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謁見

 連邦総督邸の大広間には目にも鮮やかな真紅の絨毯が敷かれており、中央の奥が一段高くなっていてそこに豪奢な椅子が用意されていた。


 アルバン公国の代表団は床に跪いて皇帝カイルが広間に入ってくるのを待っている。


 久しぶりにアルバン公の姿を見てナタリアの体に緊張が走った。


 アルバン公はまだ四十代だったはずだが六十代と言われても驚かないくらい老けこんでいた。


 運動不足のせいか姿勢が悪く跪いているのに体がぐらぐらと揺れている。


 代表団の面々はキール帝国皇帝を出迎えるため頭を低くしているが、隠そうとしても彼らの顔には憎しみがにじみ出ている、気がする。


 しかしカイルもセドリックも顔色一つ変えない。


 ナタリアも無表情を貫いた。


 軽快な動きですたすたと歩いていったカイルは豪奢な椅子に腰かけると「おもてを上げよ」とキール語で声をかける。


 セドリックがそれをアルバン語で繰り返すと一斉に全員が顔を上げた。


「「「「「ほうっ……」」」」」


 アルバン公国の貴族から成る代表団の面々から感嘆のため息が漏れた。


 中央の椅子に腰かけたカイルの右側にセドリックが立ち、彼らの背後に目立たないようにナタリアが控えている。


 貴公子のようなセドリックの美しさは既に有名だが、残虐非道と噂されていた皇帝カイルの涼やかな美貌に代表団は思わず見惚れてしまっているようだ。


 代表団の中に両親と異母妹ローザがいることにナタリアは驚いたが、彼らもカイルに熱い視線を注いでいる。ナタリアの存在にはまったく気づいていない。


「ご着席ください」


 セドリックが告げると代表団はぞろぞろと用意されていた椅子に座る。


 茶色い髪に白髪が目立ち始めているアルバン公がちらちらとカイルを盗み見る様子がやけに卑屈に見えた。


 カイルはゆったりと腰かけているように見えて黒い手袋に覆われた両手はひじ掛けを強く握りしめている。


 明らかに敵意を持った相手と対峙するのだ。竜紋が痛むのかもしれないとナタリアは心配になった。


「アルバン公国については連邦総督から逐一報告を受けている。今回の訪問は実際に公国の様子を視察し、人々が安寧に生活しているかを確認するためのものである」


 セドリックが流暢に通訳するとアルバン公が心外だとでもいうように顔をしかめた。


「我が国の国民は皆安寧に暮らしております。皇帝陛下の視察など不要でございますのに……」

「なるほど、では貴殿が直に見て回って、人々が安寧に暮らしていると確認したのだな?」


 通訳を聞いてアルバン公の顔色が変わった。


「私はあいにく忙しい身なので実際に行ったことはないが、部下から常に報告は受けている。他国の人間にいちいち指図されるいわれはない」


 セドリックは無表情で通訳を続ける。


 自分が命乞いをして全面降伏したせいでキール帝国の傘下に入ることになったのに随分な言いようだとナタリアは不愉快に感じたがカイルもセドリックも平然としている。


 カイルは無表情のまま口を開いた。


「前に俺に会った時とは随分態度が違うな。国でも何でもやるから命だけは助けてくれと懇願したのは貴殿だったのではないか?」

「くっ」

「アルバン公国は我がキール帝国に敗北し、全面降伏した。書面にも明確に残してある。調印したのは旧アルバン王国国王、現アルバン公である。それに対して異議のある者は?」


 王者の風格と威圧感を宿した低い声に、通訳を聞く前から代表団の人間は皆怯えたように肩を揺らした。


「……申し訳ございませんでした」


 アルバン公が深く頭を下げると隣に座っていた元婚約者のアダムが忌々しそうに舌打ちした。


(あら? アダムもいたのね。……公世子だから当然か)


 あまりに存在感オーラがないので今までそこに居たことすら気がつかなかった。


「野蛮人が偉そうに。この国から出ていけ!」


 アルバン語でそう呟いたのをカイルは聞き逃さなかった。


「……言っておくが俺はアルバン語も分かるからな。俺を野蛮人と呼ぶからにはそれ相応の覚悟があるのだろう?」

「ひっ」

 

 突然流暢なアルバン語で話しだしたカイルの鋭い視線に睨みつけられ、アダムは二の句を継げずに床に這いつくばった。


(え!? こんなにアルバン語がお上手だったの!? じゃあ、何のための通訳よ!)


 ナタリアは当然のようにずっとキール語でカイルと会話をしてきた。


 しかし、敵を油断させるためにアルバン語が分からない振りをしてきたのかもしれない。


「た、たいへん申し訳ありませんでした。しかし、野蛮人というのは決して皇帝陛下のことではなく……」


 泣きそうな顔で平伏する元婚約者の姿を見てナタリアは思った。


(嗚呼、本当に婚約破棄されて良かった!)

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