでいるわけですね?」

「……彼と現在の状況を確認したいのです。できたら……あなたにも協力をお願いしたいのですが」

「協力、ねぇ? 俺に何か見返りでもあるのかな?」

「お金ならあります。このためにずっと貯金してきたのですから」


 ナタリアの言葉にセドリックはくすっと笑った。


「キール帝国の連邦総督が金で動くとでも?」

「では何なら動くのですか?」

「今度、皇帝陛下がアルバン公国を訪問される際に舞踏会が開催される予定です。その時に俺と一曲踊ってもらえますか?」


 セドリックが両足を揃えて軽くお辞儀をする。ナタリアは目を瞠った。


「それだけでよろしいのですか?」

「十分ですよ」


 解せない。何か裏があるのか?とも思うが一曲踊るくらいなら安いものだ。


「分かりました。では……」


 ナタリアも微笑みながら会釈を返した。

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