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国家機密


「なるほど……。セドリックが王城への秘密の通路を教えてくれた。その少年はあ……セドリックの斥候だったのだな」


 カイルは黒手袋をした両手を組んで顎に当てると、納得したように何度も頷いた。


「ディードリヒのことも聞いている。君もディードリヒを信用しているのか?」

「はい! 祖父と同じくらい!」


 きらきらした瞳で断言するナタリアをカイルは複雑そうな表情で見返した。


「君の金も彼が管理しているとか?」

「はい、そうですわ」

「守銭奴の君が余程の信頼だな。彼が君の金を盗んだらどうする?」

「それは絶対にありませんわ。ディードリヒはお金に執着する人ではございません。義に生きる方です」

「君がそれほど信用するとはね」


 カイルは呆れたように呟いた。


 自分の呼び方が『お前』から『君』に昇格(?)していたことに今さら気づいたナタリアは若干頬が熱くなる。


 特に大きな意味はないのだろうけれど。


「信頼関係には必ず歴史がありますわ。陛下もセドリック様のことを信頼されているご様子です。それにはちゃんとした理由がおありなのでしょう?」


 逆に問いかけるとカイルがぐっと言葉に詰まる。


「う……まぁ、そうだな。理由もなく信頼することはない」

「ずっと前から気になっていたのですが、セドリック様とはどのようなご関係ですか?」


 カイルとセドリックが互いに信頼しあっているのは傍から見ていても分かる。


 ただ、新皇帝に対して友人のような会話ができるキャラクターはラノベの本の中には登場しなかった。


『セドリック』という名前にも覚えがない。


 どう考えても重要な登場人物のはずなのに、とナタリアはずっと不思議に思っている。


「あ~、それな……」


 カイルは人差し指で鼻の頭を掻きながら答えた。


「それはアルバン人には言えないな」

「国家機密、ということですか?」

「まぁ、そう考えてもらって構わない」


 ますます気になる、と心の中で思いつつ、それ以上の追求は諦めた。


      ◇◇◇


「パトラ村へようこそお越しくださいました」


 パトラ村では村長であるナタリアの祖父が先頭に立って皇帝御一行を出迎えた。


 村を守るキール帝国の騎士達はカイルに向かって跪いている。


「無礼講だ。堅苦しい挨拶は抜きにしてくれ。ナタリア嬢の祖父君だな」


 手袋をしたままの握手はアルバン公国では若干失礼ではあるが、事前にナタリアから手紙で知らされていた村長は余裕のある態度で握手に応じた。


「本日はパトラ絹の製法について視察されたいと伺っております」

「ああ、そうだ。それから……」


 カイルが村長の耳元で何かを囁くと村長は愕然とした顔でナタリアを見つめた。


(金の繭のことかしら? アルバン公に知られるよりはマシだとは言え、勝手に陛下に話してしまったから……申し訳なかったわ)


 ナタリアが『大丈夫』と安心させるように頷くと村長はホッと表情を緩める。


「…………」


 さらにカイルが村長に何かを囁いた。


 すると、あっという間に村長の顔が紅潮し、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。


(あら? 何の話をしているのかしら?)


 いろいろ気になるが今は尋ねるわけにはいかない。


 後で祖父に聞いてみようと考えながら視察団御一行の後を付いていった。


「パトラ村と養蚕の施設をどこか他の場所に移すことは可能ですか?」


 養蚕用の蚕室さんしつを見学しながらカイルが尋ねると村長は顔をしかめた。


「それはほぼ不可能ですね。養蚕で一番難しいのは蚕の餌です。桑の葉ならば何でもいいというものではない。この周辺の桑の木ではないと食べない蚕もいるかもしれない。下手したら蚕が死んでしまう。儂らはここでしか生きていけない村ですわ」

「なるほどな……道理で」


 顎に手を当てながらカイルがチラッとナタリアのほうを見た。


(一応、私が案内役だから何か説明したほうがいいのかしら?)


 このままだと役立たずで終わってしまうと悩んでいると後ろからポンと肩を叩かれた。


 振り返るとにこにこしたセドリックが立っている。


「あなたがいるおかげで村長や村人の皆さんもとても友好的だ。十分にお役目を果たしていますからご心配なく」


 またも心を読まれたようだ。


 そんなに自分の表情は分かりやすいのだろうかとナタリアは自分の頬を両手で引っ張った。


 そんなナタリアに、セドリックはくすくすと笑う。


「ナタリア嬢、慣れればあなたほど表情の読みやすい人はいないかもしれませんね」

「そんなことないと思いますけど! 他にわたくしの表情から気づいたことなんてあります?」

「例えば、ディードリヒに密かに憧れていることとか?」

「まっ、ばっ、莫迦なことをおっしゃらないでくださいまし! ディードリヒはわたくしの恩人というだけで……」

「いや、そうやって顔を真っ赤にしているところがもう答えになっちゃってるよね~」

「セドリック様はいつも意地が悪くていらっしゃいますのね」

「意地が悪い? ごめんね。そんなつもりはないんだけど……。ディードリヒが羨ましいと思ってしまったものでね」

「羨ましがる要素がどこにあります?」

「君には分からないところにあるんだよ」


 セドリックはいつもの冗談っぽい顔でそう言うと「あ、呼ばれてるから」と手をひらひらと振ってカイルのもとに歩いていく。


(今のはどういう意味かしら?)


 分かるような分かりたくないような複雑な心境でナタリアは首を傾げた。


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