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手紙

「ナタリア様のドレスのデザイン案ですが……」


 セドリックが手配した仕立て屋が何枚ものデザインの下絵をテーブルに広げた。


(この際だから遠慮なく好きなドレスをもらうことにするわ!)


『純粋な贈り物であって対価はない』という一筆をセドリックから奪い取ったナタリアは満面の笑顔でデザイン画を覗きこんだ。


 彼女も若い令嬢である。新しいドレス、しかも金色のパトラ絹を使ったドレスと聞いて心が浮き立たないはずがない。


「このデザインが素敵ね」

「そうですね。ナタリア様は首が細くてデコルテが大変お美しくていらっしゃるのでよくお似合いかと思います」


 ナタリアが指差したのはオフショルダーのドレスデザインである。シンプルなAラインのドレスだが首から背中にかけての線が綺麗に見えるような気がした。


「ではそちらをお願いしますわ」

「はい。素材はセドリック様が用意される特別な絹をお使いになると?」

「あ、え、はい。そうですね」

「まずデザインを完成させてから、そちらの素材をご用意いただけるのを待つという形でよろしいでしょうか? セドリック様のお話しだとちょっと時間がかかりそうだと聞いています」

「承知いたしました」


 デザイナーとの打ち合わせは和やかに終わり、変なところで律儀なナタリアはお礼と報告を兼ねてセドリックの執務室の扉をノックした。


「どうぞ!」

「失礼します」


 ナタリアが部屋に入るとセドリックが窓辺に寄りかかるようにして手紙を読んでいるところだった。


「ああ、君か? 仕立て屋との打ち合わせだったんだろう? どうだった?」

「とても素敵なデザインになりそうで感謝しております。仕立て屋さんも良い方でしたわ」

「そうか、良かった」


 セドリックは楽しげに微笑んでいて、いつもの胡散臭い愛想笑いとは少し違ってみえる。


「何かありましたか?」

「あ、いや。皇帝陛下からの手紙でね。妹の近況を知らせてくれたんだ」

「妹さん?」


(そういえば、前にもらったドレスは元々妹さんのために買ったって言ってたっけ……。意中の令嬢へのプレゼントの言い訳かと思っていたんだけど、もしかしたら本当に妹さんへの贈り物だったのかも……)


 ナタリアは自分の偏見を反省した。


「妹さんはお元気ですの?」

「ああ。陛下によると今度恋人と結婚することが決まったそうでね。日取りとかは分からないけど。幸せそうだ……良かったよ」

「決まったそう……って。直接のご報告はないのですか?」


 何の気なしに尋ねてしまったが、兄と妹の関係が自分とローザのようだったらわざわざ連絡なんてするはずない。


 無神経なことを聞いてしまったと慌てて口元を押さえた。


 そんなナタリアを見てセドリックが笑う。


「そんなに気をつかわなくていい。仲が悪いわけじゃないんだ。事情があって妹とは離れて暮らしていてね。妹は帝都にいるし、たまに陛下が様子を調べて知らせてくれる」


 よく分からないがこれ以上の詮索は無用だ。


「そうですか。おめでとうございます。妹さんのご結婚が決まって良かったですね」

「ああ。俺の選択が間違っていたんじゃないかって不安になることもあったからね。妹が幸せになってくれたら何より嬉しいよ」


 セドリックの言葉には不思議と真実の重みがあった。


 彼にも複雑な事情があったのかもしれない。


 ナタリアは話題を変えることにした。


「あの、皇帝陛下にもお礼状をお送りしたいのですが……」


 ポケットから封蝋を押した封筒を差し出すとセドリックの顔が喜びに輝いた。


「ありがとう! おと……皇帝陛下もきっとお喜びになる!」


(おと……?)


 いろいろ気になるポイントはあるのだが、部外者の自分が知る必要はないとナタリアは優雅にお辞儀をして執務室を後にした。


      ◇◇◇


「ナタリア嬢、君宛の手紙が二通届いているよ」


 約二週間後、ナタリアが朝食を楽しんでいるとセドリックが嬉しそうに顔をのぞかせた。


「まぁ、ありがとうございます」


 自分に手紙なんて誰だろうと思いながら受け取ると、一通はハインリヒ伯爵邸のメグから、もう一通はまさかのキール帝国の皇帝からだった。


 らしくもなくどきどきしながらカイルからの手紙をためすがめつ眺めていると、セドリックがぷっと小さく噴き出した。


「何を笑っていらっしゃるの?」

「いや、カイルが手紙をよこしたのも珍しいし、嬉しそうにそれを眺めるナタリア嬢も珍しいなと思って」

「う、嬉しそうになんてしていません!」


 ぷいと横を向いたナタリアは改めてカイルからの手紙を見つめた。


 そこには『親愛なる皇帝専属世話係殿へ』と書いてある。


 なんだか嬉しいと思ってしまう自分はおかしいのだろうか?


「封を開けないの?」

「自分の部屋へ戻って一人でゆっくり読みますから!」


 好奇心丸出しのセドリックを追い払ったナタリアはゆっくり朝食を終え、いそいそと自室に戻った。


 まずはカイルからの手紙を丁寧にペーパーナイフで開いた。


 薄紅色の美しい便せんを開くと思いがけなく達筆な文字が目に入る。そして異常に短い。


『喜んでもらえて良かった。体に気をつけて』


 以上である。


(まぁ、皇帝はお忙しいし、一筆でも返事をくれただけで有難いと思わなくちゃね)


 などと思いつつ、今度はメグからの手紙にペーパーナイフを差し込んだ。


 こちらは読みでがありそうな分厚い封筒である。


 ナタリアは表情を引き締めて机に座り、メモを取りながらメグからの手紙を読み始めた。

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