誤解
ナタリアが絶句しているのを見て、メグは大きく目を見開き口元を両手で覆った。真っ青な顔でメグが叫ぶ。
「奥様は騙された……のでしょうか?」
「どういうこと? 落ち着いて話してちょうだい」
メグの背中を撫でながら必死に尋ねる。
「あの日、奥様が失神されたので私がずっと奥様の傍についておりました。でも夜に旦那様がいらして後の面倒は看るからさがるように、と命じられたのです」
悔しそうにメグは言葉を続ける。
「私は自室に戻りましたが、どうしても眠れません。なんとなく胸騒ぎもして奥様の部屋に参ったのです。そうしたら奥様が毒を……」
メグは泣き崩れた。
リディアは既に虫の息だったという。しかし消え入りそうな声で何が起こったのかを話してくれた。
ナタリアが『お母さま、一緒に死にましょう』と毒をあおぎ倒れたそうだ。ハインリヒ伯爵は慌ててナタリアを抱えて出ていった。
『わたくしのせいでナタリアが毒を……。それほどまでに娘を絶望させてしまった……。母親として失格です。死んでお詫びを……』
部屋に一人置いていかれたリディアの手元にはナタリアが持ってきた毒が残されていた。
「奥様はその毒で自害されたのです……。ですからお嬢さまのせいで奥様が自害を……」
そうメグは信じていた。
「わたくしは絶対にそんなことしないわ!」
怒り狂ったナタリアが叫ぶ。メグは両手で顔を覆った。
「私は翌朝ご無事でいるお嬢さまを見て……。奥様はお嬢さまに騙されて毒をあおいだのかもしれないとずっと疑っておりました。大変申し訳ございません!」
そんな勘違いをしていたから突然メグは自分に冷たくなったのか。合点はいったが納得がいったわけではない。
しかし、それより彼女の頭を占めているのは毒をリディアに渡した人間だ。
(お父さまがローザを使った? あの子も金髪碧眼だし、顔は違うけどこの屋敷に幼い少女は私しかいなかった。気が動転したお母さまが間違えても仕方がない。お父さまもお母さまを騙すために一枚噛んでいた……? 許せない。絶対に復讐してやるわ!)
これまで家族のことは大嫌いだったが殺してやりたいとまでは思っていなかった。母が死を選んだ原因はアルバン公だけだと思っていたからだ。
メグの話を聞くと直接リディアを死に追いやったのは父親とローザである可能性が高い。
「お嬢さま、誠に申し訳ございません」
床に平伏して詫びるメグの後頭部を見てナタリアは考えた。
「メグ、わたくしがお父さま達に復讐するとしたら協力してくれる?」
「はい! もちろんです!」
メグは濡れた顔を上げて断言した。
「実は以前旦那様からマスターキーをお借りした時に街まで行って合鍵を作ってきたのです。もし、それがお役に立つなら……」
ナタリアはメグの行動力に驚いた。
「まぁ! どうしてそんなことを?」
「私は旦那様をずっと恨んできました。あんなに優しい奥様を死に追いやった原因を作ったのは旦那様ですから……。今はキール帝国が貴族を厳しく罰してくれます。お嬢さまの部屋ではなく旦那様の部屋に忍びこみ脱税の証拠を見つけて連邦総督邸に訴えでようと思っていました」
あんぐりと口を開けたくなったが、慌てて口元を引き締めたナタリアはメグの手を握った。
「素晴らしいわ! その合鍵はあなたが大切に持っていてちょうだい。わたくしが持っていたら見つかる可能性が高いから」
「分かりました。必要な時はいつでもお申し付けください!」
ナタリアの手を握り返したメグの瞳はもう不信に満ちた暗いものではなかった。
◇◇◇
「アダム公世子からの借金返済が完了したよ」
ナタリアに笑いかけながらディードリヒが満足そうに言った。
「まぁ! 素直に返済してくれるなんて意外ですわ」
「皇帝陛下がアダム殿下に直々に通達したそうだ」
「強い者には逆らわない人間ですからね」
「おめでとう。さすがに慰謝料までは払わなかったけどね」
現在ナタリアは連邦総督邸でディードリヒと面会している。
ハインリヒ伯爵夫妻とローザは揃って公宮に滞在しており、ナタリアは自由に行動することができた。
「まぁ、慰謝料はいいですわ。最初からもらう気もありませんでしたし」
「これまでの報酬なども含めてかなりの金額になったよ。次は何をする?」
「もちろん、計画を進めますわ。そのための資金ですもの」
「なるほど」
ディードリヒには以前からナタリアの計画の詳細を伝えている。
「既に役者は用意している」
「有難いですわ。ではこちらの図面を見てください」
「おお! これをナタリアが描いたのか?」
ナタリアは自分が設計した配管の図面をテーブルいっぱいに広げた。
前世の記憶を取り戻したおかげで準備することができた図面である。
(復讐したくても手段が見つからなかった。でも、転生前の記憶を取り戻したおかげで良い方法を思いついたわ)
水族館というのは水槽の水の濾過や排水、給水、水流管理などとにかく複雑な配管の多い施設である。
前世で水族館に勤めていたナタリアは配管設備の不備も自分で直せるようになるくらい勉強し、配管工の見習いとして修業したこともあった。
(これくらいの図面ならお手の物よ)
「この図面を使いたいのです。ここを見てください」
「なんだ? 不必要なパイプに見えるが……」
「そうなんです。ここは特殊な時にしか使わないパイプで……」
「特殊な時?」
「例えば、毒を流しこむとか?」
「風呂か⁉ 浴室の配管だな……このバルブをひねると水の配管につながる。つまり浴槽の水や湯に毒を混ぜることができるということか?」
「ええ。どう思います? 例えば、経皮性の毒もありますしね。あるいは手から口に間違って毒が入っちゃうなんて可能性も……」
「……ふふっ、君は恐ろしいな」
「ええ。わたくしは怖い女ですのよ」
「さすが悪女と呼ばれるだけはある」
二人は顔を見合わせてニッと口角を上げた。




