絹糸
蚕の繭から絹糸を作る過程はこうだ。
煮繭: 繭を煮て糸をほぐれやすくする。
繰糸: 数個の繭からほぐれた糸を一本にまとめて引き出す。
巻き取り: その糸を巻き取る。
乾燥: 巻き取った糸を輪状にして乾燥させる。
これでいわゆる生糸ができる。その後、精練や染色を経て、織るための絹糸が完成するのである。
繭を煮る時、ナタリアはいつも罪悪感を覚えていた。一生懸命糸を吐き出して作った繭の中の幼虫を殺してしまうのだから。
『仕方がないんだ。太古からそうやって儂らは絹糸を作ってきた』
幼い頃、祖父が悲しそうに言ったことをナタリアは今でも覚えている。
『だからこそ儂らは蚕を大切にして神として崇め奉ってきたのだよ』
申し訳ないと思いながら感謝する。
家畜や野菜を食料にする自分達が忘れてはいけない気持ちだと祖父は教えてくれた。
ナタリアが金色に淡く光る繭の一つ一つを大切に取り出すと、パトラ村の職人達が複数の繭から糸を撚り合わせて一本の糸にして巻きとり始める。
(腕利きの職人さんもいることだし、わたくしにできることはほとんどないわね)
職人の作業を黙って見守っているとえびす顔の祖父がナタリアに近づいてきた。
祖父の機嫌が良すぎて不思議でならない。
(金色のお蚕さまをキール帝国に奪われて悔しがっていると思っていたのに)
「ナタリア」
「なんですの? お祖父さま?」
「お前の仕事はこの金色の繭から生み出される金色の絹をドレスに仕立てることだ」
「はぁっ!?」
驚いて変な声が出てしまった。
「わたくしはいろいろな雑用もこなしてきましたが、さすがにドレスを仕立てる修業なんてしたことありませんわ!」
「分かっている。いつもすまし顔のお前が慌てるのは新鮮でいいな」
祖父が声をあげて笑った。
「皇帝陛下の命令はこの特別なお蚕さまの繭から作られる金色の絹でナタリアのドレスを仕立てること、じゃ」
「はぁっ!?」
再び変な声が出てしまった。
「どういうことですか? お祖父さま?」
「なんじゃ? 何も聞いておらんのか? 皇帝陛下はナタリアにドレスを贈る約束したそうじゃないか? せっかくの貴重な金色の絹なのだから、それでお前にドレスを作って贈りたいとおっしゃられた」
「はぁっ!?」
三度目である。
ナタリアはセドリックの執務室に駆け込んだ。
「セドリック様! どういうことですか!? 皇帝陛下が私にドレスって! しかもあんな高価な値段で買った金色の繭で……」
髪を振り乱して叫ぶナタリアにセドリックはくっくっと笑った。
「いいんだよ。カイルが君にドレスを贈りたいって言ったんだ。何か特別なドレスをってあの朴念仁が必死に考えたんだよ。どうかもらってやってほしい」
「だ、だって……わたくしがあんなに吹っかけて……高価な……普通のパトラ絹の十倍の値段をつけたのに……」
「ああ、やっぱり吹っかけたんだね」
相変わらずセドリックは上機嫌だ。
「いいんだ。カイルの服飾費の予算はほとんど使われていない。余り過ぎて困っていたからちょうど良かった。どうか君が好きにデザインして素敵なドレスを作ってほしい。君の祖父君もそれを聞いて大変喜んでいらしたよ」
「で、でも……」
(そりゃ、お祖父さまは喜ぶでしょうよ! 大金だけ入ってわたくしのドレスになるんだから……)
「いいからいいから、カイルもそれを望んでいるんだ。あいつは君に感謝していたよ。なんていうか癒された……? そんな感じだったみたいだ」
(また『カイル』って呼び捨てにしたわ)
「皇帝陛下のことをちょいちょい下の名前で呼ぶほど親しくていらっしゃるのですね?」
ナタリアの質問にセドリックは照れくさそうに頭を掻いた。
「ああ、すまない。昔の癖でね。気にしないでくれ。えーと、皇帝陛下はとにかく君にあのドレスを贈りたい。だから、遠慮なくデザインを考えてくれ。仕立て屋もこちらで手配するから」
「怖いんですけど……。後でどんな見返りを求められるか……」
「君は本当に疑り深いんだな。それは大切な資質だが、ここでは発揮しないでくれ。カイ……皇帝陛下は純粋に君にドレスを贈りたいだけ。見返りもない。下心もない。ただ受け取ってほしいんだ。『何の対価も求めない』という証書を書いてもいい」
セドリックの顔に必死さが浮かぶ。ここまで言うからには本当に贈り物なのだろう。
「では……ありがとうございます。陛下にお礼状でも書いたほうがいいですか?」
「ああ、それはあいつ……陛下がお喜びになる。頼むよ!」
彼の安堵したような笑顔を見ながらナタリアは考えた。
(このセドリックという男は本当に何者なのかしら?)




