ラウンド1:体罰は効果があるのか?
(ゴングの音が鳴り響き、スタジオの照明が少し明るくなる。4人の対談者は互いを値踏みするような視線を交わしている)
あすか:「さあ、第1ラウンドです。まず根本的な問題から始めましょう。石田さん、改めてお聞きします。なぜ体罰が必要だとお考えなんですか?」
石田:「何度でも言ってやる!」
(石田が拳を握りしめ、机に置く)
石田:「人間というのはな、楽な方へ楽な方へと流れる生き物じゃ。特に若い奴らは、自分の限界なんぞ知りもせん。『もう無理です』『できません』...甘ったれた言葉ばかり!」
(立ち上がりかける)
石田:「そんな時、どうする?『頑張って』と優しく言うか?ハッ!そんなもので人が変わるか!ワシは違う。ビンタを一発くれてやる。すると不思議なことに、さっきまで『無理』と言っとった奴が立ち上がる。歯を食いしばって漕ぎ始める」
クライフ:「That's fear, not motivation.(それは恐怖であり、動機ではない)」
石田:「恐怖?違うな。これは『気づき』じゃ。己の甘えに気づかせる、これが教育じゃ」
あすか:「気づき、ですか。でも、それは暴力でなくても...」
石田:「甘い!言葉なんぞ、右から左じゃ。じゃが、痛みは残る。体が覚える。『ここで諦めたら、また殴られる』...いや、違うな。『ここで諦めたら、自分に負ける』と体が学ぶんじゃ」
デューイ:「石田さん、興味深い理論です。しかし...」
(メガネを外し、丁寧に拭きながら)
デューイ:「あなたがおっしゃる『体が覚える』というのは、行動主義心理学でいう『条件付け』に過ぎません。パブロフの犬と同じです」
石田:「犬じゃと?ワシの教え子を犬扱いするか!」
デューイ:「いえ、例えです。私が言いたいのは、恐怖による条件付けは、一時的な行動変容は起こせても、本質的な成長にはつながらないということです」
(手元の資料をめくる)
デューイ:「1940年代、私たちが行った長期追跡調査があります。体罰を受けた子どもたちと、受けなかった子どもたち、10年後の比較です」
石田:「ほう、で?」
デューイ:「体罰を受けた子どもたちの方が、攻撃性が高く、問題解決能力が低く、そして...」
(一呼吸置いて)
デューイ:「スポーツ継続率が40%も低かったのです」
石田:「そんな数字、信用できるか!ワシの教え子を見ろ!」
(立ち上がって)
石田:「東京オリンピックの代表選手も出した!全日本選手権の優勝者も何人もおる!皆、ワシのビンタを食らった連中じゃ!」
クライフ:「でも、それは体罰のおかげじゃないでしょう?」
(タバコを持つ仕草をしながら)
クライフ:「Maybe they succeeded despite the violence, not because of it」
石田:「英語で煙に巻くな!日本語で話せ!」
クライフ:「OK, OK。つまりね、彼らは暴力があったから成功したんじゃなくて、暴力があったにも関わらず成功したんじゃないの?」
石田:「屁理屈じゃ!」
大山:「待ってください」
(静かに手を挙げる)
大山:「石田先生、一つ質問があります。あなたは全ての選手を殴ったのですか?」
石田:「全員?いや...それは...」
大山:「つまり、殴る相手を選んでいた?」
石田:「当たり前じゃ!見込みのある奴、根性のある奴だけじゃ」
大山:「なるほど。では、殴らなかった選手はどうなりました?」
石田:「そんな軟弱者は...辞めていったな」
あすか:「ちょっと待ってください!」
(クロノスを操作)
あすか:「つまり、石田さんは『見込みがある』と判断した選手だけを殴り、その選手たちが成功した。でも、それって...」
クライフ:「Selection bias!選択バイアスだ!」
デューイ:「その通りです。もともと素質があった選手だけを選んで『指導』し、彼らが成功したら体罰の成果だと主張する。これは論理的に破綻しています」
石田:「なんじゃと!ワシを詐欺師扱いするか!」
大山:「いえ、石田先生。誰もそんなことは...ただ、私も似た経験があります」
(目を閉じて回想するように)
大山:「私も昔は、弟子に厳しく当たりました。時には手も出した。『これが強くなる道だ』と信じていました」
石田:「そうじゃろう!大山君なら分かってくれる!」
大山:「しかし...ある時、気づいたんです。私が手を出した弟子より、出さなかった弟子の方が、長く空手を続けていることに」
石田:「それは...」
大山:「もっと重要なことに気づきました。恐怖で従わせた弟子は、私の前でしか頑張らない。しかし、自ら選んで修行する弟子は、一人でも努力を続ける」
クライフ:「Exactly!それこそが本物のモチベーション!」
(身を乗り出して)
クライフ:「私がバルセロナで教えたことを知ってる?『Think!考えろ!』これだけ」
石田:「考える?そんな暇があったら体を動かせ!」
クライフ:「No, no, no!サッカーは頭でするもの。私は選手に言った。『なぜそのパスを出した?』『なぜそこに走った?』すべてに理由を求めた」
石田:「理由?スポーツは理屈じゃない!」
クライフ:「違う!スポーツこそ知性が必要。11人が考えてプレーすれば、相手より1人多い状態を作れる。これがトータルフットボール」
あすか:「クライフさん、でも選手が間違えた時は?」
クライフ:「間違い?素晴らしい!間違いは学習のチャンス。でも、殴ったら?選手は間違いを恐れて、safe play しかしなくなる」
デューイ:「その通りです。エラーマネジメント理論というものがあります」
(新しい資料を取り出す)
デューイ:「失敗を許容し、そこから学ぶ環境の方が、失敗を罰する環境より、最終的なパフォーマンスが高くなる。これは多くの研究で実証されています」
石田:「研究、研究と!現場を知らん学者が!」
(机を叩く)
石田:「ワシは40年間、毎日隅田川で選手と向き合った!朝4時に起きて、夜10時まで指導した!その経験が、紙切れの研究に劣るというのか!」
あすか:「石田さんの情熱は本物ですね。でも...」
(クロノスに新しいデータが表示される)
あすか:「実は、石田さんの教え子の方々にインタビューした記録があります。見てみましょうか?」
石田:「なに?いつの間に...」
あすか:「『鬼鉄は恐ろしかった。練習に行くのが怖くて、前の晩は眠れなかった』...これは1950年の卒業生の言葉です」
石田:「そ、それは...」
あすか:「でも続きがあります。『でも、鬼鉄以上に自分を信じてくれる人はいなかった。殴られた後、必ず肩に手を置いて「お前ならできる」と言ってくれた』」
(スタジオが一瞬静まる)
大山:「...愛情、ですね」
石田:「当たり前じゃ!ワシは選手を愛しとった!だから殴った!」
デューイ:「愛情と暴力は両立しません」
石田:「する!親が子を叱るのと同じじゃ!」
デューイ:「いえ、違います。親が子を叱ることと、殴ることは別です」
クライフ:「石田さん、質問していい?」
石田:「なんじゃ」
クライフ:「あなたは、自分の指導法が間違っているかもしれない、と考えたことは?」
石田:「間違い?ワシが?」
(しばらく沈黙)
石田:「...ない。一度もない。これが最善だと信じとった」
大山:「信じることは大切です。しかし、疑うことも必要です」
石田:「疑う?己の信念を疑えと?」
大山:「はい。私は今も毎日、自問自答しています。『これが最善か』と」
あすか:「大山総裁は、指導法を変えたんですよね?」
大山:「ええ。ある出来事がきっかけでした」
(拳を見つめながら)
大山:「私の弟子の一人が、稽古中に倒れました。私は『根性なし!』と怒鳴った。しかし...」
石田:「しかし?」
大山:「その弟子は、実は重い病気を隠して稽古に参加していたんです。『師範に迷惑をかけたくない』と」
(目を閉じる)
大山:「私は気づかなかった。いや、気づこうとしなかった。『強くなれ』という己の理想を押し付けるばかりで、弟子一人一人を見ていなかった」
クライフ:「That's deep...」
デューイ:「個別性の原則ですね。教育は、学習者一人一人に合わせるべきだという」
石田:「そんな甘いことを言っとったら、チームスポーツなど...」
あすか:「あの、ちょっと視点を変えてみませんか?」
(クロノスを操作し、新しい映像を表示)
あすか:「これは2020年代の脳科学研究です。暴力や強い恐怖を感じた時の脳の反応を見てください」
(脳のスキャン画像が表示される)
デューイ:「扁桃体が過剰に活性化していますね」
あすか:「はい。そして、これが前頭前皮質。理性や判断を司る部分ですが...」
クライフ:「Activity が下がってる!」
あすか:「その通りです。つまり、恐怖や痛みを感じると、人は『考える』ことができなくなるんです」
石田:「考える必要などない!体が勝手に動けばよい!」
クライフ:「でも、modern sports は違う。瞬時の判断、創造性、これが勝負を分ける」
大山:「確かに、現代の格闘技も変わりました。ただ力任せではなく、戦術、戦略が重要になっている」
石田:「じゃが、基礎体力は!根性は!」
デューイ:「基礎体力も根性も、暴力なしで身につきます」
石田:「どうやって!」
デューイ:「内発的動機づけです。選手自身が『強くなりたい』と思う環境を作る」
石田:「環境?そんな抽象的な...」
クライフ:「Abstract じゃない。具体的だよ」
(立ち上がって)
クライフ:「例えば、私がアヤックスでやったこと。若い選手たちに言った。『君たちは未来のスターだ。でも、スターになるためには何が必要か、自分で考えろ』と」
石田:「自分で考える?指導者の役割は!」
クライフ:「Guide, not dictate。導くんだ、命令じゃなく」
大山:「なるほど...禅の教えに似ていますね。『啐啄同時』という言葉があります」
石田:「さいたくどうじ?」
大山:「雛が内から殻を破ろうとする時、親鳥が外から助ける。タイミングが大切という教えです。早すぎても遅すぎてもいけない」
デューイ:「素晴らしい比喩です!教育の本質を表しています」
石田:「じゃが、雛が殻を破ろうとしなかったら?」
大山:「待つのです」
石田:「待つ?そんな悠長な!」
大山:「いえ、ただ待つのではない。破りたくなるような環境を作る」
あすか:「環境づくり...具体的にはどんな?」
クライフ:「Competition!でも、fun competition」
(笑顔で)
クライフ:「練習を game にする。負けたら罰じゃなくて、勝ったら praise。すると選手たちは自然に頑張る」
石田:「褒美目当てか!それこそ邪道じゃ!」
デューイ:「いえ、違います。最初は外的報酬でも、次第に内的報酬に変わっていく。これを『内在化』と呼びます」
石田:「内在化...」
あすか:「石田さん、実は面白いデータがあるんです」
(クロノスを操作)
あすか:「石田さんが指導していた1930年代と、現代の日本ボート界の比較です」
石田:「ほう?」
あすか:「競技人口は10倍に増え、国際大会での成績も向上。そして...」
石田:「そして?」
あすか:「選手の競技継続年数が、平均3年から8年に伸びています」
石田:「8年...ワシの時代は、皆3年で燃え尽きとった...」
クライフ:「燃え尽きる?それは wrong」
(首を振りながら)
クライフ:「スポーツは lifetime activity。生涯楽しむもの。私は引退してもサッカーを愛してる」
石田:「生涯?スポーツは若い時の一瞬の輝きじゃ!」
大山:「いえ、石田先生。私は70歳を超えても道場に立っていました」
石田:「それは...大山君は特別じゃ」
大山:「特別ではありません。楽しんでいたからです」
石田:「楽しむ?」
大山:「はい。確かに苦しい修行もありました。しかし、その先にある成長の喜び、これを知っているから続けられた」
デューイ:「まさに『Learning by Doing(実践を通して学ぶ)』の真髄です」
石田:「じゃが、苦しみなくして喜びなど...」
クライフ:「苦しみは necessary。でも、suffering と challenge は違う」
あすか:「どう違うんですか?」
クライフ:「Challenge は自分で選ぶ。Suffering は強制される」
大山:「選択...そうか、そこが鍵か」
(深くうなずく)
石田:「選択じゃと?甘ったれが選択などしたら、楽な方ばかり選ぶ!」
デューイ:「そうでしょうか?子どもたちを観察してください。誰も強制しないのに、難しいゲームに挑戦する」
石田:「ゲームと一緒にするな!」
デューイ:「いえ、同じです。人間には本来、『成長したい』という欲求があるのです」
あすか:「マズローの欲求階層説ですね」
デューイ:「ええ。自己実現欲求。これは外から押し付けるものではなく、内から湧き出るもの」
石田:「内から?そんな綺麗事...」
(しかし、石田の声に先ほどまでの勢いがない)
あすか:「石田さん、どうされました?」
石田:「...いや、思い出したことがある」
(遠くを見るような目で)
石田:「ワシが一番可愛がった教え子がおった。誰よりも殴った。じゃが、あいつは...」
大山:「どうされたんですか?」
石田:「卒業後、一度もボートに乗らなかった。『もう見たくもない』と言って」
(拳を握りしめる)
石田:「ワシは、あいつを強くしたかった。じゃが...ボートを憎ませてしまった」
クライフ:「...That's sad」
デューイ:「石田さん、それに気づけたことが重要です」
石田:「気づいても、もう遅い!あいつの青春は戻らん!」
(目に涙が滲む)
大山:「石田先生...」
あすか:「でも、石田さん。その教え子さん、後にこう言っています」
(クロノスに文章が表示される)
あすか:「『鬼鉄を恨んだこともあった。でも今は感謝している。あの厳しさがなければ、今の自分の粘り強さはなかった。ただ...』」
石田:「ただ?」
あすか:「『もし殴られなくても同じことを学べたなら、もっとボートを好きでいられたかもしれない』」
(スタジオに重い沈黙が流れる)
石田:「...そうか。好きでいられたか...」
クライフ:「Love。それが一番大切」
大山:「愛することと、愛されること。両方必要ですね」
デューイ:「そして、その愛は暴力という形を取る必要はない」
石田:「じゃあ、ワシの40年は間違いじゃったというのか!」
大山:「間違いではありません。その時代の最善を尽くされた」
クライフ:「でも、時代は変わる。Better way が見つかる」
デューイ:「進化です。教育も、スポーツも、常に進化する」
あすか:「つまり、体罰の効果については...?」
デューイ:「科学的には、明確に否定されています」
クライフ:「創造性と自主性を奪うから、No」
大山:「状況によります。しかし、現代では不要でしょう」
石田:「...ワシには、まだ分からん。じゃが...」
(顔を上げる)
石田:「確かに、殴らんでも強くなる方法があるなら、その方がよいのかもしれん」
あすか:「石田さん...」
石田:「じゃが!それでも言わせてもらう!今の若者は軟弱じゃ!」
(一同、苦笑い)
クライフ:「Some things never change(変わらないものもある)」
大山:「それも一つの愛情表現かもしれませんね」
デューイ:「世代間の認識の違いは、普遍的な現象です」
あすか:「はい、第1ラウンド、白熱した議論でした!体罰の効果について、科学的には否定的、しかし感情的には複雑...というところでしょうか」
(クロノスを操作)
あすか:「視聴者の皆さんからも、たくさんのコメントが届いています。『石田さんの気持ちも分かる』『でもやっぱり暴力はダメ』『時代を考慮すべき』...意見は様々ですね」
石田:「ふん、好きに言うがよい」
クライフ:「Discussion is good。議論することが大切」
大山:「そうですね。答えは一つではない」
デューイ:「しかし、子どもたちの未来を考えれば、より良い方法を選ぶべきです」
あすか:「その『より良い方法』について、第2ラウンドで更に深掘りしていきましょう!」
(照明が少し暗くなり、第1ラウンドの終了を告げる)